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第16話 不動産営業のクロージング。新耐震基準って?


【登場人物】


〇藤堂さおり(32歳)・・主人公 
大学職員として勤務している。夫の啓補は警視庁勤務。
気が強く、はっきりと言うタイプ。地図が好き。初めての住宅購入に向けて、不動産業者だけの話では納得いかず、FP事務所に相談へ行くが・・。

〇神崎勘太(36歳)・・祐天寺うぐいすFP事務所所長 
CFP認定者、1級FP技能士、宅建士。「脱カモ」サポートをモットーに、龍太と二人でFP事務所を切り盛りしている。

〇藤堂啓補(34歳)・・さおりの夫。
警視庁勤務。素直で人を信じやすく、そのせいで営業マンのトークに乗せられやすい。基本的におっとりした性格。


〇神崎龍太(36歳)・・祐天寺うぐいすFP事務所 勤務 宅建士。 
不動産業界での経験を活かしながら、勘太のサポートをしている。無口で勘太とは体型含めて正反対。

〇皆川 ・・・不動産Rの営業マン


前回までのあらすじ。

主人公の藤堂さおりと、夫の啓補。夫の啓補が気に入って一気に購入しようとしていた建設予定のマンション。そんな展開に不安なさおりはFP(ファイナンシャルプランナー)の無料相談をきっかけに、その物件の調査依頼をした。災害に弱い危険な立地であることを理由に購入をやめるように勧められ、その建設予定地は後日台風で冠水してしまった。それがきっかけで、2人はここのFP事務所の住宅購入サポートプランのトライアル契約を申し込む。それから、事務所の所長の勘太から住宅購入にあたり様々なレクチャー後、物件探しをスタート。気に入った物件は、再建築不可だったりと中々うまくいかない中、不動産Rから物件紹介の連絡がきた。不動産業界経験のあるFP事務所の龍太同行のもと、数件物件回りをしたところ、最後のキャンセルが急にでたリフォーム物件を2人は気に入ってしまった。同行した龍太の意見はいかに?


第16話 不動産営業のクロージング。新耐震基準って?


