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投資家の不安を煽る過度に悲観的な記事には要注意(福井強のマクロ経済分析レポート vol.3)

 株式市場に対する過度に悲観的で、視聴者の不安を煽るインターネット上の記事や動画をよく目にします。これらの背後には、多分に視聴数やクリック数を伸ばすことに目的があると考えられます。行動心理学によれば、投資家の心理は、損失回避の負の感情の方が、利益増大の正の感情よりも強力なため、悲観的な見方に注意を喚起されがちなのです。

 このようなことは、今に始まったことではなく、私が金融マーケットに携わるようになった30年前からありました。当時、債券ファンドマネージャーとして勤務していた米国では、” The Great Reckoning: Protecting Yourself in the Coming Depression (James Dale Davidson, William Rees-Mogg共著)”( 『大いなる清算:来たる大不況から身を守れ』)という本が発売されてベストセラーになっていましたが、この本が警告していた1929年の世界大恐慌に匹敵する大不況は、それから30年後の現在に至るまで起きていません。もちろん、その間に、大手マクロ・ヘッジファンドのロング・ターム・キャピタル・マネジメントの破産(1998年)やリーマン・ブラザーズの倒産(2008年)が起こり、これらが世界大恐慌の引き金を弾く可能性のある一大事件であったことは確かです。しかし、その都度、米国連邦準備制度理事会(FRB)と米国政府が遅滞なく適切な対応策を大胆に講じた結果、大恐慌の発生を未然に防ぐことができました。特に2008年のサブプライム危機の際に、1929年の世界大恐慌を専門的に研究してきたバーナンキFRB議長の采配が世界経済を救ったことは鮮明に記憶に残っています。

 投資家として、このような危機の可能性を常に自問してみることは重要ですが、いたずらに不安を煽るメディアに踊らされ、無闇に恐怖に駆られて、パニックに陥ることのないようにしなければいけません。そのためには、サブプライム危機クラスの相場大暴落が起こっても動じないように常日頃、リスク分散を心がけ、同時に過度なレバレッジを取らないように自制することです。相場が逆に振れて、胸がバクバク・ドキドキするようなら、それは保有しているポジション・サイズが過大である証拠なので、ポジションを減らしましょう。身の丈に合わない過大なポジションやレバレッジの使用は、ひとえに、背後にある投資家自身の一攫千金の願望のなせる技であり、これに対し、賢明な投資家として目指すべき正しい目標は長期的な資産形成であるべきです。この点さえしっかり押さえておけば、自分にとって適正なポジション・サイズを維持できて、不安を煽る悲観的な記事や動画によって、無闇に冷静さを失うことはもうないでしょう。

 株式投資をゼロ・サム・ゲームであると考えれば、過大なポジション(リスク)を取る一攫千金を狙う人たちは、マイナスの期待値のゲームに興じる敗者であり、相場の不確実性のもとで不安に押しつぶされて非合理な行動に走る結果、リスクを抑えて合理的な行動をする賢明な勝者が利益を得る機会を提供することになります。

 その一例として、サブプライム・ショック後の2009年3月に株式市場が大底を打った時期を見てみましょう。2007年2月から始まったサブプライム住宅市場バブルの崩壊は、2008年9月のリーマン・ブラザーズの倒産により、金融システム危機にまで発展し、それまで持ちこたえていた株式市場は直前のピークから50%を上回る大暴落を演じました。今から振り返れば、2009年6月が景気の底となり、株式市場はそれに先行して同年3月に大底をつけたわけですが、それまでに多くの投資家は大損を被って株式市場から撤退を余儀なくされ、そのときに受けた心理的ダメージから再度、相場に復帰することができず、後の儲けの機会を逃すことになりました。これに対して、適正なポジション・サイズでトレードする賢明な投資家は、比較的早いタイミングで株式市場の底打ちを確認して、待機させていた資金を使ってポジションを取り直したり、買い増ししたりすることができたのでした。このように、長期的に見れば、適正なポジション・サイズでトレードする賢明な投資家は株式市場を通じて資産形成をすることできるのです。

(出所:RENOSYマガジン、伊藤圭佑氏によるチャート)

