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得意分野がなくたって

コロナ禍の時、どうにもこうにも仕事が回らなくなって、廃業に追い込まれてしまったビジネスは少なくないと思います。しばしばマスコミで取り上げられてきた飲食業がまさにそうですし、帝国データバンクさんの調べでは、次いで建設業、食品卸業、食品小売業の順で倒産率が多かったそうで。その影響は仕入先にも波及し、商売が成り立たなくなった領域は多岐にわたります。

悔しいことに、クリエイティブ界隈でも淘汰されてしまった方々がかなりおられます。外ロケ専門で自前のスタジオをお持ちでなかったカメラマンさん、やはり取材系専門でグルメ特化、ファッション特化、エンタメ特化のライターさん。リーマンショックでもリタイアされる人は跡を絶ちませんでしたが、今回は海外ネタがメインとするガイド情報誌や旅系情報誌の編集者さんなんかも苦戦されてました。中には世界的なパンデミックに接して、家族や故郷の大切さに気付き、ご実家に戻られて家業を継がれた方がいらしたことも承知しています。

わたしは図らずも、これまで専門をつくらないようにしてきました。具体的な誌名は書けませんが、場末のマイナー週刊誌から誰もがご存じなメジャーな月刊誌まで、多様な媒体経験を自分の強みに据えてきました。
友人知人が、クルマとか、メシとか、アートとか、音楽とか、教育とか、ファイナンスとか、それぞれの得意分野を武器にして専門化を進めていったのと逆行して、わりと広範にお仕事をお引き受けするようにしてきたんですね。知識や経験が足りていないところは、その分野に精通した外部スタッフさんをチームにアサインするなどして対応していました。
よその芝生が蒼くみえて、うらやましく思うところもあったんですけれど。特定分野のムックなどで必ずといっていいほど名前を見かけ、その道の第一人者的な立ち位置で活躍されている知り合いをみると、何か自分にもスペシャルな領域があったほうがよかったのかなぁ、って。

たまたまですが、これがコロナ禍では、いいほうに作用していた気がします。

1回目の緊急事態宣言が発令されたのは2020年4月でした。しかし、振り返ればそれ以前からやな予感がはしていたんですよね。豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号での感染事例がニュースとして世間を駆け巡り、ちょうどその頃に原稿を書き上げたばかりのクルーズ旅の記事がお蔵入りに。版元さんと交渉して取材にかかった経費だけは賄っていただきましたが、稿料・編集費は泡と消えました。

また、地方企業を訪ねるお仕事も、こちらはわたしたちからの提案としてクライアントさんへ中止を進言しました。「今、東京から取材へ出向くことを強行して、地方の皆さんに不安を与えてはいけない。万が一クラスターを起こしたら大変なことになる」とリモート取材に切り替え規模を縮小。その際、クライアントさんはいまいちピンときていなかったみたいでしたが、その後の社会情勢を見れば……ねぇ。あの時は英断でした、今でも感謝していますといわれます。

いずれも仕込みから実施まで2か月程度を費やした案件でしたし、特に最初のクルーズ記事が霧散した時はその場にへたり込みましたね。他にも予定していた取材ありきのものもすべてキャンセル。さて、どうしたものかと頭を抱えました。実際、3月〜5月はほぼほぼ仕事がなく、5月なんかは売上ゼロ。固定費の支出は変わらずなのに収入なしですもの。辛かったです。

ただ、わたしらが歯を食いしばって踏ん張っていた以上に、お仕事を発注してくださる企業さんも守りから攻めの姿勢に転じられていたのを強く感じました。
わたしは、以前から企業経営者の方々になりかわって社外向け・ステークホルダー向けのメッセージ文案を作成したり、スピーチライター的なお仕事も仰せつかっていたのですが、その経験を買っていただき、その手のお仕事が5月6月あたりから増え始めました。生き残りをかけて戦う企業さんのために、わたし自身も生き残りをかけて仕事に取り組みました。
そんなこともあって、夏はちょっとしたバブルでも起きてるのかしらというくらいに忙しくて。さすがに前年比プラスには届かなかったものの、なんとか口に糊することはできていましたっけ。また、その時の働きを認めていただけたのか、翌年1月に発出された2回目の緊急事態宣言以降も、さまざまなお仕事をオファーいただけるようになりました。

もちろん、得意分野を磨いてスペシャリストを目指すことは素敵だと思います。特定の領域で天下を取れたら凄いことですし、かくあるべきと思います。
ですが「ちょっとその分野は見識不足ですから」などと安易に断らないでやってきたことが、こういう有事の際には活かされるんだと痛感しました。

これは何も編集者やライターといったクリエイティブの話だけではなく、企業においてもそうだと思うんですよね。選択と集中という美名のもとに、不採算領域(とそこに携わる人)を無慈悲に切り捨てて、何かに特化していった業種業態が悉く衰えました。一方、多少非効率で慢性的なコスト悪を抱えていても、多彩なモノコトにチャレンジしてきた企業がいち早く回復を果たしてきた気がします。

むろん、好きなことを我慢しろといっているわけではないんですよ。
得意分野を持ち、伸ばしていくことを否定はしませんし、むしろ推奨します。
苦手分野を無理して克服しろとも申しません。

わたしも旅にまつわる仕事はライフワークだと思っていますし、旅行どころではなかったここ数年も、なんとか知恵を絞りながら続けさせていただくことができました。今、海外では何が起こっているのか、旅行動向に変化の兆しはあるのか、旅することが再開されたらどんな世界が待っているのか、とかね。単なる旅心を煽る企画から、人にとって旅することがいかに必要かを訴える方向へシフトして、観光業界の皆さんの想いを伝えてきたつもりです。

と同時に、やや自信がないなぁと思われる分野も、せっかく我々を頼ってお声をかけてくださったものは、取りこぼしなくトライしてきました。
外の方々からみたわたしって、わたしが知ってるわたしより、案外なんでもできちゃえそうにみえるみたい。動画のシナリオづくりや、カット編集、字幕テロップの仕事なんかもそう。やったことなかったけど面白かった〜。リスペクトのない方々との仕事はまっぴら御免ですが、そうやってリスペクトしてくださる方々には誠心誠意応えたいです。そこには必ず自分の成長がありますし。

少なくとも、一度やってみて限界を感じたらのならいざ知らず、食わず嫌いのままで、得意分野だけに執心するのはよしたほうが。ご自身の可能性の芽を摘むのと同じです。
勿体ないなぁ、あの子がコツを掴んだら、もっとここで輝けるのになぁ。わたしの周りにもそういう若手のライターさんが結構います。

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