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800円のコーヒーでファッションし、1200円のランチでファッションしている。そりゃ高い服なんかいらないね。

「ファッション」という言葉が「服」を指さなくなったというのは何度も話しているけれども。
「ファッション」って、つまり「私はこういう人間だ!」という表明なんだけど、今ではSNSでそれができてしまうから誰かにとってはお洒落なカフェに行くことがファッションだし、部屋を自分の好みのテイストでまとめることがファッション。「私はこういう人間だ!」という表現は全てファッションに分類できちゃう。

だから車や服や時計だけではなく、旅行やフェスやちょっと贅沢なディナーもステータス。そりゃ服なんていらないよなぁと思っていて、そこから出発しないと服はどこにも勝てないわけです。

そんな時に、勝手に大尊敬しているクラシコムの青木さんが「今の時代はみんな瞬間的な豊かさを求めている」というようなことを仰っていた。つまり、毎日「ちょっと贅沢」している。
ドトール行けば300円でコーヒー飲めるし、もっと言えばコンビニなら100円なんだけど800円で美味しいコーヒーといい空間にいたい。600円ですむランチも1200円出して少しお洒落に楽しみたい。
生活に余裕はないくせにそういうことにはお金を出しちゃうから不思議だ。
そりゃいい服なんか買わない。理由もないし。

それってすごく刹那だと思う。今の自分が気持ちよくなることにちょっと投資する。僕らの世代は生まれてからずっと不況だったし、親世代も「日本は変わってしまった」と僕らが小さい頃から言ってたからそういうもんだと諦めてしまってる人が多い気がする。
未来に希望を持っていないのか現実を見ていたくないのか。

SNSの虚構と可能性について、少しずつ考えて行きたいと思う。


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