見出し画像

かけだし魔法使いの、3つの心構え(約3900字)🍄

「君たち、せっかくだからもっとこの世界を勉強したらいいよ。中央都には中央都図書館があるんだ。世界一の蔵書数だから、よかったら行って見て!」

 ――そんなまおーの紹介で訪れた中央都図書館は、思ったよりも立派な場所だった。

「でっかい建物だねえ」

 俺たちは入り口に立ち止まって、三階建ての建物を見上げる。この世界の図書館を見るのは始めてではないけど、一番立派だ。ファンタジー映画に出てきそうな赤レンガの建物だった。

「なんか、お屋敷みたいだねー」

 と郁さん。確かに、と頷き返す。

「邪魔だから、そろそろ入るぞ」
「あ、そうだね!」

 ユウトに促されて、俺たちは開かれた木製の扉をくぐった。
 ふっと冷たく、紙の匂いがした。
 まず最初に現れたのは、板張りの広いロビー。天井は吹き抜けで、二階、三階と上の階にずらっと並んだ本棚が見える。
 ひんやりとした静けさが、館内を包んでいた。

「おお、すごい……!」
「ティスティアのどの図書館よりも大きいよ!」

 と、テリシアもはしゃいだ様子。
 正面にはカウンターと階段。その奥や左右には本棚がずらーっと並んで、所々に掛けられたカンテラの明かりが館内を優しく照らしている。
 それから俺たちはひとしきり図書館を見渡して、顔を見合わせた。

「……で、何を見たらいいんだろうね」
「これだけあると何から見たらいいのか分からないな」
「って、雫いないし……」

 なんて丸くなって話し合っていたときだった。

「あの~、皆さん……」
「あ!? すすすすみません!」

 思わず叫んで振り向くと、そこには同い年くらいの男の子が立っていた。深い森を思わせる、深緑の髪と瞳。
 驚いたその顔が誰かに似てるなと一瞬思ってから、どうやら図書館の職員のようだと分かる。

 大量の本を抱えて、カウンターの人と同じエプロンを着ていたから。

「あ、その、違うんです。もしかして、ユウヤさんと、ユウトさん達ではないかな、と……」

 あれ、うるさくて怒られたのかと思ったけど、違うのか。

「えっと、そうです……?」

 と答えると、男の子はホッとした顔で、丸眼鏡を持ち上げた。

画像1

「まおー様から聞いてたんです。いらっしゃったら案内するように」
「あ、そうなんですか?」
「はい。私は中央都図書館の案内係です。図書館は広いので、ぜひご案内させてください!」
「それは助かります!」
「……その前に、ちょっとこれ、置いてきますね。すみませんが少々お待ち下さい」

 と照れくさそうに言って、案内係さんはそそくさと本棚の間に消えていった。

「そういうことなら私、雫連れ戻してくるよ!」
「あ、迷子にならないようにね?」

 郁さんも本棚の方に消えていった。雫さんがどこにいるか、分かるんだろうか……まあ、あの人ならわかるか。

「なあ、今の人……」
「ん?」

 ユウトが、案内係さんが消えていったほうを見つめながら続けた。

「小林に似てないか?」
「……それだ!!」


***


「こちらは魔法関連の本になります」
「え、ここずっと!?」

 食い気味に尋ねるテリシアに、そうですね、と小林さん(仮)は頷く。

「初心者向けの魔法の心得から、上級者向けの高難易度魔法の解説書、あとは魔法言語の専門書など、大抵なんでも揃っていますよ」
「すごい……!」
「やっぱり、本とか読むと魔法って上手になるんですか?」
「そうですね。まあ、最終的には実践と感覚ですが、知識があるに越したことはないですよ」

 と、小林さんはうなずいた。なるほどね……。ちょっと興味が出てきた。

「俺、あとでここ見ようかな?」
「私も!」

 とテリシア。今までの本棚も歴史とか色々気になる分野はあったけど、やっぱり魔法の本っていうと興味が湧いてきちゃうよね。

「もう少しで、案内は終わりますよ。次は向こうの方ですね」

 小林さんに示されるまま皆で歩いていく。意外に雫さんが、本棚に視線を向けていた。隣を歩く郁さんはきょろきょろしながら、雰囲気を楽しんでいる感じだ。
 今までの案内で、この図書館の構造が大体わかった。一階は小説など、物語に関する本がほとんどで、あとは読書や作業用に机や椅子が開放されている。二階と三階は専門書が多く、特に三階は魔法の本がほとんどのスペースを占めているみたいだ。

「三階にも、自由に使っていただけるエリアがありますよ。一階よりも静かなので、集中したいときはおすすめです」

 小林さんが小声で紹介するのは、フロアの端っこにある、開けて机の並んだ一角。窓からは明るく日が差している。たしかに人はまばらにいるだけだった。一階も静かだったが、ここに比べればどことなく騒然としている方だろう。

「お付きいいただきありがとうございます。これで中央都図書館の案内は終わりです。なにか見たい本があれば、私でもそれ以外でも、職員にお声がけください」
「ありがとうございます、素敵な図書館ですね」

 そう言うと、小林さんはにこっと笑った。

「もちろん。中央都と共に、百年かけて育ってきた図書館ですから。……そうだ、言い忘れていました。みなさんに一つお願いがあるんです」

 お願い? なんだろう。
 小林さんは続ける。ちなみに、まだ小声だ。

「私はこの図書館で、異世界の……つまりみなさまの世界の研究をしているんです。もしよろしければ、また今度研究にお手伝いしていただけませんか?」

 け……研究?

