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大手中小人材派遣あれこれ

 筆者が人材派遣業界から身を引いてもうすぐ一年が経とうとしている。といっても奥深い部分まで携わったことはないし、言ってしまえば営業をしていただけのヒラの一人に過ぎない身分だ。筆者の在籍していた企業は、自慢するわけではないが一応誰もが聞いたことはあるくらいに知名度があったと今でも思う。登録して、仕事先に顔合わせして、結果が良ければ晴れて就業開始ー。大中小と雨後の筍の如く乱立していく派遣会社。大手と中小で何が違うのだろう。

派遣会社の扱える業種

 二○○八年の暑い夏、一つの派遣会社が廃業した。諸々の問題を抱えながら低空飛行を続けていたグッドウィルは違法な給与の天引き、御用組合設立による黄犬契約等を行っていた呆れた企業だった。同社に致命的とも言える打撃を与えたのは、港湾業務や派遣会社への派遣であった。
 派遣会社が扱える業種は法により厳しく制限されている。警備業や港湾業務、現場監督を除く建設業や医療関連(産休育休代替等の例外規定あり)、弁護士等の士業等への人材派遣は厳しく制限されている。
 制限されている理由は割愛する。昨今の世間で派遣会社が得意としている分野は①事務系派遣、②コールセンター派遣、③看護助手・介護補助等の福祉系派遣、④軽作業・倉庫内作業、⑤サービス業派遣、といったところだろう。筆者が主に携わったのは①と②で、隣の部署から漏れ聞こえていた程度に知っているのが⑤なので、この三つを中心に掲載したい。

弾数は多いほど...

 試しにGoogleで「派遣会社」と検索すれば、上位に出てくるのはだいたいリクルートスタッフィングやスタッフサービス、マンパワーグループ等といったとこだろう。派遣会社のクチコミや評価をするサイトも、大抵同じような具合で「信頼できる会社」なんて文句をつけて同じような具合に目に映る。
 当然それらのサイトを運営している人々はタダで派遣会社を紹介している訳ではない。派遣会社側が成功型報酬という形で広告会社なりブロガーなりにカネを払って掲載してもらっている。何でそんなことを、と疑問に思うのも当然だろう。企業側からしても一々広告関係のやり取りをするだけでカネも人手もかかって手間だ。
 しかしここまでするのは、案件を見付けたときに当て込むための、いわば「弾」を装てんできるようにしておく狙いがある。営業マンが"耳にタコができる"ほど電話をかけ続け、あるいは足を運んで求人案件を見つけてきても、そこに当て込むことができる肝心の人員がいなければ話が流れ、依頼側も「この派遣会社は人を見つけてくれない」と判断され取引が途絶えてしまう。
 それを極力防ぐために、体力のある大手は四六時中人を集めていると言っても過言ではない。だから派遣会社と検索すると大手の宣伝サイトばかりが並ぶようになっている。
 しかし中小の派遣会社はどうだろうか。筆者の知人には介護系の派遣会社の営業マンがいる。いわく「案件を見つけてきても肝心の当て込める人がいない」そうだ。社名は伏すが、検索すると公式サイトこそ出てくるものの、クチコミサイトでの取り扱い方も冷ややかなものだ。これではいくら営業が努力しても報われまい。派遣会社にとって、登録スタッフの数が勝敗を分けるといっても過言ではあるまい。

