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【離婚後共同親権】憲法学者は、離婚後共同親権をどのように考えているのか? 木村草太「離婚後共同親権と憲法」(2020.8.9更新)

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上記記事では、民法学者が親権をどのように考えているのか、ということを、第一線の研究者の見解を中心にご紹介し、民法学の世界では、そもそも親権=親の権利とは理解されていない現状を明らかにしてきました。

もう一方、憲法学の見地からはどうでしょうか。
実は、憲法学者で離婚後共同親権の問題に言及している憲法学者は非常に少数であり(たぶん2名w)、体系的に検討した学者となると1人だけになります。
木村草太東京都立大学教授です。

木村教授は東京大学卒業、同助手を経て、現在は東京都立大学教授。専攻は憲法の平等原則。著作に「自衛隊と憲法」「憲法の急所」「憲法の創造力」など。時節に応じた発言の多い学者として知られています。

テレビのコメンテーターとしてもよくご出演されていますが、この問題についても、インターネットの討論番組にご出演されるなど、積極的に言及されています。
その体系的な考察をまとめたものが、以下の書籍に収録されている「離婚後共同親権と憲法」という論考です。

〔出典〕梶村太市・長谷川京子・吉田容子編「離婚後の共同親権とは何か」(日本評論社)

【留意事項】
以下、断りがない限り、次の論考を引用・抜粋・参照等を行っています。
木村草太「離婚後共同親権と憲法ー子どもの権利の観点から」(梶村太市・長谷川京子・吉田容子編「離婚後の共同親権とは何か」(日本評論社)P.26~41)

また、木村教授の論考はシャープで無駄がなく、基本的にそのまま引用すべきなのですが、著作権法上適法な状態に記事を作成するため、はばかりながら、大幅に【補足】を追記しています。

1、子どもの権利は、憲法上どのように保障されているのか?

木村教授によれば、
「憲法には「児童は、これを酷使してはならない」と定めた27条3項の規定があるほかには、子どもに対して特別に定められた権利規定はない。とはいえ、憲法は、子どもの権利を保障していないわけではない。当然のことながら、子どもは、憲法上の権利を享有する「個人」だから、憲法第3章の規定する権利は、成年たることを保障要件とした選挙権などを除き、子どもにも保障される」とされ、次の3つの条文が重要な意味を持つと指摘されます。
(P.28)

①憲法13条(幸福追求権)
子どもも独立した個人として尊重されるために重要、とされています。

「例えば、親の中には「子どもに会えないと精神を病んでしまうから、自分に共同親権や面会交流権を付与すべきだと主張する者いる。しかし、こうした主張は子どもを「親のセラピーの道具」として位置付けるもので、許されない。」
(P.29)

②憲法25条1項(生存権)
「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」について、「子どもは、権利行使の前提となる知識や判断力、肉体的能力、経済力等を身に付ける途上にある。このため、全ての子どもを対象にした生存権実現立法が必要となる。」

「多くの法体系では、両親に子どもの扶養義務を設定し、専属的に監護を行う資格を与える。」
(P.30)

③憲法26条1項(教育を受ける権利)
②と同じ理由から、両親に子どもの教育を行う責任が課されている。
「民法の親権決定事項の中に「教育」が含まれるのも、子どもの教育を受ける権利を実現するためと解されよう。」
(P.30)

<結論>
結論として、木村教授は、親権規定は「子どもの権利具体化法」であると位置づけています。

【補足:憲法学説との関係】
上記の見解は、木村教授の学説ではあるものの、標準的・通説的な憲法学説と非常に親和的です。
特に、民法の親権規定は、憲法25条・26条の権利具体化法という考えですが、憲法学では、プログラム規定説・抽象的権利説等の学説が多数説です。いずれも具体的な権利立法によって実現する、という考えを示すものであり、木村教授の見解は、他の憲法学者からも十分支持されうる内容と評価することができます。

【補足2:最近の木村教授の主張】
木村教授は、最近刊行された書籍において、憲法上の子どもの権利について、「人間関係形成の自由」の存在を指摘しています。これは、児童の権利条約の意見表明権にも含まれる、と考えているようです。
〔出典〕木村草太「子どもの利益と憲法上の権利」(所収:梶村太市・長谷川京子・吉田容子「離婚後の子どものをどう守るか」(日本評論社)P.120~131)

2、離婚後共同親権制度に関する誤解

上記を踏まえて、木村教授は、現在導入が進められている離婚後共同親権制度をめぐる議論について、誤解があると指摘されています。

<誤解その1>扶養義務の履行確保
親権があろうがなかろうが扶養義務はなくならない(民法877条)。社旗問題となっている別居親の養育費の履行確保は、別居親への権利付与ではなく、罰則や国の立て替え払い制度を導入するべき。

