【離婚後共同親権】世論はどのように操作されるのか(17)子の連れ去り処罰論を批判する①不明確な誤解は本当に存在したのか?
犬笛
きっかけは、このツイートでした。
一般メディアで、この発言に反応したところはほぼないのですが、ネットメディアで1つだけありました。
と、思ったら「実子誘拐」プロパガンダでお馴染みの牧野佐千子氏だった。
この柴山氏の発言に、離婚後共同親権推進派は大いに沸き上がり、早速警察に問い合わせると言い出す人も出る始末。
ただまあ、株式相場と同じく、熱狂は一時的なのです。
このプロパガンダを見逃さない、冷静沈着な法律家もいました。
DV問題に長年取り組み、選択的夫婦別姓訴訟の弁護団副団長も務められた、立憲民主党・打越さく良議員です。
追及
「誤解を招く」とおっしゃる打越議員。
穏やかなお人柄が垣間見えますが、引き合いに出した最高裁判例(後述)の論理からするならば、柴山氏の主張は成立しません。
あっさり嘘がばれた柴山氏。
慌てて抗弁します。
しかし、打越議員はあっさり一蹴。
論理的にいうと、打越議員のいう「ニ事例」(後述)のみで、現在の解釈運用を変えないならば、冒頭の柴山議員の発言は成立しません。
ほぼ論破された状態ですが、柴山議員は悪あがき。
「解釈はより明確」だの「誤解」だのがどういうことか、さっぱり意味不明ですが、「不都合が生じていた実態をなく」し、「現場に徹底」するので、運用が変わると主張されています。
二人の主張は真っ向から対立していますが、ここから打越議員は柴山議員に応答していません。
これも最後に述べますが、反論の必要を感じなかったからでしょう。
警察庁の説明をこのように紹介しています。
もう1つ、大事な指摘を。
非常に興味深いのは、冒頭に牧野氏が書かれたように、共同養育議員連盟の総会は非公開だったのにもかかわらず、議連に所属していない打越議員が内情を詳しく知っていることです。
機密事項ではないものの、警察庁の関係者が内容を野党議員に詳しく打ち明けた意図はどこにあったのか。。。
柴山議員の「信用度」が窺い知れます。苦笑
警察の運用はどうなっているか?
では、柴山議員の説明を検証してみましょう。
まず現状の確認を。
未成年者略取罪は、次のような条文です。
<刑法244条>
未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。
この条文が、離婚にあたって、夫婦の一方が相手方の同意なく子連れ別居をした場合に、その行為が刑法244条に該当するかが問題となります。
ご参考なまでに、弁護士の小魚さかなこ先生のツイートより。
この構成要件を満たすかどうかという点、警察はどのように考えてきたのでしょうか。
現在、法政大学で教鞭をとられている佐野文彦准教授は、下記の論文の中で次のように紹介しています。
例えば、警視庁刑事部の質疑回答集を紐解くと、離婚話中に勝手に子供を連れだした事案につき、未だ親権者たる身分を失っておらず、子供がその保護下にある限り未成年者拐取罪は成立しないとされ(警視庁刑事部総務課刑事資料係編「質疑回答集(2号)」(1962))、また、未成年者拐取罪の主体は被拐取者の上に監督権を有しない者であるとされていた(警視庁刑事部総務課編「質疑回答集(2号)」(1964)、もっとも祖父母は同罪の主体となるとされている)。現在においても警察が民事不介入として関与を避けているという指摘すらある(佐藤淳子「子の奪い合い~法的解決手段とその限界」戸籍時報656号61頁(2010))。
<参考文献>
佐野文彦「「家族間」の子の奪い合いに対する未成年者略取罪の成立に関する試論」東京大学法科大学院ローレビューvol.11(2016年)74頁
一見して明らかなように、警察側の運用は誰にでも分かるくらい明確であり、柴山議員が指摘したような不明確さや誤解といったものは見当たりません。
なぜ、警察は子連れ別居は犯罪が成立しないと考えているのでしょうか。
それは、
そもそも子連れ別居は原則として適法である
からです。
代表的な判例は、最高裁判所第三小法廷判決平成5年10月19日民集第47巻8号5099頁ですが、この判決によると「夫婦の一方による右幼児に対する監護は、親権に基づくものとして、特段の事情がない限り、適法」と判断されています。
下記のnote記事に詳細をご紹介しています。
それでは、打越議員が指摘をされた「二事例」というものはどういうものでしょうか。
これは、子の奪い合い紛争において、最高裁判所が平成15年と平成17年に出した、2つの判例を指しています。
いずれも、子の奪い合い紛争において、実力行使で子を奪取した別居親の行為に誘拐罪の成立を認めたものです。
【判例①】最高裁第二小法廷決定平成15年3月18日刑集第57巻3号371頁
(事実関係)
オランダ国籍で日本人の妻と婚姻していた被告人が、別居中の妻が監護養育していた2人の間の長女(当時2歳4か月)を、オランダに連れ去る目的で、長女が妻に付き添われて入院していた病院のベッド上から、両足を引っ張って逆さにつり上げ、脇に抱えて連れ去り、あらかじめ止めておいた自動車に乗せて発進させた。
