電池って何だか知ってますか? |首都大学東京教授 金村聖志 前編
私たちにとって電池は身近な存在です。
小型家電やスマートフォン、ノートパソコン、自動車まで、様々な製品に電池が組み込まれているからです。
しかし「全固体電池」となると、理解できる方はほとんどいないのではないでしょうか?
私たちの知っている電池とはどこがちがうのか?
それがなぜ今、注目されているのか?
長年、電池の研究に携わっていらっしゃる、金村聖志先生に話をお聞きしました。
金村聖志(かなむら・きよし)
首都大学東京大学院都市環境科学研究科 都市環境科学専攻 環境応用化学域教授。
1980年京都大学工学部工業化学科を卒業後、1987年京都大学工学博士を取得。1995年に京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻助教授に就任。2002年、東京都立大学大学院工学研究科応用化学専攻教授に就任、2010年に首都大学東京大学院都市環境科学研究科 都市環境科学環 分子応用化学域教授。
2018年より、首都大学東京大学院都市環境科学研究科 都市環境科学専攻 環境応用化学域 教授を務めている。専門分野は、セラミックス化学、電気化学、エネルギー化学。
固体を電解質に用いたのが固体電池
金村聖志氏(以下、金村):
「私の研究はもともと、自動車などで用いられる鉛蓄電池から始まりました。
その後、時計やおもちゃに使われるコイン電池の研究などを経て、現在、ほとんどのパソコンやスマートフォンに搭載されているリチウムイオン電池の研究。
そして現在は、全固体電池に携わっています。
私のように、電池そのものの研究をやり続けている研究者はそれほどいないはずです」
――従来、私たちがイメージする電池と「全固体電池」は何が異なるのでしょう?
金村:
「みなさんがよく知っているマンガン電池(いわゆる乾電池のこと)からひも解いていきましょう。
マンガン電池は、二酸化マンガンをプラス極、亜鉛金属をマイナス極に用いています。その間を電解質が満たしています。
マイナス極の亜鉛金属は電解質に触れると、電子を残して電解質に溶けます。
残された電子は導線を伝わってプラス極に流れます。水からH+イオンが引き抜かれ、二酸化マンガン内に入ります。
電子の−とH+が中和して二酸化マンガン内にHが生成します。MnOOHという物質が生成します。
このように電子が消費されると、また亜鉛金属が電解質に溶け、電子が生まれ、導線を流れていきます。
この流れが電気エネルギーとして電球を灯したり、おもちゃを動かしたりするのです」
――「電解質」とは何ですか?
金村:
「ある物質が水などに溶けると、イオン性物質の結合が解かれてイオンに分かれます。たとえば、塩(NaCl)のような物質を水に溶かすと、陽イオンのナトリウムと陰イオンの塩素に分かれます。この状態を電解質と言います。
このイオンが動くので、物質の中を電気が通るわけです。純粋な水はイオンがないので電気を通しませんが、電解質は電気を通します」
――中学か高校で習った記憶がかすかにあります。今まで、電池にはどんな電解質が使われていたのでしょうか?
金村:
「塩化亜鉛や塩化アンモニウム水溶液などです。つまり、『水』(水溶液)が使われていたのです。液体なので『電解液』と言います」
――昔の電池は長い間、放っておくと液漏れを起こしました。あれは電解液が漏れ出していたんですね。
金村:
「そうです。そして。この電解質に固体を用いたのが『固体電池』です。固体になると液漏れは起こりえません」
――液漏れがなくなる点が固体電池のメリットなのですか?
金村:
「いえ。電池の液漏れ自体は、技術の発達で最近はほとんど起こらなくなっています。固体電池のメリットは他にあります」
電池の歴史を一変させたリチウムイオン電池
――どのような点でしょう?
