【読書感想文】『64』横山秀夫著
今回読んだのは、2015年に文芸春秋から発行された文春文庫『64』です。
著者は横山秀夫さんです。
警察小説、ミステリ、いずれのカテゴリでも、素晴らしい作品であることは間違いありません。
◎あらすじ
◎感想
冒頭から息が詰まるようなシーンでした。
死体の確認にくる夫婦。それは家出した娘かもしれないという恐怖。
娘の家出が主人公・三上の職場での立ち位置を複雑なものにしています。
刑事3年目に広報へ移動となり、失意の1年を過ごすものの、再び刑事部に戻された三上。
次の人事を恐れしゃにむに働き、次第に頭角を現していきますが、20年後、再び広報に移動させられてしまいます。
一旦広報に出た三上は、刑事課では何かあれば情報を漏らしたのではないかと疑われ避けられます。しかし広報では「ここで部下は作らない、2年で刑事部に戻る」と胸に秘めながらも、広報官としての任務を全うしようとします。
三上は刑事部にも広報部にも居場所がないように見えます。
家出した娘の捜索を人質に、三上を心理的に操ろうとする赤間警務部長。
そのことが、刑事であろうとする三上の心を苦しめており、職務上と個人的な感情との間で葛藤する様子が、読んでいる私まで苛立ちと怒りで動悸がするほどでした。
そして次から次へと起こる問題。
記者クラブでの記者との白熱するやり取りでは、怒号が聞こえてくるようです。慌ただしく動く人の姿や、焦る気持ちまでもが、まるで自分もその場にいる錯覚に陥るような臨場感。激しい感情の動きや、人の動きが、映像を見ているような滑らかさで伝わってくるのです。
記者たちとの亀裂の発端となる匿名問題。長官視察。次々と対処しなけれなならない問題が雪崩のように続きます。
要はロクヨン。昭和64年に起きた少女誘拐殺人事件の幸田メモ。
なぜ今、長官が遺族を訪れるのか。裏で動く警務課・二渡の不審な動き。そして幸田メモ。
いったいこの裏に何が隠されているのか、気になってページを捲る手が止まりません。
そして長官視察の前日に誘拐事件が起きます。
もしかしたら犯人はこの人なのでは? と思うところがあり、ますます犯人知りたさにもどかしさが募ります。
しかし、私ごときが推理できるような顛末のはずもなく……。
二重三重に張り巡らされた伏線が、最後にやっとつながるのですが、最後まで息つく暇もなく、読んでいる私まで気持ちが焦ってしまうような緻密な展開でした。
微に入り細を穿つ表現は、この作者は元警察関係なのだろうかと思うほどでした。新聞社の名前は現実にある有名な社名が並び、それがますます物語に現実味を与えています。
新聞社と広報のやりとりは、駆け引きもあり、私には絶対にどちらも務まらないだろうと思いました。
瞬時の判断力も問われる現場の厳しさが、びしびしと伝わってきて、本を読んでいるのに冷や汗は出るは、手に汗握るは、なんて本だ!と思いました。
かかってきた無言電話が、家出した娘からの電話だと思い、片時も電話のそばを離れない三上の妻・美那子の姿も切なく、生きていることを信じたい親心が伝わってきます。
「ほんとうに必要なのは、私達じゃない誰かかもしれない」
「そのままでいいよ、って黙って見守ってくれる人が。そこがあゆみの居場所なの」
そう思うことで、生きていることに希望をつないでいるように思いました。
しかし、この電話が事件に関係してくるなんて予想だにしていなかった!
◎まとめ
三上は一連の出来事を通して、次第に広報官としての存在意義を見出していきます。
喧々囂々とやりあった記者たちのことを、いつの間にか「うちの記者」と呼び、広報部で部下を持ったことを認識します。
一つの事件を通して、幾重にも重なった人の思惑や裏の顔、正義感と保身、様々な側面を見せてくれるこの物語は、ミステリというよりは人間ドラマともいえるでしょう。
そして警察内部の仲間意識や縄張り意識、出世やポストをめぐる思惑が蠢く警察ドラマでもあります。
普通の刑事ドラマとは異なる、広報官という視点から警察内部や事件の真相を語る点も、他にはない新鮮な印象を受けました。
読み始めたら一気に読み進めたくなる、小説の中に引きずり込まれる臨場感あふれる小説でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
横山秀夫さんの作品を読んだのは初めてですが、一気に読み終えるほど魅力的な作品でした。
主人公三上の気持ちが、直に伝わってくるような感覚を覚え、ハラハラドキドキというよりは、ここでどう動くべきなのか、相手の思惑は、などと考えると、きゅっと胃が締め付けられるような感覚を覚えるほどでした。
機会があれば、他の作品も読んでみたいと思います。
明日もよい日でありますように。
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