<前回>
議論はどのように始まったのか
2021年3月30日のことである。
ワンオブゼム
家族法制部会の議事録は、すべて公開されている。
一見、透明な情報公開のようにみえるが、さにあらず。
この後説明するように、一部編集が加えられたり、情報が隠されたりしているので注意が必要である。
議事録はこのように公開されている。
〔議事録〕
https://www.moj.go.jp/content/001349386.pdf
これを読むと、意外な展開をたどっていることが分かる。
この部会が設置された根拠は、法務大臣の諮問第113号である。これには、「父母の離婚に伴う子の養育への深刻な影響や子の養育の在り方の多様化等の社会情勢に鑑み,子の利益の確保等の観点から,離婚及びこれに関連する制度に関する規定等を見直す必要があると思われるので,その要綱を示されたい。」とあった。共同親権の導入を色濃く示唆している。
ところが、会議の冒頭、堂薗幹一郎委員(法務大臣官房審議官)の挨拶である。
こうしてみると、法務官僚たちは、政治サイドの思惑と異なり、共同親権はその中のワンオブゼムと捉えようとしている姿勢がみえる。
配布資料にも、その姿勢は垣間見える。この日のフリートークのたたき台として準備された資料は、次のようになっていた。
〔資料1〕
離婚及びこれに関連する制度の見直しについての検討事項の例
https://www.moj.go.jp/content/001345687.pdf
同様の認識は、委員に選ばれた民法学者たちにほぼ共通していた。代表的なものとして、部会長に選出された、大村敦志部会長(東京大学教授)の挨拶を例に挙げよう。
大村部会長は離婚後共同親権賛成派であるが、この後みられるように、山場の場面を除いて、おおむね、公平かつ良心的に部会を運営しており、一定方向に意図的に結論を誘導することはほとんどみられない。
その他の民法学者たちも、この日のフリートークにおいて、同様の考えは繰り返し表明された。
隠された「共同親権」の是非論
ただ一人気を吐いたのは、水野紀子委員(白鴎大学教授)である。
また、戒能民江委員(東北大学教授)も、DVを例外ケースとして検討することには、こう釘を刺した。
また、赤石千衣子委員(しんぐる・まざーず・ふぉーらむ理事長)も、戒能委員の意見に賛同しつつ、ある方の相談事例を引き合いに、離婚後共同親権にこう釘を刺した。
水野・戒能・赤石の各委員らは、この後に繰り広げられる議論においても、反対派(慎重派)の立場から鋭い反論を展開する。
彼女たちには、「敷かれているレール」が見えていたのであろう。
だが、議論自体は、王道の展開をたどった。
議論を方向づけたは、大石亜希子委員(千葉大学教授)である。
"エビデンスベース"をめぐるやり取り
労働経済学、社会保障論の研究者であるが、近年流行しているEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)の専門家である。
大石委員は、この後の議論において、中間試案に決定的な評価を下すことになるのだが、まずは第1回の発言をみよう。
大石委員は、調査研究の必要性を指摘した後、次のように述べる。
この発言を受ける形で、この後数回にわたって、当事者や比較法研究者へのヒアリング等、さまざまなデータが積み上げられていく。
ところが、これに意外なケチをつけた人物がいる。
棚村政行委員(早稲田大学教授)である。
棚村委員は、この後の議論においても、要所要所で長口舌をぶち、法務省側のたたき台をうまく中間試案として取りまとめるための主導的な役割を果たすことになる。
そして、この後に登場するのが、武田典久委員(親子の面会交流を実現する全国ネットワーク代表)である。
政治はとっくに介入していた
離婚共同親権問題について、唯一、当事者団体から、賛成派だけが委員に入っているのである。
この委員選任には、当時自民党参議院議員であった馳浩氏の意向が働いているともっぱらのウワサであった。共同親権に関する当事者団体の一方だけが入りこめたことは、すでに「政治の介入」の認識は、委員たちにもあったであろうが、翌年夏、改めて痛切に思い知らされることになる。
武田委員もさっそくトップギアである。
しかし、委員の多くは、棚村委員が述べたような主観論や武田委員のような当事者の利益100%の議論に与することはなかった。
代表的な意見は、原田直子委員(福岡県弁護士会)である。
空中戦批判
こうした指摘は、この後の何人かの委員・幹事からも示された。
親権とは、子の利益とはといった、言ってしまえば大上段な議論を回避し、養育費の支払いや面会交流など、個別の場面に沿って、実際的な議論をしていこう、という共通認識が見られたのである。
そして、この時点は、「民事基本法制」に対象を限定しよう、という認識はほぼ示されていなかった。これは後付けで登場するのである。
フリートークの議論は、学際的で非常に幅広く、法学、心理学、社会保障といった分野で委員自身の研究視点から、様々な議論の方向性が示され、その中に、「共同親権ありき」の議論はほとんどなかった。
というか、議論の俎上として挙げた委員はごく一部に限られていた。
それが、この後、なぜか議論の俎上に上がってくるのである。
(第2回につづく)