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『シン・二ホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』の書評

・超要約

AIとは「特定分野のやり方を学んで、効率よく作業を行えるようになるもの」。どの産業にでも適用可能。そのため、どう活用するのか、を全国民が考えられるようになることがこれからの日本の課題。

しかし、そのためには、教育のカリキュラムを変えないといけない。人材育成用の予算も出す必要がある。けれども、そのお金は老人に使われている。未来を考えろ!!

ざっくり言うとこういう話でした。


・なぜビジネスマンに人気なのか


本書はいま、ビジネスマンの話題の書らしい。私もイケイケのITマンに勧められるままに読んでみました。そして、なんとなく人気の理由もわかりました。

本書は、
AI社会とはどういう社会なのかということと、
日本はこれからどうすべきなのか、


という問いに答えるための本なので、基本的には社会問題の概論でした。

どちらも、なんとなく騒がれてるけど、実際どうなってるのかよくわからないな~と思われるものNO1

概論で社会のことがわかり、さらに若者応援賛歌なので
いまの若いイケイケのビジネスマンにウケるのもよくわかります。
きっとどの業界にも「老害」がいて困っているのでしょう。


・各章要約


さて、まずは簡単に本書の内容を追ってみましょう。

1章 データ×AIが人類を再び解き放つ――時代の全体観と変化の本質

この章では、AIの社会って言われてるけど、そもそもどんな社会なの?ということが語られています。

まず、AIとはなんなのか。著者の安宅和人さんは簡単にこう定義しています。

計算機 × アルゴリズム × データ = AI  『シン・二ホン』
(NewsPicksパブリッシング) (Kindle の位置No.375). 株式会社ニューズピックス. Kindle 版.

つまり、


計算機に色々な計算の「やり方(アルゴリズム)」をぶち込んで、
何度も練習させたものをAIと呼ぶそうです。


やり方を教えればいいので、すべての産業においてAIは活用することができます。もっともAIとは遠そうな農業ですら、その発想自体ではいくらでも活用できるそうです。

以下の写真を見てください。

農業

(NewsPicksパブリッシング) (Kindle の位置No.432). 株式会社ニューズピックス. Kindle 版.

壁に農作物を植えて、横からLEDライトを照らして栽培しているそうです。縦に管理できれば、これほど効率的な方法はないですよね。

この農業のやり方や、iPohneという商品のようなものを生み出すのに必要なのは、


問題意識を持ち、それに対して技術とデザインで解決すること


です。

まとめると

AI社会とは、
課題に対する「解法(アルゴリズム)」を見出し、
AIにそのやり方を習得し実践してもらう社会
ということだと言えます。


第2章 「第二の黒船」にどう挑むか―日本の現状と勝ち筋


さて、AI社会はどういう社会かというのはわかりました。

それでは、今の日本はどうなっているのでしょうか。

よく言われるのが、GDPの伸び率が低く、生産性が低い。国際競争力に負けている!!ですね。

そして、その原因としてあげられるのが、

「日本はICT(Information and Communication Technology: 情報通信技術)で負けたんだ」
(NewsPicksパブリッシング) (Kindle の位置No.857). 株式会社ニューズピックス. Kindle 版.



しかし、ほんとうにそうでしょうか?アメリカと比較すると、実はIT産業は同じくらいの規模なのです。


IT産業アメリカ比較

(NewsPicksパブリッシング) (Kindle の位置No.863). 株式会社ニューズピックス. Kindle 版.



日本国内で見てみても、IT産業だけが成長していて、他の企業はほとんどマイナス成長です。



日本ではIT産業は言われてるほど出遅れたわけではないのです。



それでは、なにが原因かというと、むしろ他の産業です。アメリカでは諸々の産業もマイナスはほとんどなく、成長しています。



色々な改善をしているのでしょうが、それこそAIを導入していっているのではないのでしょうか。詳しい分析はなされていませんでしたが、
日本の課題は諸産業を成長させることにあるということです。



文脈上、AIを使って全産業の生産性をあげていけ、ということでしょう。





3章 求められる人材


日本の現状がわかったら、次は
そのために求められる人材像とはどういう人なのか
というところに論点が移ります。


この章は、個人的には全章の中で一番見どころのある内容でした。なぜなら、安宅さんの専門分野である神経科学から「知性」とは何かを説いた章だからです。
いままでの概論よりも専門性が高く、面白い章でした。


さて、話を戻して、まずAI社会を生き抜くうえで最低限必要なスキルは三つあると安宅さんは言います。それが以下の図です。


3つのスキル

(NewsPicksパブリッシング) (Kindle の位置No.2054). 株式会社ニューズピックス. Kindle 版.