(決定文)
「被告人は、共同親権者の1人である別居中の妻のもとで平穏に暮らしていた長女を、外国に連れ去る目的で、入院中の病院から有形力を用いて連れ出し、保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから、被告人の行為が国外移送略取罪に当たることは明らかである。そして、その態様も悪質であって、被告人が親権者の1人であり、長女を自分の母国に連れ帰ろうとしたものであることを考慮しても、違法性が阻却されるような例外的な場合に当たらないから、国外移送略取罪の成立を認めた原判断は、正当である。」
【事例②】最高裁第二小法廷決定平成17年12月6日 刑集第59巻10号1901頁
(事実関係)
(1) 被告人は、別居中の妻であるBが養育している長男C(当時2歳)を連れ去ることを企て、保育園の南側歩道上において、Bの母であるDに連れられて帰宅しようとしていたCを抱きかかえて、同所付近に駐車中の普通乗用自動車にCを同乗させた上、同車を発進させてCを連れ去り、Cを自分の支配下に置いた。
(2) 上記連れ去り行為の態様は、Cが通う保育園へBに代わって迎えに来たDが、自分の自動車にCを乗せる準備をしているすきをついて、被告人が、Cに向かって駆け寄り、背後から自らの両手を両わきに入れてCを持ち上げ、抱きかかえて、あらかじめドアロックをせず、エンジンも作動させたまま停車させていた被告人の自動車まで全力で疾走し、Cを抱えたまま運転席に乗り込み、ドアをロックしてから、Cを助手席に座らせ、Dが、同車の運転席の外側に立ち、運転席のドアノブをつかんで開けようとしたり、窓ガラスを手でたたいて制止するのも意に介さず、自車を発進させて走り去った。
ちなみに、被告人の誘拐行為はこの1回だけではありません。
本件事案の3ヶ月前、被告人は、、知人の女性にCの身内を装わせて上記保
育園からCを連れ出させ、ホテルを転々とするなどした末、9日後に沖縄県下において未成年者略取の被疑者として逮捕されるまでの間、Cを自分の支配下に置いたことがありました。
(決定文)
「被告人は、Cの共同親権者の1人であるBの実家においてB及びその両親に監護養育されて平穏に生活していたCを、祖母のDに伴われて保育園から帰宅する途中に前記のような態様で有形力を用いて連れ去り、保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから、その行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することは明らかであり、被告人が親権者の1人であることは、その行為の違法性が例外的に阻却されるかどうかの判断において考慮されるべき事情であると解される(最高裁平成14年(あ)第805号同15年3月18日第二小法廷決定・刑集57巻3号371頁参照)。
本件において、被告人は、離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって、そのような行動に出ることにつき、Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから、その行為は、親権者によるものであるとしても、正当なものということはできない。また、本件の行為態様が粗暴で強引なものであること、Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること、その年齢上、常時監護養育が必要とされるのに、略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると、家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば、本件行為につき、違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり、未成年者略取罪の成立を認めた原判断は、正当である。」
裁判所はどう考えているのかー今井功裁判官の補足意見より
上記決定文には、刑事司法が子の奪い合い紛争に介入することを避けるべきあるとする、滝井繁男裁判官から反対意見が出ました。
これに対し、決定文に賛成した今井功裁判官から、補足意見という形で反論がなされています。裁判所の考えが分かりやすく示されているので引用します。
「私は、家庭内の紛争に刑事司法が介入することには極力謙抑的であるべきであり、また、本件のように、別居中の夫婦の間で、子の監護について争いがある場合には、家庭裁判所において争いを解決するのが本来の在り方であると考えるものであり、この点においては、反対意見と同様の考えを持っている。しかし、家庭裁判所の役割を重視する立場に立つからこそ、本件のような行為について違法性はないとする反対意見には賛成することができない。