<誤解その2>面会交流
そもそも親権は面会交流強制権ではない。現行法上も面会交流権は条文上実現されている。原因は、家庭裁判所や面会交流施設の機能不全か、別居親自身の問題であり、親権とは関係がない。

<誤解その3>虐待発見へ有効
理由が不明。虐待が偶然発見されたとしたら、それは面会交流権の成果であって親権のおかげではない。もし発見されたら、親権者変更の申立てをするべきであって、そもそも「共同親権」をやめるべきである。

(P.35~36)

【補足:現行法はどうなっているか】
<誤解その1>について
今年、養育費履行確保のための財産開示手続を拡充し一部の違反行為に罰則を設けた、改正民事執行法が施行されました。

<誤解その2>について
現行法上民法766条1項に明記されており、合意・審判等で確定した面会交流の不履行に、間接強制などが認められていることは、当noteの別記事等でご紹介している通りです。数多くの批判はあるものの、現在、面会交流については原則として実施するという運用がなされており、それでもなお面会交流が実現していないというのは、木村教授の指摘する「別居親自身の問題」と考えざるをえません。

<誤解その3>について
最近、一部の推進派弁護士等からも同様の主張がされることがありますが、共同親権が虐待防止に有効であるという海外事例(国内ではない制度)や、その因果関係を実証的に分析された資料等のエビデンスは、全くといっていいほど存在しないのが現状であり、立法事実を裏付ける主張というより、プロパガンダとして連呼されている状態です。

【シンポジウムで木村教授が指摘した”誤解”の意味】
2020年2月16日、日仏会館で開催された共同親権に関するシンポジウムの席上、木村教授は「離婚後共同親権の問題について客観的な情報流通が疎外されているという問題意識」があると述べています。
例えば、共同親権といっても強制的なのか、選択的なのか、2通りの立法が考えられますが「強制的共同親権を推進したい側が、あえて選択的共同親権と混同して、まあイメージが良いからだと思いますけれど、議論を組み立て推進しようとているという非常にアンフェアな議論の状況があるので、これを適切に公正する必要」があると主張されています。
※上記発言は、当日出席した、foresight1974、はいからさん( @b_hanamura )、ai sawadaさん( @asbanshu )の3者の協力により確認しております。

3、離婚後共同親権導入の必要性はあるか

ここから木村教授の本領発揮。
ギアを上げて論証が徹底していきます。
親権は、①監護権と②重要事項決定権を主な内容としていますが、①②ともその必要性を否定しています。

①監護権を共同する必要性
父母双方と同じ程度の時間を共有すること自体は非現実的であり、海外でもそのような例は稀である。
その稀なケースであっても、現行法、民法766条・771条で実現可能であり、ことさらに監護権を共同する必要性は低い。

②重要事項決定権を共同する必要性
重要事項の決定を法で定めなくても、父母の関係が良好であれば、親権の有無にかかわらず、重要事項については協力して決定している。日本法は広範な契約自由が認められているため、重要事項の決定は、現行法で実現可能。
逆に、そうした契約が機能しない事案では、重要事項を共同で決定することを強制することは、反対に子の重要事項を決定できないリスクとなる。

(P.37~38)

【補足:木村教授の親権の説明】
他の民法学者の解説書と比較すると、木村教授の親権の内容を説明する擁護は独特な面がみられます。
民法学者の解説書の多くは、条文に沿って、①身上監護権②財産管理権に分類して解説するのが一般的ですが、木村教授の場合、①身上監護と②その他の重要事項という分類になっています。

【補足:なぜ日本の民法では親権の共同行使が上手くいかないのか】
木村教授の論考では紹介されていませんが、日本の民法では、夫婦間で協調的な関係でない場合、原理的に共同行使が非常に難しくなっています。
というのは、海外法と異なり、日本の民法では夫婦間で親権行使に意見が対立した場合、調整する規定が全くないからです。
このことは、戦後間もなくの民法改正から問題とされており、かつて、我妻栄博士は、「親族法(法律学全集23)」(有斐閣)の中で、夫婦間の親権行使が対立したケースを想定して、詳細な検討に紙数を割いていました。
しかし、裁判例が少ないこともあり(実務上あまり問題として議論されなかった)、近年の教科書では、こうした解説は非常に少なくなっています。
私見ですが、離婚後共同親権を導入するならば、親権者同士の意見が対立した場合の調整規定は、必須の改正項目として挙げるべきでしょう。

