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エコロジカルアプローチ①-学習者中心の最新トレーニング理論-


1.はじめに

僕がエコロジカルアプローチに触れるキッカケとなったのは、当時大学4年生の時に戦術的ピリオダイゼーションの論文を漁っている時でした。
やたらと「生態心理学」というワードが出てきました。生態心理学とはギブソンという心理学者が唱えた理論です。

そこからそのワードを基に紐解いていくと辿り着いたのが「エコロジカルアプローチ」です。この理論は日本で当たり前とされているコーチの言語による『矯正』的な指導(私はこれを言語依存型と呼んでいます)から、選手が自ら学習する『探索』的な指導(前に倣い環境依存型と呼んでいます)を提唱する革新的なトレーニングアイデアとなります。

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僕が本格的にこの理論をチームに導入したのは今年4月頃です。(昨年から引き続き戦術的ピリオダイゼーションも採用しています)

日本サッカー界で実際にエコロジカルアプローチを実践している人は相当少なく、恐らく国内で最もエコロジカルアプローチを本格的に扱った記事となると思います。

それでは本編です。


2.ギブソンによる生態心理学の提唱

ギブソンとはこれまでの伝統的な知覚論に異議を唱え、アフォーダンスの概念などを提唱したアメリカの心理学者である。
ギブソンの理論は要素還元主義との決別と言える。生態心理学は要素を分解して人間の行為を理解するのではなく、人と環境の相互関係に着目するものだ。人と環境は相互関係と互恵性[お互いに利益を与え合っていること]で成立している。その両方が組み合わさってシステムを形成する。
生態心理学がなす洞察の1つに「相互依存の原理」がある。これは動物と環境の相互依存的関係を意味している。この際両者が双方向で関わっていることはとりわけ重要である。

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つまり人のみで行為を理解することは不可能であり、人が活動している環境との関係性も考慮して行為を理解するというものだ。そして人と環境を繋ぐものが「知覚」である。これは正しくは直接知覚と呼ばれる。

直接知覚とは、世界を知ることであり、認識することである。例えばリンゴを知覚するとき見た目や手触り、甘いといった細かい情報よりも先に「リンゴそのもの」であるということを『直接』知る。頭の中で「情報処理」する前に環境から直接知覚するのだ。この点で大事なのは頭で考えるよりも先に、直接的に情報を知覚している点だ。
また知覚とは能動的に行われるものである。学校の授業でしばしば起こるが「前の人がいて黒板が見えない」ときも身体を動かしたりしてどうにか黒板を見ようとする。そのように能動的に情報を知覚しようとするのが動物の特徴の1つだ。

◯適応
適応とは環境条件に適合することと定義される。環境の特徴として「多様性」と「不変性」がある。多様性は主に3種類あり、

①時間:変化  ②空間:物質の変動  ③実体:実体の多種多様性

不変性とは変化せずに持続する事実のことである。空間と時間は相互依存であり、空間の不変性は時間の変化との関係で検出される。例えば家の位置というのはある程度時間[時間の変化]が経っても変わらず[空間の不変性]に存在している。このように時間の流れによって不変的に存在するかどうか知ることができる。簡単な例だとサッカーは時間が経っても味方は11人という人数は変わらない。運動学者のフランボッシュはこれをアトラクターフラクチュエーターと呼んでいる。

◯ニッチ
生態系において動物はその属する系でどのように生存するかを潜在的に模索する。この時動物はどこに住むかよりも、いかに住むかを重要視する。ニッチとは環境から与えられる生活様式のことでその動物にとって好都合な状況のことを意味する。ニッチはアフォーダンスとセットであり、2つ以上の種が同じ場所で生息する時、それらは異なる方法でニッチを探す。
レアル・マドリードやフランス代表が「エコロジカル」と言われる側面にはこのニッチをもとに考えると分かりやすい。両チームとも強烈な個が所属している。彼らを無理にチームのサッカーを学習させるよりも、彼らを共存させることを考慮しトレーニングデザインすることで個々人の「ニッチ」を探索させ生態系=チームの中で生活させる。すると争いが起きることなく系は保たれる。しかしニッチは動物が利用・占有するものだ。動物の生態系がある種の暴走で破壊されるように、誰かが他人のニッチを侵せば争いは起きるだろう。

