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イギリスで友人が作ってくれたチキンスープ

人に作ってもらったものって、なんであんなに美味しいんだろう。

私はイギリスで作ってもらったチキンスープが今も忘れられず、日本に帰ってからも時々自分なりに作っている。

寒い季節は私たち日本人も、鍋や豚汁、シチューとかが食べたくなるが、イギリス人も同じで、チキンスープは定番の家庭料理という感じだ。

ベルギー人の友人C

イギリスに留学したのは2013年の秋。その年はただ学校や街に慣れるのが精一杯だった。年が明けてしばらくして、私がイギリス自体に慣れてきた頃、Cに出会った。

私が住んでいたフラット(イギリスでいうところのアパート)の近くに、皮グッズ専門店があった。前にバイクが停めてあって、中にはちょっといかついイケオジみたいな人がいたので、入ろうか躊躇していたのだが、リーズナブルに皮に文字を入れてもらえると書いてあり、何度か前を通り過ぎて、何度目かでついに入店した。

そこのオーナーのおじさんは思ったほど怖くもなく、とてもフレンドリーで、イギリスに住んでは長いけどブラジル人で、話もしやすかった。

私が日本人だと知ると、「僕の彼女は日本が大好きなんだ。日本に住んでたこともあるし、日本語も少ししゃべれるんだよ。」と言って、のちにCを紹介してくれた。

Cはベルギー人。長身で美人、ロングヘアーはカールしていて、彼と同じように革ジャンを上品に着こなしていた。話してみると気さくで優しく、確かに日本が大好きだった!

私たちは住んでいるところも近かったから、時々お茶するようになった。


ホーブという街

イギリスの南、サセックス州のブライトンは、まるで日本の湘南のようにビーチが有名な街だ。ロンドンまでも電車で1時間弱。

Cの彼はサーフィンをするためにブライトンという街を選んだようだが、そんな人もたくさんいた。

ブライトンは比較的大きな街で、毎年とくに夏にはたくさんの観光客が訪れる。大きなショッピングモールもあった。

けれどそこからもう少し海に沿って西へ移動すると(徒歩だとブライトン中心から30分くらい)、こじんまりとしたホーブHoveという街があった。

ホーブには小さな専門店や、住宅街にひっそりと存在するパブ、雑貨屋さん、おしゃれなカフェがあった。

ブライトンの賑やかさはないが、おしゃれなイギリスの小さな街、という感じで実は人気のエリアだった。「Hove, actually」(実は、ホーブなんだ)というポスターもホーブではあちこちで見かけた。

実は(ブライトンじゃなくて)Hoveなんだ

Cは私より10歳くらい年上だったし、賑やかなブライトンより、落ち着いたホーブの方がまさに似合う、静かなタイプだった。

Cの方が街をよく知っていたから、私はCが決めたカフェに、Googleマップを使って訪れていた。だいたいCが選ぶ店は「こんなところにカフェがあったんだ」と思うような、メインストリートから外れた、ひっそりした住宅街なんかにあった。


Cの家で食べたチキンスープ


Cの家はもちろんホーブにあった。石畳の歩道に大きな枯葉が落ちていて、素敵なエリアにあるフラットだった。Cはワンルームロフト付きの部屋に住んでいて、窓の外には小さな庭もあった。

「ここで食べよう。テーブルがちょっと小さくて狭いけどいい?」
Cは大きなプレートにチキンスープが入ったボウルをのせて、横にちょっとしたサラダとバゲットを切ったものを添えてくれていた。

色々とティーバッグを持ってきてくれて選ばせてくれたので、私はハイビスカスティーにした。

「このチキンスープすごく美味しい!」

本当に美味しかったのでレシピを聞いてみた。

「え?本当に普通だよ。朝簡単に作っておいたの。チキンをまず洗って...そういえば彼がチキンを洗うのはおかしいって言うんだけど、おかしくないよね?」

私もチキンは洗わないけど、洗っていいよね、うん、その方がいいかも、と答えた。

「チキンを切って水に入れて、玉ねぎとか野菜と一緒に煮るんだよ。チキンスープストックを入れてね。ライスも入れたよ。」

「ライスって生米?」

「そうだよ。スプーンに一杯くらい。」

それが美味しいとろみになっているんだ。

「あと、バターを入れるよね。塩胡椒。それだけだよ。」

信じられない、そんなシンプルな作り方でこんなに美味しくなるなんて。
けれどCのことだから、オーガニックの良いチキンや野菜に、ちょっと高い塩やバターを使っているのかも。素材が美味しいっていう感じがする。


私たちは村上春樹の本の話をした。

「Kanaはムラカミの中でどの本が一番好き?」

「一番?難しいなあ。海辺のカフカかな。Cは?」

「迷うよね〜。ダンス・ダンス・ダンスが好きだな。あとこの前スプートニクの恋人をもう一度読んだんだけど、やっぱり面白いよね」


「1Q84も好きだよ。ミステリー小説ぽくて」

「うーん、あれは私の好きなタイプではないかも」

「確かにCの好みではないかも」

ムラカミの話でしばらく盛り上がっていた。
Cは食後にベルギーの板チョコレートをくれた。しょうが味で珍しかったけど、これも美味しかった。

「ベルギーのチョコに比べたら、イギリスのは甘過ぎてあまり食べれないんだ。しょうがのチョコだから、体があったまる気がしない?」

チョコレートで体を温めようという発想が全くなかった。

Cとは今でも、ムラカミの感想をメッセージで送り合う。

そして日本でこのチキンスープを作る時、Cとホーブの街のことを、よく思い出している。



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