4、離婚後共同親権導入のリスク

そして、このまま導入することに3つのリスクを挙げています。

<リスクその1>不本意な共同親権への合意
現行法の個別契約で十分合意できるはずなのに、法で定めることは、「本当は共同親権にしたくないのだけれど、様々な事情で共同親権にせざるを得ない」という不幸なケースを増やす。

<リスクその2>裁判所の過剰負担
現在、家庭裁判所に離婚後共同親権を適切に運用するだけのリソースがない。共同親権の審判やその後の監視など、従来になかった業務をするには人員と予算の担保が必要。こうしたリソースなしに導入すれば、子どもの福祉が大きく害される。

(P.39~40)

5、【重要】離婚後共同親権導入は違憲立法の可能性

そして、木村教授は、離婚後共同親権導入に際して、次のような条件を付けています。

①父母が自分たちの都合ではなく、子の福祉のため親権を行使する真意に基づく合意がある。

②裁判所などの第三者が見てもそれを認めることが子の福祉にかなうと評価できる場合に限る。

③家庭裁判所の人員の大幅強化等、制度運用や手続面の充実

「それができないのに、この制度を導入しようというのは、無責任であり、憲法の理念に反する。」

(P.40~41)

木村教授は明言していませんが、離婚後共同親権の強制導入は、憲法違反の可能性を示唆しています。

【補足:木村教授が提唱した「家裁予算10倍論」】
木村教授は、2019年9月25日、離婚後共同親権問題を取り上げた、インターネットテレビ「Abema Times」上にて、次のような発言をしています。

「パックンさんが、アメリカの例を紹介してくれた。アメリカでは、無理やり共同養育をしろと命じても、2人で協力する関係がなければ、養育も重要事項の決定もうまくいかないということがわかってきたようだ。だから、その関係づくりに大きなコストを割いている。だから共同親権運動をされている方は、"家裁予算10倍運動"も併せてやるべきだろう。」

「共同親権運動をされている方は、一緒に“家裁予算10倍運動”をすれば効果的だ」憲法学者・木村草太教授が問題提起

この提案は、離婚後共同親権賛成・反対双方に歓迎されるべき提案だと思われますが、ネット上で推進派の冷淡、またはヒステリックな反応にさらされる結果となりました。

そのこと自体、彼らがいかに離婚後共同親権というものに対して、安易でいい加減な考えを持っているかが分かるというものです。

【補足:離婚後共同親権は憲法何条に違反する可能性があるのか】
まず考えられるのが、子の福祉を害するということで、憲法13条、25条、26条の各条に違反する可能性。
もう1つ忘れてはならないのが、24条2項でしょう。
憲法24条2項は、離婚についての法律は、「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」としています。
私見ですが、仮に法内容が適合したとしても、解釈・適用が個人の尊厳・本質的平等に反する場合は、理論上適用違憲の可能性が生じると考えられます。

6、木村教授の論考で残された問題点

最後に、はばかりながらいくつか問題点を指摘しておきます。

①親権の定義・法的性質
本件論考において、木村教授は、親権とは憲法上どのように位置づけられるかについて検討していますが、その結論と、従来の民法学説が提唱している、親権の定義の関係性については明らかではありません。
親権の定義については、私的義務説、公的義務説から様々な見解が示され、近年、二宮周平教授のように、ドイツ法の配慮権への接近を試みる見解もあります。
木村教授がどの立場を取っていくのか、今後の研究が待たれます。

②子どもの権利条約との関係
子どもの権利の憲法上の位置づけについて検討はされていますが、児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)の影響がうかがわれるにも関わらず、同条約と憲法上の権利化についての検討がなされていません。
木村教授がすでに指摘しているように、日本国憲法は、いわゆる子どもの権利について包括的な条文を特別においていません。あくまで長年の解釈学の進展・深化によって木村教授の見解はたどり着くことが可能ですが、同条約はその一助たるはずです。
同条約が憲法上どのように実質化しうるか、突っ込んだ検討がなかったのが残念です。

③離婚後共同親権の違憲可能性
最後に、ぼそっと書いて終わるんじゃなくて。w
離婚後の共同親権導入された場合、どのようなケースで違憲性の疑いが生じるか、今後の研究の進展を待ちたいと思います。

<おことわり>
実際に書籍を確認された方はお気づきでしょうが、本件記事は、著作権法に抵触することを避けるため、木村教授の論考を途中大幅に省略しています。
木村教授の論理を100%理解するためには、ぜひ下記書籍の購入を強く推奨いたします。

<その他の参考書籍>

(おしまい)

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