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一等輝く星

気がつくと
校庭のすみにいきなり
毎年夏になると見かける
あの花があふれていてあせった
ーーもう夏が
始まっているのだ
高校3年間
最後の夏が……


漫画家・羽海野チカさんの初期短編集、『スピカ』。
その中の表題作になっている「スピカ」の、冒頭のモノローグです。
「好きなものがあるってすごいこと」という素朴だけれど尊いことを、とても丁寧に描いている大好きな作品です。

私は好きなものについて「どうして好きなのか」をよく考えます。それがわかったとき、もっと好きになるからです。

「スピカ」を読んでいて「どうしてこの作品が好きなんだろう?」と考えたことを書いていきます。

※全編ネタバレしています。

<三つの花>


この作品には「三つの花」が出てきます。

まずは冒頭のモノローグの「毎年夏になると見かけるあの花」です。
絵や写真を見ると「ああ、あの花ね」という感じになると思うのですが、名前までわからない。
(調べたところおそらく「タチアオイ」かな?)
おそらくこの花は「名前はわからないけれどいつの間にか咲いている花」という要素が大事なのかもしれません。
転校生の美園が高崎に「好きなことがあるって/そんなに悪いことなのかなあ/笑われるほど?」と心情を吐露して、うまくいかない現状を語る場面のコマに、この花の絵が差し込まれているのです。
なので一つ目の花はモノローグの通りあせりを象徴しているのではないかなと思いました。校庭のすみに咲く、「誰のためでもない」花。それが一つ目の花でした。

二つ目は「美園のお母さんが美園に買った花束」です。
お母さん、美園のバレエを見終わってすぐ花を買いに行った、結果発表は見られなかった、と言っていて。
結果なんて、何位かなんて関係なくて、美園の演技を見て買いに行った。
同級生の結果を求める言葉に怯えて泣いた彼女にとって、たいへん嬉しかったのではないかな……。
一つ目の花と比べると、これは「美園のため」の、ただひとつの花です。その対比のための、モノローグだったのではないかな。
この『スピカ』の単行本のカラー表紙、ちゃんと一つ目の花とふたつ目の花が描かれています。

そして三つ目が「花火」です。
最初に花火大会について、「大告白大会」という説明がなされています。
つまりこの三つ目の花は、「これから恋人になる二人のため」の花なんです!

この作品は高崎の言葉や、美園のひたむきさが胸を打つのですが、この構成の見事さも、読み終わったときの満足感につながっているのではないかなと思います。

<「スピカ」というタイトル>

さて、このお話の中に星の話は出てきません。
なのになぜタイトルは「スピカ」なんでしょう?
パッと思いついたのはスピッツの曲ですが(そしてまた、歌とこの作品がとても合っている気がしますが)他のことを考えてみました。

スピカは乙女座の中で一番明るい星です。
青白い光ということで、それは「髪まっ黒で色まっ白」と評されていた美園自身を思い起こさせます(乙女、というところも)。
(表紙のスピカというタイトルのロゴも大好きなのですが、白と黒の配色なのももしかしたら意図的なのかも)

ストーリーが進むにつれ美園は「好きなこと」について自信を持てるようになります。

自分の中にある、一等明るい星みたいなものがこの作品における「好きなこと」なんじゃないかなあって思いました。

結果が出なくても、役に立たなくても、仕事にしなくても。
「好きなこと」が、これから先も一等輝く星でありますようにと願いたくなる。
だからこの作品が好きだなあ、と思います。


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