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ご近所づきあい

横浜の新興住宅街から東京に引っ越してきて6年少々。
最初は知らない土地に来て、いろいろ不安もありました。

東京って、隣近所の交流が極端に少なくて、他人様に無関心、不干渉ってイメージがあるじゃないですか。最初はわたしもそう思っていたんです。
まぁ、寂しいなぁと思う反面、そういうところが東京らしさというか。とかく煩わしいと感じがちな、知らない人とのコミュニケーション。それがなくても生きていけるってのが、東京に住むことのある種の美点なのかもと考えていました。

ところがですね。ここは下町だからかなぁ。
ご近所を歩いていると、わりかし「あらぁ○○さん、こんにちわぁ」とか、仲良さげに立ち話をされているご婦人方が多くて。
なんか、ほのぼのしていて。眺めていて心が安らぐんです。
別に耳をそばだてて、会話の細部をお聞きしたわけではありませんが、お互いのつつがなきを緩やかに確認しあっていたり、近所で起きた出来事なんかを情報交換されていたり。
たぶん、くだんのご婦人方は、このあとご自宅に戻って晩ごはんの支度でもされるんでしょう。思いがけず道端で出会ったご近所さんとの束の間の時間は、きっとこの日のちょっとしたアクセントになるんだろうなって。ああゆうのも悪くはないなぁと思いはじめてきたんです。

そんなふうに、なんとなく、ご近所づきあいというものに思いを巡らせていたところ、ある時、台所の床になんかフニャフニャと不安定な箇所があることに気づきました。よくみたら、フローリングの板のつなぎ目に、じんわり水気が滲んでいます。なんの水だろう、これ? お茶でもこぼしたか?

拭いても拭いても状況は変わらず、ドライヤーで乾かしても、またすぐにじんわりと濡れてきます。雨漏りなのか、水漏れなのか、とにかく水気を含んだフローリングの板が膨張しはじめて、踏むとペコペコ音を立てるまでに悪化していきました。

ついに、こりゃなんとかせんとダメだと観念いたしまして。水回り込みで床を修理してくれる業者さんを探さなきゃということで、ネット検索をはじめたのです。あ、でも、そういえば。そこでふと思い出しました。我が家から三軒ほど先の角地に工務店さんがあったことを。

ご近所さんだったら安心です。専門職の斡旋サイトで探した格安業者さんよりも、料金は割高かもしれないけれど、さすがにご近所相手にいい加減な仕事はしないでしょう。家のメンテナンスは、今後もここに住み続けていく以上、いろんな場面で必要になってくるはず。早めに懇意の工務店さんを見つけておいて、いつでも相談できる環境を拵えておいて損はありません。

さっそく直接足を運んでみることに。ピンポーン。
は〜い、というお返事とともに、扉から顔を出してくださったのは、たまにお見かけするその工務店のご主人らしき人でした。

「あ、こんにちは。この先のブロックの何某と申します。突然すみません」
「あ〜、去年引っ越してこられた、わたしさんですよね?」
「あ、はい。ご挨拶もしていなくて申し訳ございません」
「どうされたんですか?」

どうやら、わたしたち家族がこの界隈に移り住んできたことを、ご主人はご存じのようでした。名前までチェックしてくださってる。ということは、決して無関心だったわけではなく、むしろ「どんな人間がやってきたんだろう」と気にされていたのかもしれません。一応、向こう三軒両隣にはちょっとした粗品を携えて、引っ越しのご挨拶は済ませたんですけれど。工務店さんはちょっと離れていたので。

「実は、お台所の床から水が滲んできていまして」
「床板は剥がしてみました?」
「えぇ。反りがひどいところを一枚だけ」
「下地板はどんな感じでした?」
「完全に水気を含んでジットリ湿っていました」
「じゃあ、シンク下を這っている配管からの水漏れでしょうね。さっそく伺って拝見してみましょうか」
「ありがとうございます! ぜひお願いします」

その後、程なくして、工務店のご主人が職人さんを手配してくださり、床板、配管をチェック。翌日一日ですべての箇所を修理し、配管のレイアウトも流れやすくなるように変更。一階天井に点検口まで設置してくださいました。
また、フローリングのほうもリビングの雰囲気に合わせてステキな感じにリフォーム。それに、さすがのプロですね。保険や区の補助金についても詳しく教えてくださって、この家が買い替えから一年と経っていなかったこともあって、全額瑕疵保険で賄うことができました。

そこからですかね。そこのご主人や奥様と親しくなったのは。
ご主人は町内会の常任理事もやられていて、やがて町内会長さん、界隈を担当する民生委員さんなどとも、ご主人を介して懇意になりました。

「新しいご家族がヨソから引っ越してくると、どんな方々かわからないから、なかなか頼みに行きづらいんですけどね。最近は外国人の方の転居も多くて、町内会費の支払いを拒否する人さえいます。それでなくてもこのご時世、地域自治に消極的な人が多いでしょ……。でも、いかがでしょう? せっかくこうしてお近づきになったことですし、わたしさんも今後はお手伝いいただけませんか?」

そんなこんなで、年末の助け合い募金の集金をお願いして回ったり、近隣の氏神さんがお配りしている御幣やお札を各世帯にお届けするのをお手伝いしたり、ちょいちょい町内会のお仕事を仰せつかるようになりました。
まぁ、さほど負担は感じませんし、一般的なサラリーマンとは違って時間の工面も容易なわたしです。ゴミの集積場所の清掃メンテやら、地元消防団の皆さんと協働して小学校の子どもたちや企業さんを相手に消防訓練を定期開催しているご近所さんに比べたらカンタン&楽チン。地域活動の一端に多少ながらも参加させていただいているという充実感や満足感のほうが勝りますね。なによりご近所の皆さんに顔を覚えていただく機会が増えて、道ゆくご婦人方からご挨拶の声をかけられることが多くなりました。同じ地域に住まう仲間として、なんとなく受け容れていただけたようなうれしさも感じます。

「こないだね。〝屋根が壊れてるんで修理したほうがいいよ〟って、若いセールスマンが来たのよ」
「それって詐欺よ。こないだテレビでやってたわー。確かに修繕はするんだけど、余計なとこにまで手を入れて、あとで法外な料金を請求してくるのよ」「あ〜ウチにも来ましたよ。いわゆる点検商法ってやつですね。足場を組むから100万かかるっていわれました。工務店のご主人に相談したら〝そんなの雨漏りしてから考えればいいよ〟って仰っていましたよ」
「じゃあウチも気をつけなきゃ」

決して田舎のように濃密な結びつきではありませんし、実に程よいこの距離感が、どうやらわたしには合っているみたいです。
こういうのが日頃の防犯や治安維持にもつながっていくのだと考えると、やっぱり必要なんじゃないでしょうかね。保守的な考え方かもしれませんけれど、ちゃんと機能しているから、お互い気持ちよく過ごせているわけで。

東京のご近所付き合い、案外悪くないかもです。

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