人身事故遭遇記(2023年10月24日)
あの日はすこし残業をした日だった。客先まわりを終えて、伝票やら見積もりやらをまわした後に、品川を午後六時五十三分に出る勝田行きの中距離電車に滑り込んだ。夕方を少しまわった時間の電車はそれなりに客が多かったと記憶している。
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記憶が正しければ、我孫子を過ぎたあたりで「先行の電車で異音を感知したため、この先この電車にも遅れが発生する可能性があります」と車内放送が流れた。この時はまだなにも気にしなかったが、取手を出たあたりで「お知らせします。先行の電車が荒川沖―土浦間を走行中に人身事故が発生しました。この電車はこの先の駅で運転を見合わせる可能性があります」と断定する放送が流れた。
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冷談かも知れないが、率直に「困るな・・・」という思いだった。取手を出る前に放送してくれれば、関東鉄道に乗り換えて守谷経由でつくばエクスプレスに乗り換え、バスで土浦へ向かう代替手段があったが、後の祭り。「行くところまでは行く」という放送を信じ、身を委ねる。龍ケ崎市、牛久までは歩みを進めたが、ついにひたち野うしくで運転を取りやめた。待てど暮らせど電車が動く気配はない。仕方がないので降りて駅員に尋ねる。「タクシーとかないの?」。駅員はタクシー会社の電話番号を渡してきた。なおも食いつき「タクシー券とかは・・・」と尋ねたが、「そういったものはない」と断られた。
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自宅がある土浦市まであと二駅、二駅進めば帰れるが、運転再開の見込みはない。後続の特急ときわに至っては、ドアを閉じたままひたち野うしくで立ち往生している。乗客が気の毒だった。仕方がないのでタクシーを探しても見当たらない。バスもない。車もない。タクシーアプリで車を手配したら、迎車料金まで取られることになった。なんとか帰りの足を確保した。
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カードから五千円を差し引かれ、なんとかひたち野うしくから土浦へたどり着いた。十キロ五千円は財布が痛かった。近くの事故現場では、電車の下を覗き込む土浦署員や消防隊員らがうごめいていた。ライトが電車を、下を照らして「何か」を回収しているようだった。
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翌日の朝刊にはベタ記事で乗っていた。
翌朝、土浦から出る上りの特急スーパーひたちに乗った。まじまじと現場をよく見ると、水戸方の線路のポイント付近から橋にかけて取り切れなかったらしい血しぶきが五十メートルぐらいか飛び散っていて、その悲惨さを物語っていた。
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しかし当時は怒りを覚えた。翌日も早く出勤しなければいけないのに足止めを喰らった。その上不眠症ときたものだ。怒りのやり場がなかった。会社で同僚に「昨日よお・・・」と話したら、「まあそんな日もあるさ」と返された。「ところで狐ちゃん、メシはどうすんの?一緒に行くか?」「ああ、そうだね」と短く会話して事は終わった。
あの自殺した二女性に何があったのだろう。記録として残しておく。
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