見出し画像

四大陸フィギュアスケート選手権2022と友野一希

昨年12月に催された全日本フィギュアスケート選手権2021の結果から代表が選出される今季後半の主要国際大会は、北京オリンピック、世界選手権(シニアとジュニアに分かれる)、四大陸選手権である。先二つは上位3名だが、三つ目はコロナ禍によるリスク分散のため1〜3位ではなく4〜6位の選手が選ばれた。オリンピックと世界選手権に次ぐ格があるタイトルを獲得できる機会が広がったことになる。

友野一希は第5位で代表入りを果たした。3度目の出場である。

四大陸フィギュアスケート選手権とは、アジア、米国、アフリカ、オセアニアの選手に出場資格がある国際スケート連盟(ISU)公認チャンピオンシップ(選手権)である。今回はもともと中国の天津で開催される予定であったが新型コロナウィルスの影響により、異例のヨーロッパに地を移した。直前にはヨーロッパ選手権の舞台であった、エストニアの首都タリンである。

しかし彼が本当に目指していたのはオリンピックの代表であった。コーチとの厚い信頼関係のもとで着々と成長プロセスを積み重ね、この4年目にピークを持ってきてはいた。それでも届くことはなかった。さまざまな思いが心身を駆け巡り砂を噛むような悔しさに沈んだことだろう。

今シーズン最後の国際大会で滑るということ。これまで目標として「優勝」を明言したことがなかった彼は変わった。感情の泥濘から颯爽と顔を上げた。

更に共に出場する若い日本人選手二人について先輩として引き上げていきたいと朗らかに語っていたのも印象的だった。スケートの太陽がタリンで燦燦と輝きますようにと願った。

ショートプログラム「ニューシネマパラダイス」

ヴァイオリンが哀切のメロディを奏で始めた時にはもう涙が溢れていた。このまま正視できなくなるのではないかと自分は恐れた。一方で友野一希は技術要素を確実にクリアし高い叙情性を終始絶やさず独自のスケーティングを全うした。得点は自己ベスト更新の97.10で、第2位につけた。

演技が進むうちに不思議なことなのだが瞼が湛えていた水分は乾いていた。観終わってから感動しているはずなのにどうしてなのだろうとしばし考えた。それは彼の頂点を目指し戦い抜く意志が矢となって私を貫き、瞬きを奪い、目を瞠らせてくれたゆえと理解した。エンターティナーが勝負師を引き込んだ瞬間であった。

フリースケーティング「ラ・ラ・ランド」

前半の4回転ジャンプの転倒は勿体なかったが、その後は緊張を振り払うかのような勢いにより迅速な立て直しを図ることができた。背丈に比べて大きな手指による振りも細やかに輝いていた。クライマックスには喜びを解き放ち観客席からも早々に手拍子が湧いた。自ら「ご褒美」と名づけるコレオシークエンス(ステップシークエンスより盛り込める要素が多く個性を自由に発揮できるパート)を丹念かつ軽快に滑り上げた。得点は171.89、合計は268.99でいずれも自己ベストを更新はしたが第2位に終わった。

エキシビジョン「Bills」

この黒縁メガネにスーツの若手商社マンはまだまだ忙しい。帰国まもなくして今度はエストニア出張である。今回の冒頭は当選手権のプログラムを開き自分が写っているページを眺めていた。いつも細部を変えてくるサービス精神といったらない。彼自身が曲を選び振り付けた充実感満点の演技で、流れる"Bills"を口ずさみながらリンクを縦横無尽に駆け巡った。愉快爆発大盛況で大仕事を締め括った。カズキトモノは「デキるやつ」であることを世界に知らしめた。

四大陸選手権では過去の12位と7位から、今回は2位と確かに大きな戦績を残した。なおかつ国際大会初の銀メダルである。しかしそれ以上にこのメダルが「悔しさ」として胸に刻まれ、アスリートの闘志に史上最高の火をつけさせたほどの内面的躍進を心から寿ぎたい。

競技終了後のインタビューでは最後に「金メダルでみんなを泣かせるのはおあずけですね。」と笑った。スケートの太陽はまた昇るのである。頂点という真夏日が待ち遠しい。