金村:
「その前に電池の歴史を簡単に紹介しましょう。電池には2つの種類があります。1次電池と2次電池です。
1次電池は乾電池などのことです。1度しか使えません。2次電池は充電のできる電池です。昔は自動車のバッテリーや小型家電に使われていたニッカド電池(ニッケル水素電池も2次電池)がありました」
――昔のおもちゃはたいてい1次電池を使っていました。
金村:
「さて、以前は1次電池も2次電池も、先ほど述べたように、『水溶液』を電解質として用いていました。
しかし1990年頃に大きな変革がやってきます。リチウムイオン電池が誕生し、電解質に水ではなく有機物を用いたのです」
――スマートフォンなどはみんなリチウムイオン電池です。
金村:
「まず、なぜ、リチウムイオン電池が、電解質に、水でなく有機物を使うようになったのかをご説明しましょう。
みなさんも中学の理科の実験で『水の電気分解』をやった経験があると思います。水が電気で分解されて、水素と酸素に分かれましたという内容だったはずです。
この電気分解は、正確には1.23ボルトで起こります。しかし材料等を工夫すれば2ボルトで起こります。実は鉛蓄電池の電圧が2ボルトなのは、これが理由なのです。
しかし、電解質に水溶液を使っているかぎり、これ以上の電圧にはできません。
なぜなら、それ以上の電圧をかけると、水溶液中の水(H₂O)が水素と酸素に分解されてしまうからです。だから、有機物を使う研究が始まりました」
――ということは、リチウムイオン電池の登場で、電池は従来より高い電圧を得られるようになったというわけですね?
金村:
「そうです。たとえば、スマートフォンはさまざまなアプリが同時に動いています。
そのエネルギーを電池でまかなうには、小さな体に大きなエネルギーを貯めなければいけません。
エネルギー量は『電圧×電流』で決まります。だから、電圧が高いほど有利になるというわけです。
たとえば、電圧が2倍になれば、電池は2倍長持ちすることになります。リチウムイオン電池は、電池の可能性を広げた革新的な製品だったのです。
ちなみに、このリチウムイオン電池を開発したのは、日本のソニーです。その後も技術開発が行われ、現在では、当時の3倍のエネルギーを貯めることができるようになりました」
――初めて知ることばかりです。
スマートフォンの登場によって私たちの生活は驚くほど変わりましたが、その実現を陰で支えていたのは、電池だったわけですね。
とすると、今後も研究の方向性としては、電池をより軽く、より小さく、よりパワフルにするということですか?
金村:
「その通りです。まず押さえなければいけないのは、エネルギー密度(単位体積あたりのエネルギー量)をどう向上させるかです。
現在、私たちが研究する全固体電池では、リチウムイオン電池の2~3倍のエネルギー密度を得ることを目標に定めています。
もちろん、電池は製品なので、安全性や寿命などさまざまなファクターを満たさなければなりません。それも含めた商品化まで、だいぶ近いところまでこぎつけています。現段階(2019年5月)では5年後の実用化を目指しています」
――引き合いが殺到しているのでは?
金村:
「先日、自動車配車アプリのUberさんから連絡が来ました。開発を急いでくださいと言うのです。
理由を尋ねると、『空飛ぶ自動車に使うからだ』と。自動車を空に飛ばすには、現在のリチウムイオン電池ではむずかしいからです。
このお話は冗談半分ですが、私たちはたずさわっているのは、そうした未来の技術を視野に入れた基礎研究なのです」
――空飛ぶ自動車なんて、ほとんどSF(サイエンス・フィクション)の世界です。それも電池が支えているんですね。
金村:
「現実的な話もしておきましょう。
たとえばドローンなどは、電池のエネルギー密度が3倍になれば、飛行距離を3倍にできます。
今は15分くらいしか飛べませんが、これが45分、場合によっては1時間も飛ばすことができる。
すると、それにともなって、使用用途は格段に広がるはずです。このように、電池のエネルギー密度の問題は、さまざまなアプリの開発や利用方法に大きく影響するんです」
みなさんおなじみの、使い捨ての1次電池から、充電ができる2次電池、そして現代社会には欠かせないスマホの動力となっているリチウムイオン電池と、エネルギーの源である「電池」は大きく進化しています。
次回はいよいよ、「固体電池」の本質に迫っていきたいと思います。
(つづく)
・電池って何だか知ってますか? |首都大学東京教授 金村聖志 前編
・全固体電池とは何か? |首都大学東京教授 金村聖志 中編
・電池の未来について話しましょう |首都大学東京教授 金村聖志 後編
取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)
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