3.エコロジカルダイナミクスによるトレーニング

ここからがトレーニングに関する内容となる。

これまで多くの指導現場で採用されてきた従来のトレーニングは「閉鎖的」で「確実性」な考えである。1つの要素を切り取ってトレーニングすることや決まった動きを繰り返すドリルトレーニングはその一例だ。それはパフォーマンスコンテキスト、つまりゲームの文脈[環境で何が起こっているのか/起こったのか/起ころうとしているのか]が存在しない環境であり、環境との相互作用は起こらない。なぜならゲームで存在する情報とそれから導かれる運動との関係性が分断されているからだ。

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しかしチームスポーツは動的な環境であるため予測不可能性が含まれるなかで競争が存在し、情報の獲得が保証されることがないのが特徴である。
またコーチが口頭で情報を提示し、「規範的」なプレーを示す指導方法は戦術行動をコーチを通じて学こととなるため「コーチ中心のトレーニング」であり「言語に依存するトレーニング」である。しかしコーチが気をつけなければならないのは、あるアスリートにとって最適な動きが他のアスリートではそうでない可能性があるという点だ。テニスや空手、バレーボールなど様々なスポーツのアクションにおいてある目的を達成するための動作パターンが異なることは多くの研究で明らかにされている。つまりある行為をするとき「方法」は異なるのだ。しかし人は同じ「目的」を達成することができる。シュートを打つ動作パターンは違えど、ゴールを決めることはできるように。これは目的に対して人が自己組織化している最たる例だ。

エコロジカルダイナミクスは生態心理学における直接知覚やアフォーダンスに基づいており、情報がどのように行動を制約し、行動とアフォーダンスの知覚がどのように結びついているかを説明する理論だ。
まさに「コーチ中心のトレーニング」ではなく、選手が自ら情報を探索して学習する「学習者中心のトレーニング」である。着目するのは『選手と環境の相互作用』だ。
そしてパフォーマンスを引き出す「知覚と行動」の関係性に焦点を当てる理論である。この際行動と知覚は相互に補完している。知覚とは情報を知ることであり、行動は情報を探すという役割もある。
デザインされたトレーニングは特定的な方法を示すことはなく、課題を達成することを導く環境を設計することで行動を導くのが特徴的だ。

◯エコロジカルダイナミクスにおける「習得」の意味
学ぶことつまり「習得」とは認知科学において再現可能な記憶を脳に保存し、適切なタイミングで想起できることだとされている。しかし正しい解釈は「スキル適応」である。なぜなら習得により深まるのは習得した選手自身ではなく、選手と環境の間にある機能的な関係性であるからだ。言い換えると情報と動きのカップリング形成とも言える。

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このカップリング形成はタスクを達成するために必要な情報源に慣れ、機能的な動きと結びつけるプロセスだ。ドリルトレーニングは選手が活動する環境と実際のゲーム環境で情報源が異なるので、「スキル適応」は起こらない。
誰しも「練習では上手くいくのに試合では上手くいかない」「自主練では上手く蹴れるのに試合になると..」という経験はあると思う。これは選手と環境の関係性が開発されていないからだと理解できる。

スキル適応は柔軟性によってもたらされる。柔軟性とは運動の巧さのことではなく、多様な環境に適応できることを指す。スキル適応の能力を高めるには、時間の経過とともに変わりゆく環境の中で不変的な情報へ注意を向ける力を高める必要がある。

◯繰り返しのない繰り返し
前述した「動作パターンが異なる」ことは変動性と捉えることができる。これまで変動性エラーやノイズと捉えられていた。しかしベルシュタインによるダイナミックアプローチによりその考えは否定された。変動性はノイズではなく機能的なものであり、熟練された動作に見られる特徴と分かったのだ。変動性は学習プロセスの一部なのだ。
シュートを例に出そう。マクロ[相手の位置や打つ場所、シュート前のプレーなど]としても、ミクロ[関節の位置やキック動作]としても全く同じ方法」でシュートが決まることはない。しかし「方法」は異なってもゴールという「目的」は達成できる。

このように選手に課す目的意図は同じまま、様々な環境でトレーニングさせることで複雑で多様な環境でも一貫したパフォーマンスを発揮することができるようになる。このことから「繰り返しのない繰り返し」が推奨される。この際選手は「探索的学習」であることが好ましく、環境の文脈が変化する中で解決策を探索することが理想だ。よってコーチは選手の「自己解決」を期待する=待つ必要がある。その代わり制約により、選手の発見を導くことができる。この面からもコーチはトレーニングデザイナーであると言えるだろう。

