川瀬巴水
川瀬巴水さんの作品が好きです。
川瀬巴水(かわせはすい)は、大正〜昭和にかけて活躍した版画作家。当時、衰退しかけていた浮世絵の復興を目指して、「新版画」という分野を確立させた芸術家の一人とされています。
どうなんでしょうね。その功績は、日本ではあまり語られることが少ないかもしれません。
でも、海外ではメチャメチャ評価が高いんですよ。わたしが巴水作品を知ったきっかけも海外の知人の紹介でしたから。
かのスティーブ・ジョブスも、川瀬巴水が描く新版画の虜になったようです。巴水の作品を自宅に飾っていたのだとか。どの作品かは存じあげませんが。
巴水の存在を知り、いくつかの作品を眺めていったうちに、グッと惹き込まれたのは滲むようにグラデートしてゆく青でした。
そして、ウチのご近所を舞台にした作品がいくつもあったのが、やたらと記憶に残った要因の一つですね。『馬込の月』『大森海岸』『洗足池』『池上本門寺』。あんまり書きすぎると我が家の所在がバレそうなのでやめときますが、たまにお参りに出かける「目黒不動」とか「増上寺」とか、馴染み深い場所が描かれていた点も、巴水さんに親しみを覚えたポイントです。
また、巴水は、わたしの故郷である東北地方の風景をたくさん描いています。東北以外にも「日光街道」、奈良の「春日大社」や「二月堂」、桜の時期の「西伊豆」などなど、ことごとく〝わたしが好きな場所〟を描いていらっしゃる。こういったことどもも、巴水に対する親近感に繋がっているような気がします。
なんというか、〝旅する版画家〟ともいわれる巴水さんの、旅先を選ぶセンスというんでしょうか。あっ、こんなとこにも行ってたんだ。ほほぉ、あの場所をこういう視点で切り取られるのか。そういう感じでいちいち驚かされ、そういう場所を対象にセレクトする巴水さんにシンパシーを感じるのです。
もちろん巴水作品に描かれているのは、氏が観た当時の景観であって、現代人のわたしにはもう観ることができないものがいくつもあります。
よくカミさんと一緒に散歩で出かける大森の海岸線だって、今はキレイな砂浜が広がる海浜公園として整備されていたりするんですが、巴水が描いたのは、のちに埋め立てられて公園になる前の、かつての風景。海苔を扱う漁村の息遣いはもはやありません。
でも、自分が住んでいる場所や、訪ったことがある場所が、生き生きと描かれているのを観るだけでもなんだか癒やされます。
そういえば、あん時こんなことがあったな。この場所へ行った帰り途、フラッと立ち寄った店で買ったお土産が今でもどっかに仕舞われているはず。さまざまな体験とその記憶がゆるりとたちのぼってきます。
〝旅する版画家〟っていう呼称が、また素敵でいいじゃないですか。
実際にそこへ赴き、感じたままを描く。
そういった創作スタイルになんとなくリスペクトの念を抱くのも、わたしが大切にしている実体験に基づいたモノづくりに通じているからだと思います。
【後日譚】
ちょうど本日、蒲田方面に行く用事があったので。『森ケ崎の夕陽』に描かれた風景を見に出かけてきました。
正確な場所も、時間帯もよくわかっていませんでしたが、住所的には大森南や大森東と呼ばれている辺りになるんでしょうか。
蒼い空に滲むようなピンクが映えて、陽の回り具合が似ていますでしょ。
昔は護岸工事などされておらず、運河のそばにそのまま家屋が立っていたのでしょう。
また、そこから少し北(品川側)にのぼると見えてきたのが大森ふるさと海岸。
この風景のはるか向こう。平和島公園に至る手前に大森海苔のふるさと館がありまして。その界隈の緑地(都堀公園)がこの稿のトップ画像に使った『大森海岸』の舞台なのだそうです。
なお、夕陽が沈む方角は、ここから西にある蒲田のほう。その先に池上本門寺があり、やや北へ向かうと巴水が住んでいた馬込があります。
南馬込には大田区郷土博物館という施設があって、そこにも巴水の作品が展示されています。