見出し画像

ムーミン谷からやってきた友人

友情にしても恋愛にしても、少しずつ相手を知って、だんだん好きになっていく、というのが一般的な過程だと思う。だが私には、ある一言を聞いた時、その人が大好きになってしまった、という経験がある。

今でも昨日のことのように覚えている。

フィンランド人のJ

イギリスに留学していた時のこと、ある日語学学校に毛色の違う新しい生徒がやってきた。なぜ違っていたかというと、リーズナブルな語学学校ゆえにラテン系の生徒がとても多い中、彼女はフィンランド人だったからだ。北欧の生徒は珍しかった。

長身で真っ白な肌、赤髪のショートカットに黒縁メガネ。イタリア人やスペイン人の集団から少し離れたところに、ポツンといるのを見かけた。私たちは話をするようになり、クラスは違うにもかかわらず、すぐに打ち解けることができた。(彼女の英語のレベルは私のよりかなり上だった)


ある雨の日のこと、みんな濡れながら学校に到着し、「やれやれ」という感じでラウンジ(ちょっとした部屋にコーヒーマシンがあるみんなの憩いの場)でコーヒーを注いでいた。

そこにJが、白いレインコート姿で現れた。体をすっぽりと覆う白いレインコートに、かわいい小さな花柄がついていた。

「そのレインコートかわいいね。よく似合ってる」
私はすかさずJに声をかけた。

「ありがとう。でも私は好きじゃないの。雨がたくさん降ってるから仕方なく着てきただけで」

「どうして?」

「だってこれを着たら、私おっきなムーミンみたいに見えるでしょ?」

Jがそう言うやいなや、今まではかわいいレインコート姿だと思っていたのに、その姿はムーミンにしか見えなくなった。彼女はトーベヤンソンと同じくフィンランド人で、その言い分にはかなり説得力があった。


「もしかしてムーミン谷から来たの?」

私が聞くとJは、

「そうなの実は」

頷いて小さくため息をつき、そう言った。

“だってこれを着たら、私おっきなムーミンみたいに見えるでしょ?” ??

こんなにも一言で心を掴まれたことが今までにあっただろうか!私は心底感動していた。

ムーミンは妖精

私は小さい頃からムーミンの話が大好きで、本も読んだ。アニメでは実際のボタンや毛糸で絵が作られていて、とても興味深く観ていたことも覚えている。

その世界観、ムーミン谷のキャラクター、何よりムーミンたちの生態が面白くて、夢中になった。(例えばムーミンは冬眠中に間違って起きてしまうと地下室でジャムを食べていた)

イギリス人の夫は、同じヨーロッパ人なのに名作ムーミンのことに詳しくなく、
「あれはカバでしょ?」
なんて言っていた。

ムーミンは妖精なのだと言うと、そんなわけない、と言われる。

実は夫だけではなく、今まで「ムーミンって可愛いよね」という話になると、私が「妖精だ」と訴えても、賛同してくれた人はほとんどいなかった。

それだけムーミンというキャラクターが人気なのに対して、原作のムーミンを読んでいない人が多いということだろう、と思っていた。

Jにそのことを確かめずにはいられなかった。

「J、ムーミンって妖精だよね?」

「そうだよ。ムーミンは妖精。」

ああ、やっぱりそうだったのだ、と私は安心した。

Jはムーミンだけでなく、フィンランドでは森の中の精霊や妖精たちをみんなが信じていて、その声に耳を澄ませるため、静けさも大切にしているのだ、と教えてくれた。

ムーミンの話が作られた背景を感じられたような気がして、私はとても嬉しかった。

それ以来Jとはいろいろな場所へ一緒に出かけた。とても思慮深く、物事を深く考え、それでいてJはとてもよくしゃべった。

グルテンフリーの食べ物しか食べないのに、私は知らずにお好み焼きを作ってあげてしまったこともあった。

「少しなら問題ないの」
と言って食べていたけど、あれは申し訳なかった。


Jとはインスタグラムで繋がっていて、お互いに近況を知ることができる。当時からたくさん勉強していたが、今もたくさん勉強して、彼女のステップを順調に踏んでいる様子だ。


もちろん私は、ムーミンを見るたびにJを思い出し、時々彼女が言ったあの一言を思い出しては、ひとりでニヤニヤしてしまうのだった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?