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ニュー選択的夫婦別姓訴訟を問い直す(3)一審判決 瓦解の萌芽

〔写真〕2019年3月、一審判決後の記者会見で向けられたマイクの数。耳目を集めてはいたが。。。

※前記事

1、一審判決:東京地裁判決平31.3.25

第一審(東京地方裁判所)は、5回の口頭弁論を経て、平成31年3月25日に判決を下しました。

以下、公表されている判決要旨を編集してご紹介します。

<判決要旨>(抜粋)

【前提:法律上の氏について】

「戸籍制度は、人が生まれて死ぬまでの間における身分関係を公に記録し、かつ、これを公に証明することを主たる目的とする制度であり、その身分関係を記録した公正証書が戸籍であるところ、民法及び戸籍法における氏に関係する諸規定に照らせば、法律上の氏は、民法上の制度として、氏を同じくする者の 間に一定の身分関係があることを示す法的概念の形式で存在するだけでなく、 戸籍の記載事項として具体化されているものであり、戸籍は,そこに記載された氏の字体及び呼称の同一性によって、社会の構成要素である家族(ただし、夫婦及び親子の関係に限る。)の同一性及び当該家族の構成員の範囲を公に識別し得るようにするとともに、新戸籍の編製や個人の戸籍間の移動に伴う氏の字体及び呼称の変動によって、民法が規定する身分関係の変動があったことを公示し得るようにしたものというべきである。」

「このように、戸籍法上の氏の規律は、民法上の氏の規律と密接不可分の関係にあり、民法上の氏の取得又は変動の原因があれば、戸籍法に規定された手続を通じて,それが戸籍に反映される関係にあるということができる。そして、このような民法と戸籍法との関係に照らせば、個人の民法上の氏と戸籍法上の氏も密接不可分の関係にあって、合わせて一つの法律上の氏を構成するものというべきであり、現行法の下において、個人が社会において使用する法律上の氏は、一つであることが予定されているものというべきである。」

「氏は、民法上の氏の取得又は変動の原因がなくとも、戸籍法107条1項の氏の変更の手続に基づいて変更され得るものであり、この手続は、家庭裁判所の許可を得た者の氏の字体及び呼称、すなわち戸籍法上の氏を変更する結果を生じさせるが、その者の民法上の氏には影響を与えることがないものと解される。その点のみを捉えれば、民法上の氏と戸籍法上の氏が別個独立に存在する関係にあると考えられなくもない。しかしながら、ここで同項による氏の変更が民法上の氏に影響を与えること がないとされることの意味は、戸籍に記載された具体的な氏の字体及び呼称を 変更するものにすぎず、その者の属する家族の同一性やその構成員の範囲に変更を来すものではないということにほかならず、民法上の氏と戸籍法上の氏とが独立して存在し,個人が社会において使用する法律上の氏が複数あることまで許容する趣旨ではないものというべきである。」

【争点1:日本人同士の婚姻の場合のみ、続称制度が存在しない点】

「①日本人同士の婚姻の場面では、民法750条が適用され、夫婦が同氏であることが求められるが…当該場面において、夫婦同氏制を維持しつつ、婚姻により配偶者の氏を称することとした者が、婚姻後も戸籍法上の氏として婚姻前の氏を称することを認めようとすれば、その者が社会において使用する法律上の氏は、二つに分かれることになるが、そのような事態は、現行法の下で予定されているものではない。」

「これに対し、②日本人同士の離婚の場面では、婚姻により配偶者の氏を称することとした者は、離婚により婚姻前の氏に復するから、夫婦の民法上の氏が同氏であることを求められる状況は、解消されている。そして、離婚により婚姻前の氏に復した者に婚氏続称を認めても、その者が社会において使用する法律上の氏は、一つに定まるものであり、それが二つに分かれることになるの①日本人同士の婚姻の場面とは状況が異なる。」