課題解決力・数学力・IT技術力の三つですね。
これらがセットになって、AIを使いこなせるようになります。


さきほどの農業で言えば、敷地面積の問題を発見し、その解決方法を考える(課題解決力)。そして肥料や水分量や光量などの統計的データを取り扱い(数学力)、AIにその作業ができるように指示を出す(IT技術力)といったところでしょうか。


車の作り方を知らなくても車に乗れるように、扱えるレベルの最低限の知識でいいそうです。いわゆるリテラシー能力として身に着けましょうよということですね。



さて、ここから、教育について考える前に、そもそも「知性」とは何かという本質的な話になります。

神経科学による情報処理能力としての知性とは、
「入力→処理→出力」における、処理に当たるといいます。
入力を出力につなぐ力のことを知性と呼ぶ
のだと安宅さんはいいます。


そうなると、「じゃあ処理能力が重要なのですね」
となりがちですが、実はその前段階、「入力」にあたる「知覚」が重要なんだと彼は指摘しています。


なぜでしょうか?
それは情報は知覚を通して入ってくるからです。


さらに、その知覚は経験を通さなければ情報の意味をうまく入力できないのです。たとえば、生後3~4か月暗闇で育てられたサルは成長しても丸や四角の形の区別も出来ないそうです。

意味を「知性」で処理する前に、
そもそも知覚の段階から認知としての意味理解が始まっています。
そしてそれぞれの知覚を通して入ってきた意味を「知性」で統合して、
それらが意味する全体像を考えるのです。


知覚と経験

(NewsPicksパブリッシング) (Kindle の位置No.2203). 株式会社ニューズピックス. Kindle 版.


当然ながら、この知覚は、人によって様々に異なります。
ここにこそ、「個性」が生まれる秘訣があるわけです。

そのため、知覚機能を鍛えるためにも、色々な実体験をしていくことが人材教育に求められることになります。いままでの知識を詰め込める教育ではいけないわけです。


第4章 未来を創る人をどう育てるか

さて、以上までの概論が終われば、あとは具体的にどうすべきなのか、という話になります。詳しい提案は本書に任せるとして、概要として一気に見ていきましょう。


4章では、一般教養レベル・専門家・リーダー・博士課程、
それぞれに対して詳しい教育論を述べていますが、
ざっくり要約すると、思考力と語学力と数学力を専門関係なく学ばせろ。



ということです。


第5章 未来に賭けられる国に

この章では、国家予算の使い方がおかしいと、悲痛の叫びをあげています。

研究費にお金を全く割かない。社会保険料に100兆円も使って、平気で45兆円も借金する癖に、3兆円の研究予算は渋るのはおかしいと安宅さんは憤っています(我々研究者も現場ではいつもその悲鳴を聞いています)。



そしてそのような不満を官僚に言うと、
「企業と提携して金をとって来い」と反論してきます。

しかしながら、
アメリカですら企業提携ではなく大規模な基金で研究費を確保しているのです。一体日本の官僚はどこの国の話をしているのでしょうか!
国家予算のリソースの適正配分を!!


第6章 残すに値する未来

最後の章では、経済性ばかりでなく、環境問題全体を鑑みて、持続可能な社会(SDGs)との兼ね合いを考えないといけないと提言する章でした。

正直、この章のおかげで、批判点がほとんどなくなったと言っていいでしょう。たいてい、ITで国力を取り戻せ、という内容の本では、経済性の追求が無前提に肯定されがちです。

しかしながら、安宅さんはそれだけではいけないと警鐘を、ゆるやか~に鳴らしています。
この、緩やかさが、ウケのいい秘訣でもあるのでしょう。経済性に対する批判はたいていの場合、語気が強いことが多いので、聞き手が拒絶反応を起こしやすいのです。


さて、安宅さんは最後に、せっかくAI社会来るのだから、自然と共に生きていきたいと考えます。
そして、彼は「風の谷」という廃村から新しく村を作る方法を考えているそうです。


