亢進
告白、というほどのことでもありませんがね。
わたしは甲状腺機能亢進症を患っています。
甲状腺機能亢進症とは、甲状腺ホルモンが大量に分泌され、カラダのさまざまな働きを過剰に活性化させてしまう病気です。
心拍数や血圧の上昇、異常なほどの発汗、カロリーの燃焼スピードが尋常じゃなくなる、熱産生が激しくなる、皮膚の修復速度アップ、眼球突出など、症状はさまざま。椅子に座っていても、軽く走っている状態が続いているといえば、おわかりいただけるでしょうか。
いくらごはんを食べても太りませんし、体温が常に高めだからか免疫力が上がって風邪を引くことがほとんどありません。真冬でもTシャツ一枚でOK。これはあくまでも個人的な体感ですが、五感がやたらと鋭くなって、気力、洞察力、発想力、短時間であれば運動能力がアップします。
喩えれば、ゲームでいうところのバフ(強化魔法)がかかっていて、ありとあらゆるステータスが上昇しているイメージ。一時的にではありますが無双状態が続きます。これは甲状腺ホルモンという、いわば「元気汁」のようなものがドバドバ出ているから。興奮して、上気して、徹夜仕事もなんのその。ユンケル要らずでゴリゴリ仕事が捗ります。語弊がありまくりでしょうが、戦後流行したヒロポンとかって、使うときっとこんな感じなのかもしれませんな。やったことないから知らんけど。
しかし、これは病気です。いいことばかりじゃないんです。ウルトラマンやエヴァ初号機のように、活動限界時間を超えると、その反動がやってきて疲労困憊に陥ってしまいます。何かを頑張った後は倒れるように眠り込んでしまうだけ。
わたしの場合は、突然バッテリー切れが起きて、集中力が途切れちゃうと、それに伴って記憶までもが飛んじゃったり、酷い時は活動レベルがもの凄く高くなってたところから、いきなりドスンと奈落に落とされ、激しい虚脱感やイライラに襲われることがありました。とにかく、さっきまでやってたことを忘れちゃうことが度々あって、ミスを連発しちゃうのが辛かったですね。否、ミスが辛いというより、周りの皆から心配されたり、不安がられたりするのが辛かったのかも。そんなわけで、一日の始まりに、その日やることすべてを付箋にしたためて、PCのモニター枠に貼り付けておくというおかしな習慣が身についたのです。
仕事って気分が大事です。ダウナー状態だと何をするにもうまくいきません。逆にアッパー状態だと、すべてがうまくいくような気がしてきます。企画書を作るにしろ、原稿を書くにしろ、この気分が大きく作用して、アドレナリンが大量に出ているかのような万能感、多幸感に包まれます。
でも、さすがにこの甲状腺機能亢進症というのは放置しておくとマズいらしいですね。心臓やカラダの各所に負担が掛かって長生きできません。本川達雄さんの名著『ゾウの時間、ネズミの時間』を引くまでもなく、人間の一生分の鼓動数が決まっているとすれば、亢進している時間が長ければ長いほど、生き存える時間が短くなってゆくということ。そこで、随分と前から病院に通っていて、お医者さんが処方してくださるお薬を飲んでいます。
もう10数年以上になるでしょうか。甲状腺ホルモンの分泌を抑える薬です。喉の下にある甲状腺自体を手術で取っちゃってもいいんですが、そうすると今度は毎日ホルモン剤の摂取がマストになります。それもなんだかイヤじゃないですか。生きる気力が失せてしまった者に無理矢理カンフル注射を打って奮い立たせているみたいで。よって、ほどよい分泌量を探りながら投薬治療を続けています。
今はだいぶおさまっていて、数ヵ月に一度の血液検査でも正常値近くを前後しています。そろそろ薬をやめてもいいんじゃないかと勝手に思っていますが、お医者さま曰く、ぶり返したらより酷くなるので慎重にとのこと。投薬は当分続けますからね、とのキツいお達しです。
でも、こんなことを申し上げたら、同じ病気に苦しんでいらっしゃる方々に申し訳ないとは思うんですがね。かつて味わった、あのなんともいえない万能感に包まれる感覚が時々恋しくなるのです。あとからあとからやる気が湧いてきて、何をやってもポジティブになれちゃうんですもの。たまにクソ忙しくて、どんな代償を支払ってもいいからこの状態を乗り切りたい……なんて時に、いっそ薬を飲むのをやめて、あえて甲状腺ホルモンの大量分泌を促そうかと思っちゃうこともあります。だからかしら。似たような効果があるとされるパワーストーンに惹かれてしまうのは。
けれど、そういう風に刹那的になってしまう自分がいるってことは、順接的に考えれば人生やりきった、いつ死んでも悔いはない、ということになりそうですが、これが実はそうでもない。逆にまだまだ何事かをやり仰せていない、果たし切れていない何事かに対する焦りや歯痒さみたいなものがあるから? ……なんちゃって(笑)。
ちょっと哲学に浸っちゃいそうな雰囲気なので、今日はこの辺で。
そういう厄介な病気もあるってことで。おやすみなさい。
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