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『夜と海』への誘い

郷本氏がラバココミックスで連載している漫画『夜と海』がとても良かった。

内海彩と夜野月子という性格が全く異なる二人の少女。

「時折、どうしたって興味が向いてしまうものがある。それは天上のシミだったり、壁を這うナメクジ、不規則に欠けた灯りーー」

夜野月子のモノローグから物語は始まり、ある日プールで泳ぐ内海彩を見かけた時、彼女は「わずか一瞬」の間「沈んでしまった」。

同じクラスであるのに名前も知らなかった内海に、どうしようもなく興味を持ってしまった夜野。端正な顔立ちで、周囲からは高嶺の花のように扱われているが、ダウナーで何も関心が無さそうな彼女が、何でもないようなきっかけから一人の少女に惹かれていく。

内海の方は周囲から変人と思われている。活発で社交的な彼女もまた、あるきっかけから夜野と交流を深めていく。

繋がっているようで繋がっていない、近いようで遠い、穏やかな水面のような二人の関係に、目が離せない。また、郷本氏の繊細なタッチで描かれる風景には、時折多彩な魚たちが浮かぶ。まるでアクアリウムを彷彿させるコマが素晴らしい。コマの細部を鑑賞するのもこの漫画の楽しみの一つだ。

この作品は、世間的には百合作品としてカテゴリーされるのだろう。ただ、読み進めると「二人に恋愛感情はあるのか?」という命題は、徐々に後退していく。

関係が密になることで見えるものもあるが、ずっと曖昧であるからこそ見えるものもあるのではないだろうか。関係が近いことは、相手のことを何でも知っていることとイコールではない。逆に、遠いからこそ相手をより深く知ることもあるのだ。

「仲の良いおともだちより、無くても困らないものが欲しかった」

と、夜野月子は思う。

親の都合で引っ越しが多かった彼女は関係が近くなってもそれが容易に途切れ、リセットされてしまうことを経験している。成長と共に他人との距離感を作ってきた。

だから、軽はずみなことから内海との関係が悪化した時も、「いつも通り」の崩壊を感じ取っていた。

しかし、その予測はいつもとは違う、大きな海の”うねり”によって流され、彼女はまた「沈んで」しまう……。

夜と海。月子と彩。ゆっくりと進んでいく二人の時間をもっと見ていたい。

お気に入りの作品がまた一つ増えた。

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