きょうのイメージ文化論 vol.3 写真の空虚さで笑う 文:村上由鶴

 お笑い芸人、麒麟の川島明さんのインスタグラムを見たことがあるひとはいるでしょうか。もし、まだの人がいれば、いますぐ、(@kirinkawashima0203)にアクセスしてみてください。

 フィードには見知った顔のお笑い芸人のみなさんの写真が並びますが、ひとつひとつの投稿をみていくと、やや長めのハッシュタグの乱れ打ちが目に飛び込んできます。たとえば、南海キャンディーズのしずちゃんの写真(2019年12月2日投稿)に対して、「#あなたもボールペン字講座はじめませんかのチラシ」「#テレビの企画で女性らしくオシャレに変身させてもらったなでしこジャパンの左サイドバック」などといったハッシュタグがつけられています。どれも全く異なる人物や状況を指し示すものでありながら、「まさに」と思わされてしまいますよね。思わずクスリとしてしまうような温かい笑いを提供してくれるネタです。

 さて、ハッシュタグとは、そもそも、撮影地や被写体の名称などを写真に付すことで、インスタグラム内の検索で、他のユーザーの目につきやすくするために用いられます (*1) 。例えば、新宿で食べたおいしいハンバーグの写真に「#新宿」「#新宿グルメ」「#(店の名前)」「#ハンバーグ」などと付けると、新宿でレストランを探しているグルメ好きの人がその写真を見て、店の名前のハッシュタグ(あるいは場所のタグ)へアクセスし、他のユーザーがアップしているその店の他の料理を見て、今日のディナーを決める、というわけです。こうした実用的なハッシュタグの使い方によって、インスタグラムはいまや口コミ投稿サイトのようにも利用されています。つまり、ハッシュタグは被写体の属性を示すラベルでありインデックスです。

 では、川島さんの投稿におけるハッシュタグはどうでしょうか。上述のハンバーグの例で言えば、しずちゃんの投稿には、「#お笑い芸人」や、「#南海キャンディーズ」、「#吉本興業」あるいは撮影者のタグをつけて「#麒麟川島」などとつけ、被写体や写真に関する属性を示すのが一般的です。しかしながら、川島さんが付けるハッシュタグは、被写体の実態を示すものではありません。わたしたちが知っているように、しずちゃんは「手芸部の顧問」ではないはずです。しかし、わたしたちがしずちゃんだと思っているこの被写体の人物がしずちゃんでなかったとしたらどうでしょうか。この人物=しずちゃんというわたしたちの頭の中にできているルールを撤回すれば、たちまち、彼女は「いいオーラお持ちですねとスタバで話しかけてきた厄介そうな人」に見えてきてしまいます。

 ここで気がつくことは、ポートレート写真が示すことのほとんどが、固定的な意味を成していないということです。もちろん、おそらく女性であり、髪が黒く、アジア人である、笑顔である、などという程度のことであれば読み取ることはできますが、この人が誰でどのような人物なのか、どのような状況なのか、などということを表現するには至っていません。例えば、先に例としてあげたハンバーグの写真についても同様のことが言え、「#食品サンプル」とか、「#ダンボールアート」というハッシュタグをつければ(ちょっと無理はありますが)、その写真の意味は大きく変わります。つまり写真は、単なる「そとづら」であり、内容を持たない空虚な器のようなものなのです。

ここから先は

2,312字
この記事のみ ¥ 500

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?