「③日本人と外国人との婚姻及び④日本人と外国人との離婚の各場面では、そもそも、日本人と外国人との婚姻について民法750条の適用がないと解される以上、当該日本人について民法上の氏は変動していない。③日本人と外国人との婚姻の場面で外国人配偶者氏への変更を認め、④日本人と外国人と
の離婚の場面で当該日本人に当該変更後の氏を称することを認めても、その者が社会において使用する法律上の氏は、一つに定まるものであり、それが二つに分かれることになる①日本人同士の婚姻の場面とは状況が異なる。」

「このように、個人が社会において使用する法律上の氏が一つであることを予定する現行法の下において、日本人夫婦の同氏制を定める民法750条の規定が合憲である以上、①日本人同士の婚姻の場面において、本件旧氏続称制度を設けず、婚姻により配偶者の氏を称することとした者の法律上の氏が二つに分かれることを認めないものとする一方、②日本人同士の離婚の場面において、婚氏続称を認め、③日本人と外国人との婚姻の場面において、外国人配偶者氏への変更を認め、④日本人と外国人との離婚の場面において、当該日本人に当該変更後の氏を称することを認めて、法律上の氏が一つに定まるこれらの場面において、戸籍法107条1項が規定する家庭裁判所の許可を不要とする限度で、離婚の際に称していた氏又は外国人配偶者の氏を称することとした者に便宜を与えることには、現行法における氏の性質や氏に関する具体的な法制度の内容に照らして合理的根拠があるものというべきである。この合理的根拠は、本件旧氏続称制度の不存在によって、日本人同士が婚姻したことを第三者が推知し得ることがあるとしても、直ちに失われるものではない。また,我が国において、夫婦となろうとする者の間の個々の協議の結果として夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めることが認められるとしても、それが、本件旧氏続称制度の不存在という取扱いから生じた結果であるということはできない。 」

「したがって、日本人同士の婚姻の場面における本件旧氏続称制度の不存在について、憲法14条1項に違反する状態にあるということはできない。」

【争点2:結婚情報のプライバシー侵害について】

「本件旧氏続称制度の不存在という事実状態について憲法13条適合性を判断することが相当ではない」

「戸籍は、人の身分関係を記録した公正証書であるから、個人が法律婚の状態にあるか否かは,公に記録されることが予定されている情報というべきであ り、税制(所得税法83条所定の配偶者控除等)や社会保障(国民年金法7条1項3号により同項2号の被保険者の配偶者の一部が国民年金の被保険者とさ れること等)の場面で、個人が法律婚の状態にあるという情報が用いられてい ることも、その表れであると理解することができる。そうすると、当該情報をみだりに第三者に開示又は公表するものであるか否かは、具体的な法令等やそれに基づく法制度を対象として、個別に判断されるべきものであり、そうした法令等や法制度の内容を離れて、抽象的に開示又は公表の是非を判断することはできないものといわざるを得ない。」

「以上のとおり、そもそも、本件旧氏続称制度の不存在という事実状態について憲法13条適合性を判断することが相当ではない上、原告らについて、具体的な法令等やこれに基づく法制度によって、自らが法律婚の状態にあるという情報をみだりに第三者に開示又は公表されたとも認められない。」

【争点3:憲法24条違反】

「本件において、原告らは、本件旧氏続称制度の不存在という事実状態を主張するのみで、日本人同士の婚姻の場面において、個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き、国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような、婚姻及び家族に関する法制度を定めた具体的な法律の規定 を主張していない。現行の法制度の下で不利益が生じており、法律により新たに制度を設ければその不利益が解消されるとしても、そのような新たな法制度の当否は、立法政策の問題であり、憲法24条2項に規定された婚姻及び家族に関する事項に限っても、不利益を生じさせている現行の法制度を離れて、裁判所が新たな法制度の当否を判断することは、上記事項に係る国会の合理的な立法裁量を否定することにもなりかねず、相当ではない。」