案件供給の軍配

 派遣会社の中でも、一九九○年代から続いている企業に石を投げる(聞いてみる)と、コールセンター分野で取引している企業に必ずトランス・コスモス、りらいあコミュニケーションズ、ベルシステム24といった大手企業の名が出てくるだろう。まさに犬も歩けば・・・といった具合だが、これらの大手企業と取引している派遣会社の場合、取引先・派遣会社・スタッフ全てにメリットがある。
 コールセンター企業は案件がとにかく多い。企業のお客様相談室や債権回収室、カスタマーサポートもあるし、期間に定めのある季節モノでは給付金窓口や自治体の電話交換等々、自社雇用だけでは人を集めきれないほど量が多いので、コールセンター企業も「必要なときに・必要な分を・必要なだけ」集めてくる派遣会社に頼らざるを得なくなる。なので登録スタッフも、コールセンター案件に限っては何かしらの職にありつくことができるし、派遣会社側も安定して案件が供給されるため、人員の確保にさえ躍起になればいい。
 中小派遣会社はどうか。残念ながら新興の派遣会社は足切りされる、と言うより門戸さえ開かない。実績がないため基本契約書の締結さえさせてもらえないし、コールセンター企業も「今取引している企業で十分」と相手もしてくれない。
 事務やサービス系派遣はどうか。これもやはり大手の人材派遣会社の案件数には敵わない。スタッフの登録が一日数件~数十件程度の派遣会社に登録するスタッフは、誤解を恐れず言えば「その程度」の人だ。週三日で働きたい、一日五時間以上は働けない、土日祝日は絶対に働かない等々。そうした人にそもそも紹介できる案件がないのが中小の派遣会社になる。一方大手の派遣会社になると、ある程度妥協してもらう必要はあるが週五日で働ける、エクセルの関数は当然使いこなせる、なんならマクロも組めると言えば事務の仕事がそれなりに案件が紹介される。これは営業マンの努力もあるだろうが、一部のコールセンター企業が事務系の部署を丸ごと受託していることがあり、その案件がこぼれてくるからだ。
 正直筆者は二○二○年当時の経済事情の兼ね合いで事務派遣の案件には深く関わったことがないので内容は薄くなるが、どこの案件でもデータ入力や書類精査などが多いだろう。
 中小の派遣会社を蔑むかのような内容になってしまったが、やはり知名度も実績もある大手の派遣会社と中小派遣会社を比べると、案件の多さで大手に勝てることはないだろう。

サービス業への派遣

 サービス業という言葉を聞くと様々なものを想像することだろう。店員?飲食?パチンコ店従業員?店頭販売員?等々。どれも正解だが、サービス業の派遣案件でかなり多いのは、携帯電話・ブロードバンドの販売案件だろう。家電量販店の携帯電話コーナーで店員に声をかけられ、聞きたくもない料金や機種についての説明を受けたことや、家電製品を買おうとしたら何故かブロードバンド契約で割引になりますなんて提案を受けたことは皆さんも一度くらいあるだろう。派遣会社における販売員の案件の殆どはこれだ。
 「ただ携帯やインターネットを提案すれば良いだけなの?」その通りだが、販売案件は非常にノルマに厳しい。文字言葉通り実力主義の世界だからだ。評価をわかりやすく例えるなら、飛び抜けて売れるスタッフはSランク、上位に入るほど売れているならAランク、毎月の目標は達成しているならBランクと、そして目標に達しないならCランクと振り分けられる。毎月Bランクに到達していれば特に問題になることはないが、Cランクを二ヶ月以上とるとクビは切られる。かなりシビアな業界だ。
 携帯販売の案件に派遣されると就業先の家電量販店や携帯ショップの店頭に立ち続け、来る日も来る日も終わりなく提案を続けていくことになる。どちらかと言えば業界経験者向けだ。
 なお案件を発注している携帯電話各社はだいたい二ヶ月刻みで契約期間を区切っていることが多い。成果未達二ヶ月連続の際容赦なく切れるようにしている。

派遣会社社員の働きやすさは...

 次に派遣会社社員の働きやすさを考えてみよう。大手だろうが中小だろうが新規の取引先を開拓して新しい血を通わせることは、企業運営に必要不可欠なことだし、新規営業をすることを避けて通ることは難しい。しかしそれに対するプレッシャーは間違いなく、中小の方が強い。
 一日の登録スタッフが少ない派遣会社では二つの奪い合いが起きる。一つは案件の奪い合い。都道府県内の星の数ほどある求人をリストアップしてひたすら営業電話をかけ、案件を見つけるという作業は日々胃を削られる業務だ。当然中には「そんな電話はいらない」「二度とかけてくるな」「お前の名前は覚えた」と罵声に近い言葉を飛ばしてくる会社もある。それに耐えつつひたすら案件を探し、電話越しに「派遣を使いましょう」と口説き落とすーこれを延々と毎日続けていく。パイを確保する奪い合いを雨の日も雪の日も続けていくことになる。しかしこれだけでは終わらない。罵声の嵐を乗り越え折れそうになる心を支え、なんとか案件を見つけ出したら次はスタッフを奪い合わなければならない。といっても中小派遣会社に登録してくるスタッフの数なんてたかが知れてる。他の営業マンが色を付けているスタッフではないか、手をだして良いスタッフなのかを見極めながら、幸運にも付けられるようならこれまた相手を口説き、案件を見学させるためのアポを取り付ける。しかしそんなスタッフが都合よく見つかることは少ない。そんな時には、またーテレアポを始める。今度は過去の登録者に対して。「今の仕事状況どうですか?」「こんな案件があるんですよ」「とりあえず見学行きましょう」。ひたすら電話の繰り返し。こんなことを続けていくのが中小の派遣会社。
 では大手の場合は何が違うか。それは社内での役割分担がきっちりしていることが大きな特徴だろう。スタッフ登録の受付担当、入社まで~就業中サポート~労務対応担当、法人営業担当と、細かく役割が別れているし、すでにある程度の派遣先が開拓されている上に、スタッフの満足度を重視する傾向があるため物凄いノルマを要求されることもない。また、ある程度待機状態のスタッフがいるため、案件さえあればそこに上手く当て込むことができるので、スタッフの奪い合いも殆ど起きない。職場がギスギスしないので風通しがよくなる。
 ちなみにシステム面でも優れているのは必要な設備投資ができる大手に軍配が上がる。筆者の在籍していた派遣会社では、雇用契約書の発行や労働者派遣個別契約書といった重要書類も専用のシステムがあり、自動的にPDF形式で出力できたので手打ちの必要が殆どなかった。一方中小派遣会社勤務の営業に聞くと、そのようなものはなく自身でエクセルに入力し印刷、押印依頼まで行わなければならないと。
 およそ話を聞く限り、やはり大手の方が勤務環境も良さそうだ。

