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もうひとつのバイクに乗る理由

私には3歳年下の弟がいた。
もうこの世を去って27年になる。


弟は地元の高校を卒業して信州の大学へ入学した。
1年目は松本市で下宿生活をしていた。
夏に帰ってきたときにヤマハDT50の中古を買った。
松本へ戻る時にそれに乗って行った。
名古屋で1泊していったそうだ。

2年目キャンパスが長野市に移るとともに住まいを引っ越した。
今度は下宿ではなく賃貸アパートだ。
友人と一緒に探して見つけたようだが、その友人は分けあって別の場所で住むことになったようだった。

そうして始まった長野市での生活。
その年の年末には帰ってきたが、3回生になって夏も年末も帰ってこなかった。
アルバイトが忙しいのか?
ちゃんと生活できているか気になったので、年が明けた2月に
お袋と様子を見に行った。

行ってびっくり!
部屋の中はゴミの山。まともな生活ができていないのは容易に想像できた。
そして文庫本が山積みになっていた。
大学での勉強に疑問を感じていたようだ・・。
学校へ行かずひたすら本を読む生活。
賃貸アパートの部屋には蛍光灯は無く、スタンドのみだった。
2年近くもよくこれで生活したな・・・。


えっ?ボクサーになりたい?

高校時代ラグビー部に所属していたが、ボクサーとは・・・
なんでやねん?
何者かになりたい・・・。
強い自分になりたい・・。

なんか違うと思うけど・・。

いろんな本を読んで頭がおかしくなったのか、何かを悟ったのか。

まあ、親に学費を出してもらって下宿までしてるんやから、
とにかく卒業するようにしたら?とは言った。

その日は部屋を掃除して、お袋と私は駅前のビジネスホテルへ泊まった。
翌朝蛍光灯を買って下宿を訪れた。朝飯どっかに食べに行ったのかどうかは
忘れた・・。

その年の春に休学届けを出した。
学校に行かないので仕送りは無し。
もしどうにもならんかったら連絡してこい、ということで。

秋、時間あるのならば一回和歌山へ帰ってくれば・・・と連絡した。
原付バイクで信州から帰ってきた。途中泊は無しだった。
到着は夜7時か8時ごろだったろうか?


帰ってきてしばらくは、ぶらぶらしている弟。
よくよく考えると、休学してるんだったら長野にいる必要ないんじゃないってことで、家賃も勿体無いし善は急げアパートの荷物を引き上げに行くことにした。

寝袋持ってちょっとした旅である。
早朝和歌山を出発。ちょうど飛行機に乗る予定があったオヤジを伊丹空港まで送って名神高速から中央高速道路を騒音で会話の聞こえないランクルBJ41Vで長野へ向った。到着したのは夕方近く、役所へ行って水道の休止手続き、大家への連絡等。

アパートへ到着してドアを開けてびっくり!
2月から半年ちょっとしか経っていないが、
蛍光灯に照らされたゴミの山がそこにはあった・・。

持って帰るものは車の荷台に積み込み、いらないもの、ゴミをまとめた。
弟は布団で、俺は持参した寝袋で寝た。
夜に見た金曜ロードショーだったかなんだか忘れたが、女ドラキュラーがやたらセクシーだったのをなぜか覚えている。


長野自動車道、中央道の坂道はきつい。
荷物満載のランクルは80km/hで走るのが精一杯だった。
さぞかし黒煙を撒き散らしていたことだろう。 

スキャン 2 - バージョン 2



帰った翌日、お袋は荷物の片付けと洗濯物に追われていたが、
なんだか楽しそうだった。
弟はというと、どっかでバイトをを数件見つけてきてせっせとバイトに通う日々となった。
ボクサー話はいつしか何処へやら・・。

休日には近くの広い駐車場でパイロンを並べてラジコンバトルに明け暮れる。
あまりにエキサイトしすぎて、当時付き合っていた奥さんとの約束をすっぽかして
呆れられる。

小学生時代に盛り上がったタミヤの1/35リモコン戦車を買ってきて、
昔は色を塗ることのなかったモデルをリアルに仕上げて悦に浸る。

夜は酒を飲みながら、バイク話あれやこれや・・。
弟はヤマハのSR400にご執心だったがまだ中型免許を持っていなかった。
バイトで貯めたお金で免許取りに行こうかな〜とか。

平日時間が空いた時はオフクロの墓参りに付き合ったり。

家にいなかった時間を取り戻すような日々。


季節は移り春も近くなって、そろそろ大学復学の準備。
まずは住むところを探そうとバイクで長野へ向かうことになった。
電車で行ってもいいが、バイクの方が自由に動けるからと。


3月1日
私が仕事に向かうより一足早く家を出た。
食卓に朝食のいちごが残ってたので、いらんのか?と聞くと、いいわ・・
と言ったのが、最後の言葉となった。

私の仕事先にオフクロから電話があった。
大型トラックに巻き込まれ頭蓋骨骨折による即死。


病院で見た弟は、その死因とは裏腹に外傷はほとんどなく、
眠っているようだった・・・。


秋から春までの弟との時間、
わざわざ神様が用意してくれたのか・・。


弟はバイクに乗って事故に遭い帰らぬ人となった。
バイクは危ないのか?
たまたまバイクに乗っているときに事故に遭った。
別にバイクが危ないわけじゃない。
これは弟の寿命だ。 

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私がバイクに乗り続ける理由にはなってもやめる理由にはならない。

弟の好きだったヤマハSR400乗らないとね〜。
誰か譲ってくんないかな〜。


#旅する日本語





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