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出会い(GiNGA #21 佐藤 駿斗)

進学・就職を目前に最後の最後まで活動を続けた、今年の卒業生6人。
逆境を乗り越え、チームの軸としてFORZAを支え、卒業前最後の大会では、創部初となる大学日本一の達成に導く活躍を見せてくれました。
そんな彼らが、4年間の経験や思いについて綴りました。ぜひお読みください。
今回は番外編、ジンガフットサルクラブ #21 佐藤 駿斗(さとう はやと) です。

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はじめまして、こんにちは、こんばんは、ジンガフットサルクラブの21番、佐藤 駿斗です。
今回、大学卒業ということでフォルツァの4年生と一緒に、自分も卒業ノートを書くことになりました。
主に、ジンガでお世話になった方々に少しでも、日頃の感謝を伝えられたらいいなと思います。

ジンガでゴールを決めることが少なく、結果報告の投稿になかなか名前が上がらないので知らない人も多いと思いますが、ジンガには2年間所属しました。

ちょっとだけ、フットサルを始める前の話を。

兄の影響で、小学生からサッカーを始めました。小学5年生のとき、一つ上の世代が化け物級の選手の集まりで、長崎県内のほぼ全ての大会で優勝しました。自分たちの代では優勝旗を返すだけで、もらったことはありませんでした。

中学受験をし、合格したのでクラブチームではなく県内の少し強いサッカー部に入部します。
入学当初、身長が148センチと低いうえに体も細く、よく当たり負けをしていました。同級生はフィールド10人キーパー2人と交代枠がなく、1年生の試合では嫌でも試合出れるという状況で、チームに迷惑ばかりかけていました。
当時そのチームには一風変わったルールがあり、試合開始10分間はドリブルとヒールパスだけしかすることが出来ませんでした。今になってみると、わけのわからないルールです。
しかしこのルールのおかげでどんな相手にも仕掛けていき、次第にビビらなくなり、何度も何度もドリブルすることで体をぶつけられずに相手を抜くことや、間合い、タイミングなどを考えてプレーすることで上手くいくことが増え、ドリブルに自信がつきました。
昼ごはんがお弁当だったため、親がタッパーにご飯を詰めて持たせてくれたおかげで身長も20cm伸び、自分たちの代では出場時間も増え、楽しくサッカーをしました。

高校では試合にコンスタントに出場してチームを勝たせる選手、チームの代表的な選手、ではなく、なんならメンバーにも入らない選手でした。
2年生に上がったタイミングで新1年生にポジションを取られ、そのまま毎日毎日頑張ることもせず、なんで練習してるのかも分からないまま、「練習早く終わらないかなぁ」と思いながらサッカーをしていました。

それもあって、3年の高校総体で引退しようと決めていました。総体で負けた時には涙が出ることもなく、一緒に高総体で引退する友達と顔を合わせ、ニヤニヤすることを必死に隠すことで精一杯でした。
しかし監督に辞めるということを言えず、いわば監督の圧に負け、恥ずかしながら選手権まで続けることになりました。
ただそこからも何も変わらず、こなすだけの練習をして夏休みには遠征にも行き、無駄な時間とお金を費やし選手権も負け、高校サッカーが終わりました。

特にやりたいことがなかったので、なんとなく大学に進学します。
大学1~2年と、なぜ大学に行っているのか、何を学んでいるのかも分からず、ただただ毎日バイトに行き、夜中に友達と遊ぶ生活を送っていました。

そんな、ちょうど3年生に上がるタイミングで、小学生の時のチームメイトのしょうた(入れ替わりでジンガを退団)から、ジンガというフットサルチームがあることを聞きました。
元々フットサルに興味があったので練習参加してみると、とういさんやしばけんさんのシュートが速すぎてビビり、そうたさんが言っているコーチングが呪文のようでさっぱり分からず、果たしてついていけるのかという不安で入団をめちゃくちゃ迷いました。
でも、その次にあったフォルツァとの練習試合にも参加させてもらい、たまたまゴールを決めた時に周りが自分よりも喜んでくれて気持ちよかったので、入団を決めました。

ジンガに入ってすぐに選抜大会に呼んでもらい、誰がジンガで誰がフォルツァなのかわからないまま出場し、試合中にはみんなから「それサッカー」と突っ込まれることが多々ありました。
決勝まで行けたのは、フォルツァのスーパーセットに入れさせてもらったおかげです。助けていただき、ありがとうございました。

フォルツァに混ざり、頂杯にも呼んでいただきました。全国の社会人フットサラーに衝撃を受け、それと同時に歳の近いフォルツァの選手が対等やそれ以上に戦っているのを見て自分もあんな風になりたいと思ったり、ポルセイド浜田(F2)の練習に参加させてもらったおかげで、どんどんフットサルにハマっていきました。
あっという間に1年が経ち、気づいたらバイトや学校よりもフットサル中心の生活になっていました。こんな生活を送るなんて、フットサルを始まる前では考えられない大学生活でした。
また、この2年間でもっともっと考えられない夢ができました。

先に、皆さんへメッセージを。

まず、4年生へ
どこの誰かわからない、急に現れた自分を暖かくLINEグループにまで招待してくれて、ありがとうございました。
みんなのフォルツァでの活躍が自分の刺激になり、負けられないなと思うことや、やっぱり同級生はいいなぁと思ったり。
外から見ていて、皆がフォルツァを引っ張っる姿はかっこよかったです。
ぜひ大阪まで、遊びに来てください。

フォルツァのみんなへ
日本一、おめでとう!!
同じ学校の同級生と、同じ目標に向かって取り組めること、熱い指導者・スタッフがいる環境で4年間フットサルができること。本当に羨ましいです。
自分からフォルツァに伝えたいことは、どんなことも楽しんでほしいということ。フォルツァはジンガと違い部員が多く、辛いことや苦しいことをたくさん経験すると思います。
ですが、皆と走ることも、筋トレすることも、練習することも、同じ目標に向かって競いながら頑張れる大学生活は、なかなか経験できません。
大学生で目標があること、めちゃくちゃかっこいいです。思う存分楽しんでください。

そうたさんへ
入団直後からたくさん試合に呼んでいただき、出場させていただきありがとうございました。そうたさんと出会ったことでフットサルが好きになり、やりたいことを見つけ、挑戦することができます。本当に指導、進路のサポートまでしてくださり、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。


ジンガの皆さん、ジンガを応援してくれた方々、本当にありがとうございました。皆さんのおかげで、楽しくフットサルをすることができました。
最後の全日本選手権、九州大会一回戦で負けた時はめちゃくちゃ悔しかったです。あの時は高校サッカーで味わうことのなかった、悔しいという気持ちを本気で感じました。
それくらいジンガで本気でフットサルしたし、ジンガの皆ともっともっと試合したかったし、ジンガの皆が大好きでした。
大学という人生の大きな分岐点で、入学当初何もやりたいことがなかった自分がジンガに出会えたことで自分のやりたいこと、夢を見つけることができました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
ジンガで大した結果も残してないので、今後は皆さんに結果で少しでも恩返しできるよう頑張ります。
これからはジンガの応援と、自分の応援もよろしくお願いします。


最後に、夢を言います。


自分は将来、F1で活躍する選手になります。

2年間、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。

最後になりますが、自分を応援してくれる方はInstagramのフォローをよろしくお願いします!!

GiNGA #21 佐藤駿斗
学校:長崎総合科学大学 総合情報学部
学年 : 4年
出身校 / 出身地 : 海星高校 / 長崎県

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