※この「繰り返しのない繰り返し」についてはフランボッシュが、アトラクターとフラクチュエーターを用いて分かりやすく説明しているのでそちらも参考にしてください。

◯タスクの簡素化
これまでの主張を踏まえると、ゲームスキルを個別にトレーニングすることで起きる「タスク分解」の問題点は理解できるはずだ。ドリルトレーニングや環境に変化が起こりづらいトレーニングはタスクの単純化と呼ばれる。タスクを分解し、単純にすることで選手の理解を促すことが「タスクの単純化」の目的だ。
しかしこのタスクの単純化が引き起こす環境と選手の相互作用の分断はこれまでの章で理解で説明した。タスクの単純化の中でトレーニングしてもある限られた単純な動きが上達するだけで「スキル適応」は起こらない。重要なのはタスクを単純にすることではない。事前に情報が保証されないゲームの文脈の中で複雑な状況に適応し、全体の情報と統合されたままの動きを目指す必要がある。よってゲームの特徴を失うことなくトレーニングをすべきだ。その状況で選手は意図を達成するために情報収集を行う。そのプロセスが無駄なく行われることを目指す。それを「タスクの簡素化」と呼ぶ。

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◯アフォーダンス
アフォーダンスとは、物事の意味や価値のことである。これを動物が知覚し、行動する。アフォーダンスは、行動の機会を人に提供するのだ。
例えば歩くとは、身体の「歩く」という身体の性質+環境の「歩かせる」性質が適合した結果である。これは環境と動物が相互作用している一例である新しい行為を獲得した際にそれを「覚えた」と錯覚するが、そうではなくそれを可能にする環境、つまりアフォーダンスが存在していることを忘れてはならない。

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人は環境にある選択可能なアフォーダンスの中で最も価値のあるアフォーダンスを選択する。ここで言う「最も価値のある」というのは個人的なものであり、好みが左右する。

アフォーダンスは時間と重要な関係性をもつ。チームスポーツにおいて時間が経過するとともに全体の状態は変化する。そして全体の状態が変化すれば行動の機会[アフォーダンス]は変化する。この際変化する情報は主に①自己情報[位置・疲労・感情・体力など]②外部情報[相手の位置・疲労・環境・体力など]がある。

アフォーダンスは人間の認識と関係なしに存在している。人間が要求や動機を持つことで初めてアフォーダンスは利用されるのだ。

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チームの行動に影響を与えるアフォーダンスを理解することで、コーチは理想的なプレーを導くトレーニングをデザインすることができる。そのデザインの鍵を握るのが制約主導型アプローチである。


4.制約主導型アプローチ

エコロジカルアプローチを実践するには「制約」が人の行動にどのような影響を与えているかを理解する必要がある。制約にはタスク/人/環境の主に3つである。

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◯人の制約
人の制約としてあげられるのは、スキル/知覚/体重/筋出力/感情/身長/疲労 がある。前述したスライドにもあるが環境が行動を導くアフォーダンスを提供していたとしても、それを実行する能力がなければ行動は達成されない。

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◯環境の制約
環境の制約としてあげられるのは、社会文化/ピッチ状況/天候/観客がある。注意すべきは社会文化である。例えばその地域の風習によっては禁止されている行為もある。また土のグラウンドでは「ボールから目が離せない」こともあるが、これも立派な制約の1つである。

◯タスクの制約
タスクの制約としてあげられるのは、意図[目的]/ルール/コートサイズ/スペース/相手/味方/道具 がある。そしてタスクの制約こそコーチがデザインできる最大の制約である。
とりわけ「意図」は重要な制約となる。意図は身体が環境との関係を保ちながら実行するまとまった行為と定義される。例えば「走る」時でさえ、どこに走るかという意図を持っている。この意図的行動は身体の構成要素[筋・関節・骨など]が自己組織化するための基盤である。走る時に構成要素を細かく動かして意識的に調整することは不可能である。よってそれらの調整は無意識的に行われており、意図に向けて自律的に連動するのだ。
このように環境の意図・課題に対して身体が協調して行動することは前述した柔軟性が支えている。
また相手も重要な制約だ。競争を起きるのは相手の存在であり、例えば球技において相手DFをドリブルで抜くときは①接触までの時間②相手との距離③相手のスキル などを考慮してプレーが行われる。守備の名手エンゴロ・カンテと初心者を相手にするのでは当たり前だがプレーは全く変わってくる。