「また、 夫婦同氏制を定める民法750条の規定が合憲である以上、そこから派生する不利益に対処するため、立法措置を執るか否か、立法措置を執るとしてその内容をいかなるものと定めるかは、国会の立法裁量に委ねられた問題であって、この点につき憲法24条により裁量の限界が画される否かを論じる余地はないというべきである(なお、証拠によれば、旅券や住民基本台帳及びそれに連動するマイナンバーカードについて、婚姻前の氏の併記を認める方向で関係法令の改正等が検討されていることがうかがわれる。)」

「以上のとおり、本件旧氏続称制度の不存在という事実状態について、憲法24条適合性を判断することが相当ではない上、夫婦同氏制を定める民法750条の規定から派生する不利益に対処するため、本件旧氏続称制度に関する法律の規定を設けるか否かは、国会の立法裁量に委ねられた問題であって、本件旧氏続称制度の不存在について憲法24条適合性を論じる余地はない。」

結論として、原告らの請求はいずれも理由がないとして、国家賠償法の請求を棄却しました。

2、低調な一審判決の評釈

本判決に関する、学者の判例解説は3本にとどまっています。

松久和彦「ニュー選択的夫婦別姓訴訟・一審判決」TKCローライブラリー
http://lex.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-041021796_tkc.pdf

新井誠「戸籍上の氏をめぐる夫婦別姓訴訟」WLJ判例コラム184号
http://www.westlawjapan.com/pdf/column_law/20191111.pdf

濱口晶子「戸籍法上の夫婦別姓訴訟」法学セミナー775号116頁

このうち、濱口先生の判例解説は、主に法学部の学生向けの雑誌に掲載されたもので、掲載ページも1ページに過ぎず、研究向けの判例評釈とはいえないものです。

ほかに一般向けに書かれたものとしては、

木村草太「夫婦別姓訴訟(上)・(下)」(憲法の新手101・102)沖縄タイムス2019年4月7日・21日

がありますが、沖縄タイムスを閲覧可能な方でないと入手が難しいと思います。

※各評者の肩書
松久和彦・・・近畿大学教授(民法)
新井誠・・・広島大学教授(民法)
濱口晶子・・・龍谷大学教授(憲法)
木村草太・・・東京都立大学教授(憲法)

3、「合わせて一つの法律上の氏」は正しいか

まず、松久教授の判例評釈からみていきましょう。

松久教授は、民法や戸籍法の規定により、現在、民法上の氏の変動が生じないにも関わらず、氏の変更が可能なケースを7つ指摘しています。

①生存配偶者の復氏(民法751条1項)
②離婚時の婚氏続称(民法767条2項)
③子の氏の偏向(民法797条)
④離縁時の縁氏続称(民法816条2項)
⑤やむを得ない事由における氏の変更(戸籍法107条1項)
⑥日本人が外国人と婚姻した場合(戸籍法107条2項)
⑦日本人と外国人の夫婦が離縁・死別した場合(戸籍法107条3項)

このうち、
①・③・・・民法上の氏
②・④~⑦・・・戸籍法上の氏(呼称上の氏)
とされています。

そのうえで、本判決が示した法律上の氏の考えに疑問を呈しています。

「「戸籍法上の氏(呼称上の氏)」を選択したものには、「民法上の氏」と「戸籍法上の氏(呼称上の氏)」が別個に存在しており、両立するものである。特に、婚氏続称制度を立法する際には、同氏同籍の原則を維持するという戸籍編製原理から、「氏」と「呼称」の区別を意識したものとして理解されている。本判決は、「民法上の氏」と「戸籍法上の氏(呼称上の氏)」という二重の概念によって説明されてきた現行法上の解釈ないし説明として構成されてきた論理とは相容れないのではないかと考える。」

さらに、本判決の不備を次のように指摘しています。

「本判決は、(日本人と外国人の婚姻・婚姻解消や縁氏続称制度と)旧氏続称制度には違いがあり、その違いが戸籍編製原理である同氏同籍にあることを強調することで、両者を区別する…このような異なる氏を称する夫婦を同一の戸籍に記載することは、戸籍法上の許されないことを示している」が、これは制度優先思考という批判が当てはまる。
「戸籍編製の説明を「民法上の氏」と「戸籍法上の氏(呼称上の氏)」という概念を使ってしか説明できないのは、現行戸籍制度の欠陥を示していると指摘されている。本判決が戸籍編製原理を基準にして区別するのであれば、このような欠陥があってもなお戸籍編製原理を維持する必要がある根拠を示すべきではなかったかと考える。」