家庭裁判所は、家庭内の様々な法的紛争を解決するために設けられた専門の裁判所であり、そのための人的、物的施設を備え、家事審判法をはじめとする諸手続も整備されている。したがって、家庭内の法的紛争については、当事者間の話合いによる解決ができないときには、家庭裁判所において解決することが期待されているのである。
ところが、本件事案のように、別居中の夫婦の一方が、相手方の監護の下にある子を相手方の意に反して連れ去り、自らの支配の下に置くことは、たとえそれが子に対する親の情愛から出た行為であるとしても、家庭内の法的紛争を家庭裁判所で解決するのではなく、実力を行使して解決しようとするものであって、家庭裁判所の役割を無視し、家庭裁判所による解決を困難にする行為であるといわざるを得ない。近時、離婚や夫婦関係の調整事件をめぐって、子の親権や監護権を自らのものとしたいとして、子の引渡しを求める事例が増加しているが、本件のような行為が刑事法上許されるとすると、子の監護について、当事者間の円満な話合いや家庭裁判所の関与を待たないで、実力を行使して子を自らの支配下に置くという風潮を助長しかねないおそれがある。子の福祉という観点から見ても、一方の親権者の下で平穏に生活している子を実力を行使して自らの支配下に置くことは、子の生活環境を急激に変化させるものであって、これが、子の身体や精神に与える悪影響を軽視することはできないというべきである。
私は、家庭内の法的紛争の解決における家庭裁判所の役割を重視するという点では反対意見と同じ意見を持つが、そのことの故に、反対意見とは逆に、本件のように、別居中の夫婦が他方の監護の下にある子を強制的に連れ去り自分の事実的支配下に置くという略取罪の構成要件に該当するような行為については、たとえそれが親子の情愛から出た行為であるとしても、特段の事情のない限り、違法性を阻却することはないと考えるものである。」
上記、今井裁判官の補足意見から分かるように、裁判所は、家庭裁判所の役割を重視しつつ、例外的に、実力行使の子の連れ去り行為についてのみ、誘拐罪の成立を認めているに過ぎないのです。
上記、小魚さかなこ弁護士の見解はこのことを指摘しているわけですね。
運用は本当に変わるのか?
上記のように、警察や裁判所の態度は極めて明確といってよく、一見して疑問が浮かぶ余地がないのですが、柴山議員が主張するように、運用が変わることが果たしてありえるのでしょうか?
私は絶対にゼロだと断言します。
①運用を変え、「正当な理由がない」子連れ別居を誘拐罪として処罰するには、そもそも法令改正が必要である。なぜなら、上記に示したように、条文にそのような文言が存在せず、子連れ別居を正当な理由ないとして処罰することは罪刑法定主義を定めた憲法31条に違反する。
②いわゆる記述されない構成要件であるとしても、警察が子連れ別居した監護親を逮捕することはできない。なぜなら、令状が必要だからである。(刑事訴訟法199条)
そして、裁判官が令状を発布するのは、「逃亡のおそれ」か「罪証隠滅」といった、逮捕の必要性がある場合に限られる。(刑事訴訟法規則143条の3)
ところが、離婚手続きを行いたい監護親が証拠隠滅だの逃亡するだのを行う可能性はきわめて低く、DV支援措置を受けている場合は、警察の管理下にすらある。
つまり、逮捕の必要性が生じない。
③上記、平成5年の最高裁判決によると、民事法上、子連れ別居は適法として認められているのであり、民事法上適法な行為を刑事法上違法とするのは、論理的一貫性を欠いている。
④監護親が離婚前に別居することは、社会一般に見られるものであり、今井裁判官の補足意見にしたがうならば、誘拐罪の成立を認めるべき、社会的相当性を欠く実力行使(自力救済)であるとはとうてい考えにくい。
⑤また、通常の子連れ別居のケースでは、家庭裁判所の手続き(家事事件手続法による、子の監護に関する処分の審判における引渡命令と審判前の保全処分といいます)が確保されており、誘拐罪を適用する必要性がない。
⑥③~⑤の事情から、検察官が、子連れ別居した監護親を未成年者略取罪として起訴する可能性が考えにくい。(冒頭見たように、柴山議員がツイートしたのは「警察庁」の関係者であり、検察庁ではない。)
起訴を最終目的としない、逮捕のための逮捕はもちろん違法であり、起訴したとしても公判を維持できる可能性がほぼないと考えられる。
要するにプロパガンダなのだが。。。
この「子の連れ去り処罰」論は、要するに柴山議員らの共同親権推進派へのプロパガンダであり、予想されるところ、打越議員ら野党側から、国会の場において、共同養育議員連盟総会における警察庁担当者による説明について質疑がなされ、これまでの運用通りという答弁がなされる。
こんな幕引きであろうと大方予想されます。
もし、警戒するとすれば、このプロパガンダを社会的に悪用し、法令改正や、子連れ別居への社会的圧力、共同親権導入のためのテコに利用されることにあると思います。
(この連載つづく)
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