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ニュー選択的夫婦別姓訴訟を問い直す(4)活かされなかった一審の議論

〔写真〕二審判決の結果を伝える日本経済新聞電子版

※前記事

1、すれ違った議論

2019年9月19日、ニュー選択的夫婦別姓訴訟のHPにこのような記事が紹介されました。

9月18日は、東京高裁の期日では、裁判長からは両当事者に主張を追加することと国に原告主張への反論を提出するよう指示が出ました。

【裁判長からの指示】

・「原判決は、戸籍法上の氏による別姓を認めたら氏が2つになる」と、氏の個数を言っているが、高裁は氏の数は問題ではないと考えている。その点について両当事者は主張書面で主張を追加してください。

・控訴人側が出した控訴理由書2の第1に書かれた、「旧姓を職務上の氏として使用している弁護士は、民事訴訟も刑事訴訟もそれらの判決文にもその旧姓で書かれるし、さらには破産管財人にも旧姓でなれて、登記も旧姓できるのだから、現在の法律が、必ず民法上の氏を使用しなければならないとしているわけではなく、それぞれの法の趣旨に適合した形で、旧姓を使用することを法律は許容している。」との主張に、国は反論を書面でしてください。

作花弁護士によると「裁判長の指示は、いわばこちら側の主張を前提にした指示ですので、とても良いスタートになった」ということです。

代理人の作花知志弁護士は、次の期日である12月9日までに準備書面を提出し、その中で、一審判決の氏の数に関する法的判断の誤りを指摘したり、国側の主張に反論したりしています。

しかし、2020年2月26日に出された東京高裁判決は、これとは全く違う論点についてでした。

2、二審判決:東京高裁判決令2.2.26

「控訴人らが主張する取扱いの差異は、民法750条の規定の適用の有無という点から生じている。すなわち、日本人の外国人との婚姻や離婚の場面にはそもそも民法750条の適用がなく、日本人同士の離婚の場面も既に夫婦でなくなっている以上、民法750条の規定は適用されない。そして、日本人同士の離婚の場面並びに日本人と外国人の婚姻及び外国人との婚姻の際に外国人配偶者の氏に変更した日本人の離婚の場面では、所定期間内に届け出た場合に限り、戸籍法107条1項の氏を変更すべき「やむを得ない事由」が類型的に認められるとして、いわば同項の例外として、家庭裁判所の許可を得ることなく離婚前の氏等を称することが認められているに過ぎない。
 他方、日本人同士の婚姻の場面では民法750条の規定が適用されるところ、これを戸籍手続に反映し、その実効性を保つため、戸籍法6条は原則として夫婦及びこれと氏を同じくする子を戸籍の編製の単位とし、また、同法107条1項は、「やむを得ない事由」によって氏を変更しようとする場合であっても当該氏を従前から使用している戸籍の筆頭者だけではなく、婚姻に伴って当該氏に変更したその配偶者も共に家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出ることを義務付けているのであって、民法750条の規定が憲法に違反しないとしながら、これを実現し、その実効性を保つための手続を定めた戸籍法の上記各規定が憲法に違反するということはできない。」

「また、控訴人らのいう旧氏続称制度を設ける場合においても、その適用を選択した夫婦間に出生した子の氏や戸籍をどう定めるかについては改めて検討を要する余地があり、この制度を認めるためには、戸籍法の上記各規定についても検討する必要があるのであって、単に法の欠缺があり、それをどう埋めるかが一義的に決せられるとはいえない。」

「そうすると、控訴人らの上記主張は、本来比較の対象とならない場面をとらえ、これらの間の取扱いの差異が合理性のない差別に当たるとするものにすぎず、採用することができない。」

【私見】

私見ですが、高裁判決を次のように理解しました。

一審判決の場合、法律上の氏の考え方に関する独自の見解をベースに、民法750条が適用される場合と、それ以外のケースでは比較の対象とならない異なるケースであると判示していました。

控訴審では、高裁は「氏の数を問題にしていない」としたので、作花弁護士が反論したところ、今度は「民法750条が適用されるか否か」で取扱いの差異がそもそも存在し、本来比較の対象にならない、と判示されたのです。

3、そもそも作花弁護士は、肝心の部分に反論していたのか?(反論可能だったのか?)

実は、一審判決も二審判決には大きなところで一致点があります。

つまり、法律的主張はともかく、①日本人同士の婚姻と、②~④それ以外のケースでは、”本来比較の対象にならない”としていることです。

その点に関して、作花弁護士が控訴審段階で、どれだけ主張を補強しているのか、つまり、①~④は同様の法律問題として捉えるべきだ、という根本的主張をどれほどしたのだろうか?という疑問を持ちました。

70ページを超える控訴趣意書を全部読んだのですが、おそらく1ページだけではないでしょうか。

そもそも9月18日の期日における高裁が求めた主張の追加とは、その根本的部分についてではないでしょうか。

裁判所が、事実関係や法律関係を明らかにするため、当事者に対して事実上あるいは法律上の事項について裁判所が質問を発し、または立証を促すことを釈明権といいます。

裁判所が釈明権をどのように行使したかが明らかではなく、そもそも作花弁護士が対応可能だったかどうか、非があるかどうかは何ともいえないのですが、一審・二審両方とも、原告側の主張したいこと、国側が反論したいこと、裁判所が考えていることがかみ合っていない、という印象を強く受けます。

3、「法律上の氏」の定義を明らかにしなかった東京高裁

そうした疑問は、氏の数に関する判断にもみられます。

上記に引用したように、東京高裁は作花弁護士に「氏の数は問題ではない」と言いながら、判決文で一審判決の補正を行いませんでした。

つまり、現時点では、一審判決の法律上の氏に関する、独自見解は有効なままです。

この定義が、従来の戸籍実務に反することは、前回記事で、松久和彦近畿大学教授が指摘されている通りです。

その誤りは、作花弁護士は控訴趣意書で徹底的に反駁しています。

東京高裁が、これについて回答しなかった経緯は不明ですが、原審の弁論を引き継いで事件につき審判する続審制という枠組みの中で、判決を下すのに、必要最小限の議論だけした印象です。

作花弁護士としては肩透かしを食った気分ではないでしょうか。

4、控訴審の判例解説はゼロ

そして、控訴審での判例解説は、現在のところゼロです。

この点については、判例解説が蓄積するのに、おおむね数年単位の時間がかかる傾向があるので、現時点で、アカデミズムの関心が低調、と評価することはできませんが、私見ですが、研究対象として議論すべきものがほとんどみられませんので、このままゼロという可能性も十分あると思われます。

5、今後について

原告側は、2020年4月27日に上告し、いよいよ最高裁に舞台が移りました。

現時点で、新しい弁論期日の指定等はなく、このまま判決期日が指定された場合、慣習上、原告側の敗訴が確定する、という情勢です。(二審までの判決を見直す場合、最高裁は慣例として、必ず新しい弁論期日の指定を行います。)

そもそも2015年の最高裁大法廷判決が重くのしかかっているという圧倒的不利な状況で、奇策を用いて逆転判決を狙った裁判、負けてもともと、というのが実態なのですが、裁判の勝ち負けとは別に、連載の冒頭で示した問題提起の部分が、どれだけ議論が深まり、結論が得られたのか、という点に、そろそろ議論の焦点を移していきたいと思います。

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