また、本判決でも示された、通称使用拡大による不利益緩和論を、次のように批判しています。

平成27年最高裁大法廷判決において岡部裁判官が指摘したが、「通称は便宜的なもので、使用の拒否、許される範囲等が定まっているわけではなく、さらに通称名と戸籍名の同一性という新たな問題を惹起することになる。」

「なぜ婚姻改姓の不利益が、通達・省令や内部規定といった何ら法的根拠のない通称使用の拡大によって解消されなければならないのかも疑問である。自己の真正な氏として法的に通用するものでなければ意味がないことは明白である。婚氏続称や縁氏続称における続称使用の保護と比較すると、旧姓を使用することに対する制度保障がないことは整合性を欠いている。」

また、結婚情報のプライバシー侵害については、「法的論理・根拠をいかに形成するかは今後の課題の1つといえよう」とされています。

松久教授は民法750条改正を主張されていますが、本件訴訟は「身分変動と氏の変更の関連性について問題を提起し、氏が変わらないという人格的利益をいかに法制度として保障するのかを再検討することにつながる」と積極的に評価されています。

4、原告主張の致命的欠陥を指摘した新井教授

これに対し、新井教授は、本判決最大の争点に絞って、次のように解説されています。

「裁判所は、原告らの主張を認めることはなかった。というのも、そこには、原告らと裁判所との間において「氏」をめぐる権利と制度の関係性、あるいは、氏に関する法的位置づけに関するベースラインの理解に関する前提理解の違いがあるからだと考えられる。」

「原告らによる主張では、①日本人同士の離婚、②日本人と外国人との婚姻・離婚の場合に(旧あるいは元)氏の選択ができることを定めた戸籍法上の各規定については、両者とも、「通称使用に法的根拠を与えた規定」であり、「戸籍法において、実体法上の権利として認めたもの」だとされる。この理解では、特に「民法上の氏」とは別途、通称使用のための「呼称上の氏」が法的に保障されることを前提としており、この別個の二つの法律に基づく「一人二氏」が、法秩序内で(要請ではなく)許容されるという話になると推察される。」

「これに対して裁判所は、「民法と戸籍法との関係に照らせば、個人の民法上の氏と戸籍法上の氏も密接不可分の関係にあって、合わせて一つの法律上の氏を構成するものというべきであり、現行法の下において、個人が社会において使用する法律上の氏は、一つであることが予定されている」としているように、現行法秩序においては(民法と戸籍法との一体不可分を前提とする)「一人一氏」原則がベースラインとなっている。」

「本件裁判所の考え方の背後には、民法750条の夫婦強制同氏制度を合憲とした最大判平成27年12 月16日民集69巻8号2586頁があることは明らかである。本判決が、「個人が社会において使用する法律上の氏が一つであることを予定する現行法の下において、日本人夫婦の同氏制を定める民法750条の規定が合憲である以上」とする説示は、同最高裁大法廷判決を前提とするだろうからである。」

作花弁護士たちの主張は、平成27年最高裁大法廷判決を妥当だという前提に立ったうえで、その不利益を解消する現行制度の不存在が、国家賠償法の違法性を問える、という論理でした。

しかし、新井教授の指摘は、そもそも作花弁護士たちの主張が、平成27年最高裁大法廷判決と背理していた、というものなのです。

加えて言うと、原告主張の論理が、もし、新井教授が解説するように、「二重氏の許容」を目指していたものならば、そもそも勝訴は絶望的だったというほかありません。
憲法上の権利保障・違法性を問うならば、裁判所は違憲立法審査権を発動できますが、憲法上の許容性の問題を主張するならば、それは立法裁量の問題であり、一審判決は憲法訴訟上は当然の判決となってしまうからです。

