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4回転半にこだわる羽生結弦、プロ転向後も高みを目指す

羽生結弦が7月19日、アイスショーを中心とするプロ活動へ転向し、競技生活から退くことを表明した。北京五輪で成功しなかった4回転半ジャンプ(クワッドアクセル)への挑戦は今後も続けると明言し、「より一層取り組んで皆さんの前で成功させる」と強いこだわりを語った。

プロ転向と4回転半挑戦は両立しうるか?

前日に「羽生が『決意表明の記者会見』を開く」との報道を耳にしたとき、私は『競技での四回転半ジャンプ成功を目指し、2026年五輪へ挑戦する』という発表内容であってほしい、と思った。たとえそれが無理筋だとしても。

ロシアの皇帝、エフゲニー・プルシェンコがソチ五輪に出場したのが31歳のとき。羽生が次回五輪を迎えるときも同じく31歳になる。競技者として3年半後を目指すことも不可能ではないのでは、と思った。なにより、競技から退いた場合は4回転半ジャンプに挑む機会がなくなるのでは、ということが最大の懸念だった。

北京五輪フリープログラムでの4回転半ジャンプ

まったくの私見だが、競技としてのフィギュアスケートと、アイスショーとの違いは『ショーでは失敗ジャンプはできない』ことだと思っている。もちろん競技でも失敗は避けたいが、転倒しても点数が減るに過ぎない。一方、ショーでの転倒は観客の高揚感や陶酔感に水を差し、演出も狂いかねない。表現力や演技力なども競技とショーで異なる部分ではあるが、『転倒しないこと』が前提にあると私は捉えている。

(※もっとも、困難なジャンプに挑み、結果的に失敗する姿も喝采を浴びたりするので、一概に失敗が悪だと断言するものではない)

その『失敗できないアイスショー』と、『失敗覚悟での4回転半ジャンプ挑戦』が両立するかどうかが、最大の懸念だった。

「プロアスリート」として高みを目指す

羽生本人は記者会見やテレビ番組での質疑応答で「プロスケーターというよりは、『プロアスリート』になるのだと思っている。エンターテインメントの側面ではなく、プロのスポーツとしてのアイスショーを見てほしい」と語った。過去には『Continues ~with Wings~』などのアイスショーのプロデュースの経験もある。従来のアイスショーの枠を超えたイメージが彼の頭の中でおぼろげに浮かんでいるのかもしれない。

羽生はこれまでにも競技と並行して国内外のアイスショーへ出演し、ジャンプや表現力を磨いてきた。私も羽生が出演するアイスショーを鑑賞したことがあるが、自身の演目で4回転ジャンプをバシバシ跳び、プログラム終了後のカーテンコールでも4回転を跳んでファンサービスに努めるなど、ショーでも一切手を抜かなかった。むしろ、4回転ループのように、先にアイスショーやエキシビションで挑戦し、のちに競技のプログラムに取り入れたジャンプもある。

(※なお、Wikipediaでは『アイスショーや練習では、4T1Eu3F1Eu3S、2S1Eu4S、4T3A3T3Aなど試合では行わない奇抜で超人的な連続ジャンプも披露している』との記述もある)

その意味では、羽生の言う「他者との得点や順位で比べられ続ける競技者」よりも、プロの方が新しい技術に挑戦できるのかもしれない。

私は羽生の最大の功績は『ソチでの日本人男子初の金メダル』でも『平昌での66年ぶりの五輪連覇』でもなく、『北京での4回転半ジャンプの初認定』だと思っている。それ以前は生身の人間が4回転半を跳ぶとは想像すらできなかった。羽生は人類の限界を一歩押し進めたのだ。その挑戦が続くなら、心から応援したい。

北京五輪のエキシビションでの「春よ、来い」の演技

私は北京五輪でのエキシビションでの「春よ、来い」の演技が忘れられない。凛とした表情で滑る姿はスケート競技への愛と、五輪という舞台への惜別を告げているように感じられた。羽生は「プロ転向後は、もっと自分の内面を押し出すような演技をしたい」と語った。

4回転半に代表される超絶技巧の演技も、「春よ、来い」のような情感あふれる演技も。どちらか片方というのではなく、両方とも期待してよいというのなら、プロ転向後の羽生の活躍が本当に楽しみになった。


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