「なにそれ、なんか、怪しい研究じゃないですよね……?」

 と郁さんが怪しがった。

「いえいえ。ただお話を聞いたりするだけですよ」
「なら……」

 と顔を見合わせると、皆もうなずいた。テリシアはちょっと不満げな顔をしたけど。

「良かった。それでは、時間のあるときに尋ねてきてくださると嬉しいです。大したお礼はできませんけど」

 にこっと、小林さんは笑った。クラスメイトの小林くんそっくりの笑顔だった。

「あ。今日はありがとうございました」
「いえいえ」

 では、と、小林さんは礼儀正しくお辞儀して、去っていく。
 すぐに本棚の向こうに姿を消して、俺たちはそれを見送った。

「異世界の研究か……」

 ユウトがポツリと言った。

「ユウヤくん、それじゃ早速、魔法のお勉強しに行こう!」
「て、テリシア、声が大きいよ……!?」

 テリシアは俺の手を引いて駆け出した。

「あれ、どっちだっけ……」
「こっちだよ。確か……あ、走っちゃだめだからね」

 ちらりと後ろを振り返ると、郁さんたちの姿も見えなくなっていた。あ、集合時間とか、決めておけばよかったかな……。
 と思っても、仕方がないので。
 天井からぶら下がる看板を頼りに歩けば、すぐに目当ての区画は見つかった。
 ずらーっと左右に並ぶ本。様々ないろの背表紙が本棚を占めて、どれを手に取ればいいのか分からない。

「ここらへんは、初心者向けじゃなそうだなー」
「うーん……」

 上級魔法言語という分厚い本がずらっと並んでいる段、瞬間移動魔法、物質生成魔法、治癒魔法全集……など、難しそうな専門書がたくさんある。
 瞬間移動とかって、一冊書けるぐらい複雑な魔法なのかな……。

「はっ! 私これ読む!」
「えぇ?」

 テリシアが本棚から引っこ抜いて、一冊の本を示してくる。『大魔法使いへの道』と表紙に書かれている。……けど、異様に分厚い。

「じゃ、私さっきのところ行くから!」
「え、ちょっと……」

 と手を伸ばしかけるも、テリシアはさっさと駆け出してしまう。

「だから図書館は走っちゃだめだって……」

 って、もう遅いか。仕方がないので、俺は俺で初心者向けの本を探すことにした。
 しばらくウロウロすると、それらしき棚にたどり着く。ざっと本棚を見渡して、よさそうな本をぱらぱらとめくりながら腕に乗せていく。

 くるっと本棚を回った時、雫さんの姿を見つけた。
 やけに真剣に、立ったまま本を読んでいる。なんか珍しいけど、良さそうな本があるのかな? と思って近づいてみる。
 そっと雫さん周辺の本棚を覗くと、魔法陣の基本、魔法言語一覧、などがぱっと視界に入る。……もしかして、なかなか難しい本読んでる?
 さささ、とその場を離れて一息ついていると、「ユウヤくん、みっけ」と声がした。

「あ、郁さん」

 声のした方に顔を向けると、郁さんが本棚の影からこちらを覗き込んでいた。

「私も、基本くらいは見ておこうかなって。雫はすぐ難しいの選ぶから、参考にならないんだよねぇ」
「あはは、そうなんだ。何冊か選んだから郁さんも見る?」
「お、じゃあ何冊か持つよー、さっきのところ行こうか!」

 確かに腕が痛い。郁さんに何冊か探して、本棚の間を歩く。

「雫さんって、勉強できるんだっけ?」
「そうそう。そうなんだよー。雫って昔からそうでさ。あんなにやる気なさそうなのにね?」

 郁さんはやっぱり、雫さんの話をしているときが一番楽しそうだなー、なんて思いながら話を聞く。

「意外に要領いいからね。あ、そうだ。面白い話があるんだよ、高校の時、いっつも小テストで満点とってた雫が、一回だけ0点とったことがあるんだけど――」
「え、そうなの? なんで?」
「そうそう、あのね――」

 と、切り出そうとした時、本棚が途切れて書見用のスペースが現れた。
 一番こちら側に座っていたおじいさんが、迷惑そうにちらりと見上げてくる。

「あ、あはは、すみませーん……」

 二人で苦笑いしながら、机の隙間をスススと歩く。

「ここ図書館なの思わず忘れちゃったよ……」
「この話はまた今度ね……」

 と一段落ついた瞬間、テリシアの姿を見つけて、今度は笑いをこらえるのに苦労するはめになる。
 テリシアは日当たりのいい席で、さっそく分厚い本を枕にして眠り込んでいた。
 郁さんとニヤニヤしながら、テリシアの近くに座る。テリシアの耳が、ぴこっと揺れる。なんだか幸せそうな寝顔だった。

 皆と図書館に来るのはなんだかやっぱり新鮮だ。ユウトは今頃、どこにいるかな。なんて考えながら、俺も本を開いた。



――――かけだし魔法使いの、3つの心構え『フラグメント―Welcome to the world』