連載:「写真±(プラスマイナス)」(倉石信乃×清水穣)第3回 アーカイヴ / もうひとつのモニュメントへ 文:倉石信乃

「写真±(プラスマイナス)」概要/目次

第3回 アーカイブ
もうひとつのモニュメントへ 文:倉石信乃
腐れ縁 ― 写真とアーカイヴ 文:清水穣

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 30年も昔、美術館に勤め始めて間もない頃に、「北海道写真」「北海道開拓写真」という、必ずしも適切とは言い難い呼称で示されてきた、明治初年に始まる写真群を調べるため現地に出かけたことがあった。展覧会のような差し迫った成果につなげる用のない、珍しい機会だった。目当ては、函館市立図書館と北海道大学附属図書館北方資料室の写真コレクションで、前者のうち著名な「カラフトのネコ」を含む樺太関連のアルバムや、後者では田本研造の写真によって構成される「札幌本道開削写真帖」などに強い印象を持った。数年前に再訪して同じアルバムを実見した際に、当時の私は「アーカイヴ」なるものと出会っていたという感慨を遡行的に覚えた。
 ここでいうアーカイヴとは、アートとその近傍に措定される写真の分野においてのみ、仮設的な妥当性を備えた用語と言うべきだろう。通例のそれは言うまでもなく複数形で綴られるarchivesの謂い、つまり博物館学で定義される場合には、公文書やそれに類する資料を保管する施設を指し、美術館学でも作家・作品に係わる二次的資料の置かれる場所を指すのが一般的であろう。しかしエスノグラフィックな資料が作品の素材へ備給される慣習が定着すると、ただちに作品と資料との境界が曖昧になる (*1) 。こうして「ポスト近代」における美術の有力な動向において、広義の「アーカイヴという閾」が領域化すると、写真は当該領域を構成する素材であり媒材であるだけでなく、資料体でありながら同時に定義の更新された「作品」として、領域内に居を定めた存在だと自然に遇されるようにもなる。
 省みればかつて美術館学芸員であった私が、図書館に史料として所蔵された古写真を好んで熟覧した傾きには、どこまでもarchiveとlibraryとmuseumの境界を曖昧化しようと企図する「写真的無意識」が、すでに胚胎していたのかもしれなかった。はるかに先んじて、「北海道写真」に歴史資料以上の何物かを見ようとしたのは、1968年日本写真家協会が企画し西武百貨店で開催された「写真100年 日本人による写真表現の歴史展」の編纂委員だった内藤正敏たちであった。「表現の歴史」を描出するため記録と芸術だけでなく、記録の内実をもさらに腑分けして、新たな写真の範型を見出そうとする彼らの目論見の中で、「北海道写真」や原爆災害を記録した山端庸介の写真などが価値付けられたのは周知のごとくである (*2) 。現時点から遠望すれば、そこにはアーカイヴへの軽視があった。
 その一例にサイズの問題がある。「写真100年展」には、江崎礼二による赤ん坊のコラージュを表紙にしたものと、幕末に撮影された「武士と従者」を表紙にした改訂版という、判型も資質も異にする二種類の図録がある。この二つと、1971年本展を元に編集・刊行された『日本写真史1840-1945』(平凡社)にあってはみな、収録された個々の写真にサイズの記載が欠けており、また所蔵先も記載は別掲されるだけで、個別の資料/作品には紐付けされていない。時代の制約に帰せられもする仕儀だが、この展覧会で、実物と複写パネルの間で著しいサイズの改変が行われたことは注目されてよい。1640点に及ぶ「写真100年」展の全点数のうち、「現物出品」は784点とされるから、半数以上が複写であった。2013年、東京都写真美術館で開催された「日本写真の1968」展で、日本大学芸術学部に所蔵されている「写真100年展」に実際に出品された当時の複写パネルが展示された。小ぶりな写真アルバムに入っているキャビネ大の「カラフトのネコ」の写真は90×120cmに拡大されており、この写真の傍らには、アイヌの男性がいぎたなく地面に横たわる1968年の同展の中でも著名なイメージが—今日の眼から見れば救いがたく差別的な扱いの展示だ—、ネコの写真と同寸で拡大されたことを遅ればせながら知った次第である。1968年の企画者=編纂委員は、3年に及ぶ全国の所蔵先や印刷物の調査を経た上で、当の出自と写真とを切断して写真の「記録という表現」の衝迫力をフレームアップして見せた。その抽象作用で零れ落ちたのは、土地の固有性を不可分に負うアーカイヴそのものへの思慮である。アイヌへの思慮も全く欠落していたのも道理であった。展覧会(展示場所)はアーカイヴ(保存場所)と機能的に対立するが、再アーカイヴ化の起点にもなる。彼らは「もうひとつのアーカイヴ」を立ち上げたのである。

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