「雑誌」から「個人」の時代へ ー 90年以降の写真とファッションの区切りを迎えて - 展覧会「写真とファッション 90年代以降の関係性を探る」より- 文:細川俊太郎(bird and insect ltd.)

 本展覧会のタイトルを最初に見た時、なぜ「90年代以降の関係性を探る」展示を今行う必要があるのか、という疑問を持った。1985年生まれの自分にとって、1990年代という時代は遠い時代ではなく、もっと以前、例えば70年代以降などの区切りで考えた方が適切ではないかと咄嗟に思ったからだ。それをきっかけに、90年代以降において、何が写真とファッションの関係性において変わったのかを改めて考えた。その結果生まれたのが、ファッションと写真の関係に、ある種の権威として君臨し続けていた「雑誌」という媒体が、最後の輝きを見せた時代、それが1990-2000年代だったのではないか、そんな仮説であった。
 しかし、本展がその最後の輝きをどのように纏めていくのかを楽しみにする中、新型コロナウィルスによる一連の出来事が起こり、写真展も開催中止・延期となってしまう。その後、6月の再開を待って本展を訪れた際には、その間の日々が展覧会の意味を更にアップデートしたことを強く感じていた。それは、本展が90年代以降の写真とファッションの関係性を探る以上に、1990年から2020年までの30年間の『「雑誌」から「個人」への時代の移り変わり』の完結を告げることになってしまったからだ。こうしたタイミングで行われた本展は、今後のファッション写真の歴史において、1977年にジョージ・イーストマンハウスでナンシー・ホール・ダンカン(Hall-Duncan, Nancy)が行ったファッション写真の歴史を振り返る最初の回顧展「The history of fashion photography」展のような「区切り」の展覧会であったと認識されていくことになるのではないだろうか。

写真とファッション01

 ファッション写真の歴史は、間違いなくファッション雑誌の歴史である。20世紀初頭から一貫して、『VOGUE』と『Harper’s BAZAAR』の二誌を中心に雑誌媒体を基軸としてファッション写真は発展を遂げてきた。評論家の多木浩二は『ある種の神話的メッセージであり、そのなかである人びとが生きる「意味」あるいは「価値」をつくりだしている』 (*1) とファッション写真を評したが、写真と雑誌は『身体の表面で起こる、自己幻想と「社会」との最初の出会い』 (*2) を神話へと昇華し、共同幻想としてのファッションの在り方をグラフィックとして具現化し大衆に広く届けるメソッドとして、ファッションの流行を作り続けてきた。その流れの一つの到達点は、1990年にピーター・リンドバーグ(Lindbergh, Peter)の撮影した『British VOGUE』のカバーストーリーだろう。(写真 1)ナオミ・キャンベル(Campbell, Naomi Elaine)、シンディ・クロフォード(Crawford, Cindy)、クリスティー・ターリントン(Turlington, Christy)、リンダ・エヴァンジェリスタ(Evangelista, Linda)、タチアナ・パティッツ(Patitz, Tatjana)という5人のスーパーモデルを写しているこの写真は、「わたしたちの存在そのものが流行なのよ」(*3) と述べたエヴァンジェリスタの言葉通り、ファッション雑誌が生み出したスーパーモデルとそれを写すファッションフォトグラファーが世の中の流行をコントロールし、ファッションそのものを「喰って」しまっていた時代を象徴するものだった。一方、その裏では肥大化してきたファッションにおける「権威」としての雑誌の在り方に反発し、ストリートのカルチャーをファッションに持ち込む雑誌が次々と創刊していた。そして、それらの中でも大手出版社などを基盤に持たないインディペンデントな雑誌である『The Face』や『i-D』などが、パンクカルチャーやユースカルチャーを背景に90年代に台頭してくる。ウォルフガング・ティルマンス(Tillmans, Wolfgang)の「アンチ・ファッションのファッション誌」 (*4) という言葉の通り、それまでのファッション誌の常識を壊していくようなこれらの雑誌から、1990-2000年代の新たなファッション写真の流れが生まれたと言えるだろう。その一つの象徴が前述の『British VOGUE』と同じ1990年にコリーヌ・デイ(Day, Corinne)によって撮影された『The Face』のカバーストーリーである。(写真 2)このストーリーでは、典型的な美人の象徴であるスーパーモデルとは対照的なルックスのケイト・モス(Moss, Kate)がモデルとして起用され、新しい時代の象徴となった。

写真とファッション02

 本展では象徴的な雑誌がいくつか取り上げられているが、中心はやはりエレン・フライス(Fleiss, Elein)とオリビエ・ザーム(Zahm, Olivier)が1992年に創刊した『Purple』だろう。

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