執筆:福井 強(ふくい つよし)
個人トレーダー(フランス・パリ在住)。元世界銀行投資管理局グローバル債券デスク・ヘッド、G7債券ポートフォリオ・マネージャーとして金利およびクレジット・ポートフォリオ戦略の立案、実施に従事した。

1984年慶応義塾大学経済学部卒業。1990年コロンビア大学ビジネススクールにてMBAを取得。明治安田生命(旧明治生命)、JICA(旧OECF)を経て、1993年より2020年まで世界銀行勤務。米国証券アナリスト(CFA)。訳書に『ザ・トレーディング』(アレキサンダー・エルダー著/FPO)とその旧版にあたる『投資苑』(パンローリング)がある。

日々耳目に触れるネガティブな情報に対し、一時的な感情だけで、当初の投資戦略や売買ルールから逸脱しないようにしないといけませんね。

さて、福井氏の「マクロ経済分析レポート」も本稿でvol.3となりましたが、本連載のご感想はいかがでしょう?

世界銀行という国際機関に長年従事されてきた、マクロ経済のスペシャリストの視点から見たマーケット分析はもとより、本稿のようにメンタル面に関する教示が盛り込まれるなど、長期的な成功を望む投資家にとって、本レポートは大いに助けとなるはずです。

ネットで様々な情報にアクセスできる利便性と引き換えに、私たち個人投資家は玉石混交の大量な情報に翻弄されがちです。日々の情報に振り回されて判断を見誤ることのないように、日頃からこうした大局的見地に立った見方に触れることで、相場を俯瞰する意識を養っていかなければなりませんね。

以下は、本レポートを発信するにあたり、弊社編集者とのやりとりのなかで、福井氏より頂いたメッセージです。

このような形で、一般個人投資家の方々に小職の考えを発信できることを大変嬉しく思います。

私は、30年前に、当時、経済大国で、世界中から注目を集めていた日本からの応募者として、国際金融機関の世界銀行に採用され、2020年まで活躍の機会を与えられてきました。

振り返れば、このようなキャリアパスを歩むことができたのは、やはり日本という祖国のバックアップがあったからだと痛感しております。その恩返しと言っては何ですが、このような形で日本の一般個人投資家の方々のお役に立てれば幸いです。

貴社のウェブサイトでご紹介いただきましたように、小職のスキルセットであるマクロ経済分析と相場分析を組み合わせた見解を今後、最低でも月1〜2回は発信して行く所存です。また相場分析に関しては、リスク管理(マネー・マネジメントも含めて)や投資家心理(行動心理学の観点)も含めた考えをご披露したいと考えております。

これらはエルダー先生の3本の柱と符号しており、実際の投資活動に際し、往々にして見落とされがちな、成功する投資に不可欠な側面だと思います。

福井 強

上記にありますように、本連載企画は福井氏の”日本の個人投資家の方々のお役に立てれば”という恩返しの想い、いわば利他のお気持ちから生まれた企画です。

世界銀行での長年のキャリアをお持ちなだけに、雑誌への単発寄稿でもそれなりのフィーが発生するはずですが、今回はひとりでも多くの方々に情報が行き渡るようにと、ギャランティー(原稿料等)を受け取らないという条件を自らご提示してこられたという経緯もあります。しかも、継続的に発信してくださるというのですから、ありがたい限りです。

数あるメディアから弊社を選んでくださり情報発信を任せていただける以上、私どもも責任を持ってたくさんの個人投資家にこの情報が届けられるよう精一杯尽力させていただきます。

最後に、読者の皆様にお願いがございます。

福井氏は恩返しというように仰っておられますが、私たちが福井氏に対して何か感謝されることをしたわけではありません。

そこで、皆様にお願いがございます。レポートのご感想、ご意見を(もしくはご質問でも構いません)、ぜひお聞かせいただきたいのです。お寄せいただいたメッセージはすべて福井氏にお伝えさせていただきます。

執筆者にとって読者から届けられる声というものは何よりの励みになるものです。間違いなく執筆のモチベーションUPにも繋がることでしょう。何卒ご協力をお願いいたしますm(_ _)m

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なお次回vol.4では、相場の蓋然性についてご自身の経験を踏まえて執筆いただけるとのことです。楽しみにお待ちください^^。

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