また、新井教授も、前回記事でご紹介した二宮教授と同じく、結局は民法750条改正に向かう方が理論的困難は少ないであろう、と指摘されています。

さらに、次のように、原告主張の論理を徹底すると、本判決が例示した②~④の制度が、かえって不当なもののとなってしまうのではないか、と指摘しています。

「このロジックを維持しながら、上記のように、日本人同士の離婚の場合と日本人と外国人との婚姻・離婚の場合における「戸籍法上の氏」の選択に関する「実体法上の権利」が裁判所から否定されてしまうと、日本人同士の離婚の場合と日本人と外国人との婚姻・離婚の場合に「戸籍法上の氏」が選択できる制度になっていること自体、ベースラインとしての「一人一氏」原則からの逸脱として不当な制度ではないか―しかし、法的「一人一氏」原則はそれらの場合には保てるので、恩恵的、例外的に制度が設けられている―との疑いがかかる可能性も生じるように感じられる。」

新井教授も末尾において、「夫婦別姓制度の獲得のための新たな法的手法を果敢に生み出そうとしていること自体が、本件訴訟の一番の特徴」との評価を与えてはいるものの、本件訴訟のロジックには、冷徹な批判的分析を行っています。

5、井戸まさえ氏の指摘を”軽く扱ったツケ”なのか

実は、この新井教授の指摘や問題意識は、訴訟提起前に、ジャーナリスト・井戸まさえ氏によって同様の指摘がされていました。

「二重氏を許容することか」という井戸氏の指摘の功罪は、後日別記事で検証しますが、あの当時、青野氏やその周囲の感情的反応、そして何より応答するべきであった作花弁護士の無反応な態度を貫いたツケが、一審判決の遠因になった、と見えなくもないのです。

6、合理性は十分検討されたのか

残り2つ。今度は濱口教授の判例評釈をみてみましょう。

本判決はまず、(1)民法上の氏と戸籍法上の氏を、本来同一のものと理解しているとされ、次のように指摘します。

「日本人同士の離婚の場面において婚氏続称制度を置くことの合理性について論じているが、婚姻・離婚の際に氏が変動することに伴う不利益には同種のものがあるにもかかわらず、婚姻の際には制度的手当てを講じなくて良いのか合理的な説明はみられない。2015年最判で、多数意見は夫婦同氏制度の合理性を、個別意見は夫婦同氏に例外を設けないことの合理性を論じたように、何の合理性かについての対立点を踏まえて丁寧に論じるべきだった。」

次に、(2)旧氏続称制度の不存在に基づく不利益は、事実上のものであり、立法政策の問題と捉えている点については、次のように指摘しています。

「判決は不利益を生じさせている法令・制度が明示されていないと一蹴している。判決の背景には、離婚については一般に知られたくない情報であり、婚姻については知られたとしても不利益とは言えない、という理解があるようにも思われるが、婚姻・離婚という私生活上の情報を知られないことの利益について、立ち入るべきだったのではないか。」

また、「本件原告の一人である会社経営者が、株の名義変更に伴う多額の費用など通称使用でカバーできない経済的損失を訴えた点は、営業の自由(憲法22条)にも関わる問題である。」ともされています。

7、丁寧さを欠いた木村教授の判決分析

最後に、木村教授の沖縄タイムスへの寄稿を検証します。

「判決全文は未公表だが、メディア向けに発表された判決要旨によれば、判決は、次のような論理を採用したようだ…「民法750条自体は合憲・有効で、夫婦が民法上同氏になる」ことを前提に、「戸籍上の氏」だけを変えると混乱が生ずる。このため、婚氏続称・外国人との婚姻との区別は合理的で、平等権侵害ではない。」

思わず2度見しました。
判決文にはこのようなことが書かれていないからです。

掲載日は判決から3週間足らずの2019年4月7日のものであり、引用したように、判決全文は未公表でした。木村教授が十分な情報がないまま、アクチュアルな問題の解説に踏み込んだ点は評価できると思いますし、その点は弁護できるとは思います。

