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「デ・キリコ展」;出来るだけアナタに伝わるように書く感想文㊵
「デ・キリコ展」(展覧会/2024/@東京都立美術館)
ギリシア産まれで、主にイタリアデ活躍したジョルジョ=デ=キリコ)Giorgio de Chirico)。1910年以降、後に「形而上絵画」と呼ばれ、シュルレアリスム等に大きな影響を与えた。そんなデ=キリコの日本における10年ぶりの大回顧展が本展覧会。自画像からポートレイト、モティーフに加えてブロンズ像などを含めたおおよそ150の作品が展示される。
革命的に絵が上手だった。
あれだけの自画像を描く能力を持つ人が描く静物画に僕はとても引き込まれ、同時に作品を描く際のテーマが秀逸で恐れ入った。
個人的には立体感の表現が僕の少しばかりの鑑賞経験の中ではダントツだったと思う。
襟の表現、光の表現、建物の表現。
すべてが洗練されていたというのが正直な感想。
もちろん存じ上げていたが、ここまで僕の感性に合致することが意外で楽しかった。
その国のアイデンティティというものが、普遍的に理解されている国家や地域というものはどれくらい存在するのだろう。
本展覧会のデ=キリコは彼の出身がギリシアであったこともあり、ギリシアの古典美術を尊重した作品を相当数描いていた。そんな作品で描かれるギリシアについてそのアイデンティティはかなり確立されたものだったと振り返ることが出来る。服、椅子、髪の毛。。こうしたものからギリシアらしさは非言語的に表現することが出来るとともに、そこに古代への尊敬の意を我々は感じる。
このアイデンティティと、それに対するリスペクトを得られる国と地域は限られてくるはずである。
日本にはそれがあるのだろうか。僕の答えは、間違った方向ではあるもののあると思う。
そしてその価値はただの絵の一枚の価値よりも尊いもので、もう一度考え直すべきものではないのだろうか。
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