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トロッコは惑わず

 俺の勤務中にクソ店長を撃ち殺した客は、妙に落ち着いた口振りで俺を呼んだ。ハイエースの運転席の窓から銃口と覆面に覆われた顔を出し、まるで事故にでも巻き込まれたかのように肩を竦めている。

「手伝ってくれないか? こいつを棄てるのに人手が必要なんだ」

 深夜のガソリンスタンド。夜勤をしていたのは俺と店長の二人で、俺は警察を呼ぶのを躊躇した。ただの肉塊になったこの男は、さっきまで俺のことを奴隷みたいに扱っていたじゃないか。高音で詰るような声はもう聞こえず、肩の荷が降りたような気さえする。
 俺は全てがどうでも良くなり、覆面男の言うことに従った。車から降りないということは強盗ではないのだろう。イカれた殺人鬼だったとしても、あいつを殺してくれたことに感謝しないと。

「……これでいいですか?」
「助手席に乗ってくれ。明け方までに海に行くんだ」

 後部座席に死体を寝かせ、男は満タンに入れたガソリンを早速使うつもりらしい。焦ることなく、無感情でエンジンに火を入れた。

「ずいぶん慣れてるんですね。誰かに頼まれたんですか?」

 あんな奴だ、かなり恨まれていても不思議じゃない。もし彼が殺し屋なら、誰かに雇われたのだろうか?

「君のためだよ。延いては、今こうしている俺のためだ」

 俺の内心を読むかのように、男は溜め息を吐きながら答える。俺が唖然としていると、男は覆面を脱いで素顔を露わにした。

「20年前の今日、20歳の俺はクソ上司が死ぬところを見た。知らない男がそいつを撃ち殺したおかげで、俺はガソスタのバイトから殺し屋になったんだ」

 覆面の奥の顔に見覚えがあった。白髪に蓄えた髭を除けば、俺と瓜二つだ。

「時間遡行が実用化されても、運命ってのは変えられないんだな。あの日頼まれたことを昔の俺に頼むことになるとは!」

 未来の俺は持っていた銃を俺に投げ渡した。素人が持つには重く、まだ熱がある。

「それで殺してくれ、俺を。パラドックスが起きる前に!」


【続く】

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