AI社会について考える――論点・批評


ほとんど批判がしにくいほど真っ当な概論であったので、書評しづらくはあるのですが、逆に、ここまで概論をするのであれば、もっと突っ込んでいい論点があったのではないかとも思います。

まずは、フリーランサーの問題。

スタートアップ企業やフリーランサー等が増えて、色々なAIの活用方法を多くの個人が考える時代となる、ということでしたが


それは、逆に考えれば、超自己責任の時代が来るということではないでしょうか。
誰もが社長になる。どれが成功するかはわからないので、大手資本が各人に資本投下し、成功したところは合併や買収をする、いま孫正義さんがやっていることですね。それをする人の数が増えるのではないのでしょうか。


さて、ここで考えなければならないのは、
おそらく、成功する確率は1%にも満たない、ということでしょう。


労働基準法は、雇用されている者が守られる法律です。
いま現在だけでも、
広義の意味でのフリーランサーは6人に1人だと言います。


安宅さんは貧困問題にも多少触れていましたが、このまま行くと、
格差はより拡大し、安宅さんが懸念するような、
能力が環境要因のために発揮できない人がますます増えるのではないでしょうか?
(安宅さんによると、若者の三人に1人がすでにその状況にいます)

労働市場がどうなっていくのか、という構造の問題は気になりました。


次に、社会保障費の問題

これも貧困問題と同じ流れではあるのですが、

やはり、概論の持つ危険性というか、

高齢者への保証を一緒くたに批判することによって、実は高齢者の格差を助長しかねない問題がある、ということです。

たしかに、年金を大量にもらっている高齢者も数多くいますが、

一方で、『下流老人』という本が出たように、生きてくのもままならない高齢者も数多くいます。
問題は、これも安宅さんの言う通り、リソースの配分が適正なのか?の問題です。

ただ、ここまで細かい突っ込みは、本書に求めるのは酷だとは思いますが。


3つ目は知覚の問題

安宅さんは、あくまで情報処理としての機能の面における「知性」の定義であるとして論を展開していますが、それでも今後、この考え方にもパラダイム・シフトが来るかもしれません。

近年では、腸内フローラが思考に影響を与えることがわかってきました。これは、私たちには単純には「知覚」できないことです。

哲学の一分野・現象学においても、「知覚」は大変重要な位置を占めています。

しかしながら、この腸内フローラなどとの共生による影響は、どう考えればよいのでしょうか?

そのような意味では、人類学から最近生まれてきた新しい哲学
アクターネットワークセオリー(ANT)などが近いのかもしれません。

この哲学は、物質・非物質にかかわらず、すべてのものは相互作用的に関わりあい、その深度が高い程、お互いに逆説的に自律性を帯びる
といった理論です。

AI同様、人間についての理解の変化も激しく、ついていくのが精いっぱいですね。



最後に、AI社会に取り残されていく中高年層の問題

本書では、繰り返し、AIの知識がない中高年層が「じゃまおじ」「じゃまおば」にならないよう、多少の知識を身に着け、勝海舟のように若者のために道を作りましょうと説きます。

精神論としては、間違いなくその通りです。

ただ、一方で、それこそAIで解決できないの?とも思います。

私は、よくイケイケのITマンたちに高齢層に対するビジネスの話はないのかと聞くのですが、たいてい高齢層はもうほっとく、といった態度を取られます。

IT産業という広いくくりで言えば、「ネット」だけではなく、「パソコン」や「通信(携帯)」も入るので、

そこらでの産業では、PCデポやキャリア携帯のサービスのように高齢者から高額の料金をせしめているよ、

といったような全くスマートではないビジネス構造だけが出てきています。


たしかに、楽天市場の見にくいHPは、ボリューム層の中高年層向けにした結果らしく、
マジョリティというだけで対応していくと、それこそガラパゴス化して世界に取り残されそうな気もします。

しかしながら、こういった現状を見ていると、AI社会で色々と便利にはなると思いますが、
なんだか根本的な問題は解決しなさそうな気がしてならないのです。
社会問題はAIではなく、人間自身が解決していくしかないのですかね?

とりあえず、いちゃもんのような批評しかでないくらい正論を唱えている本でした。

日本の夜明けを憂う烈士は、ぜひご一読してみてください。



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