「今日は同行ありがとうございました。最後の物件どんな風に思いましたか。他の物件も含めてご意見伺いたいのですが」
応接室に座るなり、勘太と同席している龍太に率直に聞いた。
龍太は、今回の物件内見した資料を見ながら、溜息まじりに語りはじめた。
「営業の邪魔をしてはいけないと思い。途中ほとんど何も話せずに失礼しました。私もね、昔不動産営業していたから、手にとるようにわかるんですよ。最後の物件を見せるまでの4件の物件ありましたね。」
「ええ、安いけれど、狭すぎたり、広くていいなと思ったら、予算かなりオーバーしていましたね。」
「あれ、すべて最後の物件みせるための『まわし』ですよ。」
「まわしって何ですか。」
「お二人がご希望している希望物件の価格や間取り、駅からの距離とかあえて微妙にずらしたものを先にいくつか見せておいて、本命の物件を後回しにすることで、本命の物件を引き立てる効果があるんです。実際そうじゃなかったですか?」
「本命の物件って最後のキャンセルが出て、急遽見に行った物件のことですか」
「もちろん。車の電話も、あれ、自分にかかってくるように携帯で設定して、電話の会話も全てお芝居です。もちろんキャンセルが出たのも。タイミングの良さを演じて、運がいい、縁がある、と思ってもらうためです」
「ええっ そうなんですか・・。全然ウソついているようには見えなかったけどな」
「自分も不動産営業していたころは、毎日のようにそういうパターンで回っていましたから、もう慣れっこでした。」
「でもお芝居って、そこまでやらなくてもねぇ」
不動産業者にもともと嫌悪感がある私にとって、なんだかやっぱり、、って話だ。啓補は驚きのあまり固まっている。
「不動産営業マンも日々厳しいノルマに追われているんです。お二人みたいな公務員と大学職員みたいな職業だと銀行審査は通るから、お客として取り込みたい。ちなみに、社用車の移動も、営業にとっては、駅からの坂道のきつさや、距離感がわからないままにできるし、VIP感を持ってもらいやすく、それはすなわち購入に向けての気分を盛り上げていきやすい効果もあるからですよ。もちろん、さっきお伝えした自分のシナリオ、つまり「回し」を先に見せて・・という展開をしっかりやるためというのが一番ですけどね」
「でも、最後の物件が、自分たちにとって希望に合っていて、問題がなければ別にいいんじゃないかしら」
「もちろん、お二人がご希望の物件に巡り合えれば、それでもちろん問題はないですよ。。
ただ・・」
「私は、リフォームもされていて、すぐに住める状態に見えたし、問題ないように感じましたが。築年数は古かったけど、条件とほぼあっていたし、何より気に入ったし」
啓補は、「まわし」のことには驚いた様子だったが、私の言う通り、最後の物件が良ければ別に問題はないと考えていた。
「あの物件、築年数が35年以上経っていて、1981年より以前に建築されたものです。つまり、1981年(昭和56年)6月1日の建築基準法の改正により定められた新耐震基準を満たしていないということです」
「新耐震基準とその前だとやっぱり、大きく違うものなんですか」
「そうですね、わかりやすくいうと、1981年に改正された新耐震基準の1番大きな特徴として、建物の中もしくは建物の周辺にいる人が、建物の倒壊に巻き込まれて被害を受ける、という状況を改善するような耐震基準に変更されたことですかね。具体的には、震度5程度の地震に対しては、部材が損傷を受けないことが条件だったり、さらに震度6~7程度の地震を受けても倒壊または崩壊しないことが定められています」
「逆にいうと、新耐震基準を満たしていないと、そのあたりが脆弱ってことかしら」
「そうですね。震度5程度の地震を受けたときでも、損傷を受けることが大いにあり得るし、大地震に対しては脆弱である可能性は高いってことです」
「リ、リフォーム済みっていうのは、そのあたりはそのままってことですかね」
啓補は、明らかに落胆している表情に変わっていた。
「耐震補強工事を施しているなら別ですが、そういう記載もないし、実は内見で2階へ皆さん行かれているタイミングに、1階に床下収納があり、そこに点検口があったので、ちょっと確認してみたんですよ。勝手にそんなことするのはタブーなので、これは内緒にしててくださいね。こんなこともあろうかと懐中電灯を持参してましたからね。そしたら、基礎コンクリートの部分が一部確認できて、劣化というかひび割れしている箇所が確認できたし、排水管もボロボロで取り換えた様子もなし。つまり、私から見るとリフォームは最低限表面的なところを綺麗に施しただけだと思います。」
 いくら中古物件とはいえ、そこまでのリスクは負いたくないと思った。
「そうですか。この前のマンションの件は地盤リスクだったけれど、今回は建物の耐震や劣化状況などによるリスクってことね。神崎さんどう思われますか。」
じっと龍太の話を隣で聞いていた勘太へ聞いてみた。
「そうですなぁさすがに、それはちょっとひどいかな。そういうリフォームのみならせめてほぼ土地値くらいならまだしも、不動産業者が最低限リフォームして高く売りつけている典型的なパターンですな。やめたほうがええと思います」
啓補は、さすが諦めたほうが良いと感じたのか、溜息を何度かつくだけで、これ以上食い下がって聞いたりはしなくなった。
「まぁ、今日のところはお疲れさんでした。うちの龍太が少しでも役に立ったならよかったです。無口やけど無駄ではなかったでしょう。」
「ええ、もちろんです。とても心強かったわ」
「他の不動産業者の紹介やからサポートNGみたいなことだけはしていないから。もちろんいい物件で、お二人も気に入ったのが見つかればそれが一番やし」
「ありがとうございます。今日一緒に同行してもらえなかったら、そのまま申込しちゃっていたかもしれません。そう思うとすごく良かったって思っていますよ」
本当にそう思った。そういえば、ふと、今日の不動産屋の皆川が「この物件は仲介手数料無料ですよ」と言っていたのが気になった。


(第16話終わり) 次回は9月20日(日)に更新予定です。

※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


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