この3つに加えコーチの介入も重要な制約の1つだとされる。「注意の焦点」は学習に大きな影響を与える。主に2つの種類がある。

インターナルフォーカス:身体の内部への焦点。足の位置やボールのミートポイントなど
エクスターナルフォーカス:身体の外部への焦点。ボールを蹴る場所や結果など

様々な研究でエクスターナルフォーカスによるパフォーマンスの向上は報告されている。これは何度も記述している通り、動作パターンではなく意図に対して身体が自己組織化するためだと思われる。
フィードバックのタイミングや量も重要なトピックだ。またプレー後/セット間/プレーが成功したとき/失敗したとき などタイミングは様々だ。エコロジカルダイナミクスは「探索的学習」であるため、発問により選手から答えを導くやり方が理想的である。
デモンストレーションを行う際は、そのプレー方法が限定的でないか注意しなければならない。そのデモがある選手には最適でない可能性もある。よって提示する情報には気をつけないといけない。

【制約の一例として】
コンビニまで行くときに徒歩か自転車か

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制約によるトレーニングデザインは、数あるアフォーダンスに「」をつけるイメージだ。つまり最も勧誘したいアフォーダンスを選手が知覚して利用する能力を高められるように設計する。設計を通じて関連の低いアフォーダンスは良い意味で無視しながら特定のアフォーダンスを利用するように導く。「自己調整」をガイドするのだ。

コーチの仕事は制約を操作することだ[特にタスクの制約]。「規範的」な指示ではなく、ガイド付きの発見と自己探索を導く。コーチングの価値が低下しているのではなく、コーチはどのように選手を形成するかを認識する必要がある。常に正解はなく、どのように選手を形成するかを考え続ける必要があるだろう。

◯補足として
試合中の知覚に影響を与える情報をして「試合前の情報」がある。例えばゲームプラン相手の情報自分たちのシステムだ。これらの事前情報とピッチで選手が受け取るリアルタイムの情報がどのように相互作用するのかを考慮して、トレーニングデザインする必要がある。



5.おわりに

いかがだったでしょうか。

なるべく分かりやすく執筆したつもりですが、難解なワードが多く難しかったと思います。次は実際にエコロジカルアプローチをどのように運用しているかを実践例を用いて紹介できればと思っています。

正直僕が長い月日をかけて学んできたことを無料記事にして公開することには抵抗がありました。

しかし僕の指導者を志した原点は、非科学で理不尽な指導を受けたことでした。その指導を受けてサッカーが嫌いになっていく仲間をみて、「この国から理不尽な指導を無くし、選手が心の底から楽しめるサッカー環境づくりに貢献したい」と思ったのがキッカケです。
そして今も悲しいことに理不尽な指導は残っています。先日小学生たちをアスファルトの上をスパイクで素走りさせているコーチがいました。そして泣きながら走る子どもに「なぜ泣いてるんだ?泣くなら走るなよ」と怒っていました。本当に悲しかった出来事でした。

もし僕の学んできた知識を発信することによりほんの少しでもでもこの国のサッカー文化を底上げするならと思い、無料公開させていただきました。

読んだ方々が選手たちの未来が明るくなるために理論的に指導をすること願っています。そして少しでも多くの人に届くようSNS等での拡散をご協力よろしくお願いします。

ご拝読いただきありがとうございました。

小谷野

参考文献[記録してあるもののみ記述させていただきます]

1.Newell, K. M. (1986). Constraints on the development of coordination. Motor development in children: Aspects of coordination and control

2.フランボッシュ(2019) コンテクスチュアルトレーニングー運動学習・運動制御理論に基づくトレーニングとリハビリテーション 

3.トマス・J. ロンバード (2000) ギブソンの生態学的心理学―その哲学的・科学史的背景

4.Ross A. Pinder, Keith Davids, Ian Renshaw, Duarte Araújo(2011) Representative Learning Design and Functionality of Research and Practice in Sport Duarte AraújoRepresentative Learning Design and Functionality of Research and Practice in Sport

5.Araujo, Duarte and Davids, Keith W. and Hristovski, Robert (2006) The ecologicaldynamics of decision making in sport

7 Mark Upton() Principles of Non Linear Pedagogy

8.Yann Daout(2019) Dynamical systems

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小谷野拓夢/koyano hiromu
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