だが、判決文を引用せず、「論理」だけで、判決をこのような解釈にもっていくことは強引の感を禁じえません。

木村教授は、続けてこのように述べます。

「「民法上同氏だが戸籍表記上別氏」という状態は、混乱を招くため好ましくないとの指摘には一定の説得力がある。」

一定の説得力の中身がない。。。

これを初めて読まれた方は大変驚いたと思います。
木村教授はテレビなどメディア出演の多い学者ですが、一般的には、政府に批判的でリベラルな立場の憲法学者というイメージが浸透しているからです。

ですが、アカデミズムの側にいた人間の木村教授の評価は、むしろ正反対だと思います。従来の判例・通説、そして、法文の文理解釈をことさらに重視する保守的傾向が強い学者であります。
(例えば、特定機密保護法に関して、多くの憲法学者が違憲性の指摘を行う中、木村教授は合憲論の立場です。)

しかし、それにしても濱口教授がしたような、判決の丁寧な分析という点では、不十分な評釈です。

2週間後、2019年4月21日付沖縄タイムスに掲載された「憲法の新手」において、木村教授は続きを書いています。
「「夫婦は民法上同氏になるものの、戸籍上の氏だけは別氏とする制度がないのは平等権侵害だ」…この主張にはなるほどと思わせる点もあるが、「民法上同氏だが戸籍上は別氏」という状態は混乱を招くとする東京地裁の論理にも説得力がある」と述べています。

そのうえで、多様な夫婦別姓論の主張を次々と切り捨てていきます。

「夫婦別姓を求める者の中には、「家」や「家の墓」を継承したい、あるいは、「家の名前」あ自分のアイデンティティーに不可欠だ」という論理に対しては、旧家制度が廃止されていることや、憲法24条にいう「個人の尊厳と両性の本質的平等」の点から「妥当でない」

また、「女性に対する不平等な扱い」という主張には「違和感もある」と述べています。

驚かれるかもしれませんが、アカデミズムの場での木村教授の研究姿勢を知る私(foresight1974)からすれば、全く驚きはありません。
文理解釈をことさらに重視する、いかにも木村教授らしい考え方です。

木村教授には実は意図があり、「夫婦別姓を求める憲法論は、「家」や「性別」といったアイデンティティーではなく、「個人の選択」に立脚して組み立てねばならない。」とされ、「同氏を選択した者同士は法律上の婚姻ができるが、別氏を選択すると法律上の婚姻の効果を得られない」という区別の不平等を主張するのが、最も筋の通った憲法論」と主張されています。そのため、2019年3月に立川家庭裁判所がこうした憲法論に基づく婚姻届受理の申立てを却下したことを批判されています。

しかし、抽象的違憲審査制をとらないわが国において、ここまで違憲性の主張を厳格に理解することは、かえって裁判所の違憲審査能力を狭めてしまう、という問題があるように思います。

また、木村教授は最後に、アメリカで人種分離の違憲判決を勝ち取るのに100年の時間がかかっていることも指摘していますが、それは当事者の切実さをあまりに無視したまとめ方ではないでしょうか。
21世紀になって、1954年の連邦最高裁判決(ブラウン判決)が出てくるまでのような気長さを維持する必要性が全く不明です。

全体的に、木村教授の思考は、純粋な理論的問題に拘泥しすぎるきらいをぬぐえません。

7、多様な法律問題を可視化はしたけれど

こうしてみると、各先生方の判例評釈は見事にかぶりがないことに気づきます。
これだけ多様な法律問題を可視化したことは、ニュー選択的夫婦別姓訴訟の大きな成果の1つ、と誇ってよいことだと思います。

【次回】

【お知らせ】
2021年4月から、新しいニュースレターを発行します。
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【分野】経済・金融、憲法、労働、家族、歴史認識、法哲学など。著名な判例、標準的な学説等に基づき、信頼性の高い記事を執筆します。