法令遵守のあれこれ

 人材派遣業に携わるとき、避けては通れない経験を一つだけすることになる。派遣切りだ。筆者は派遣切りという言葉が好きではない(契約期間満了の一ヶ月前に案件の終了を通知し、同条件の新たな就業先を三件以上提示しているなら派遣会社の責任は果たしている)が、抱えるスタッフの数が多くなればなるほど、中には勤務態度に問題があるスタッフも多くなるだろう。
 派遣切りを告げる場合、改正労働者派遣法に基づき新たな就業先を提示する等の雇用安定措置をとる必要があるが、これに関しては大手でもグレーなことをしている「ところもある」。いわゆるカラ案件の提示で、これは営業努力の欠如によるものなのか季節柄かはわからないが、終了が決定したスタッフをもて余す様なときには、通勤一時間半圏内のカラの案件を数件提示する。スタッフがもしその案件を希望してきた場合は数日間をおいて「この案件は埋まった」と告げてまた別の案件に誘導し、希望したらまた同じことを告げる。要は自発的な退職を促すわけだ。特に大手は一人辞めたところで別の弾はあるからそこまで痛手にはならない。
 では中小の場合はどうだろう。中小ならよほど勤務態度や人間性に難がなければ血眼になって新規の案件を見つけてくるだろう。一人終了して他社に行かれるだけで大きな痛手になるし、担当している営業マンもえらいカミナリを落とされるので、何かしら希望条件に近い仕事が提示される可能性が高くなる。もちろん人間性に問題がなければ、という前提条件があるが。
 いずれにしろ派遣会社は絶対に会社都合での退職届を書かせようとはしない。嘘八百までは言わないが出来る限り退職するスタッフには、あの手この手で自己都合と書かせるだろう。
 また雇用安定措置に記載されている無期雇用転換や転籍に向けた努力義務を守る割合が高いのはやはり大手だ。中小はよくも悪くもカネでしかスタッフを見ていないのでは、というフシがあり、無期雇用になると派遣料金の値上げや賃金アップ等の対応をしなくてはならないので手間だし、そんなことをするくらいなら新しい派遣先に当て込んでくる。
 大手の場合無期雇用転換や転籍の依頼や要望に柔軟に応じることが多い。無期雇用転換なら当然雇用安定に繋がる上に取引先との信頼関係構築にも繋がる。転籍になれば想定年収の三○%程度の紹介料が入ってくる上、空いた席に新たなスタッフを当て込むこともそこまで難しくないので断る理由がない。
 ところで、大手中小を問わず派遣会社がもっとも渋ることが二つある。一つは休業補償の支給だ。派遣先企業の都合で終了する場合以外はスタッフを休ませた期間の派遣料金請求ができないため、その分当然赤字になるため、スタッフの自己都合で出入り禁止を言い渡された場合等は直ちに次を提示する等して休業補償支払いを避ける。ただ最近はコロナ感染によるブース閉鎖時等は一日辺り六割程度の派遣料金を支払うところもある。その場合は喜んでスタッフを休ませることだろう。
 二つ目は解雇予告手当又は解決金の支払い。先にあげた派遣切りを通告する場合、三十日以上前にスタッフへ告知しなければならない。これを万が一失念してしまうと遅れた日数分の解雇予告手当の支払いをしなければならなくなるので、その分利益を削ることになる。まさしく始末書ものだし、なによりスタッフの生活に大きな影響を及ぼすことになる。そのため派遣会社の営業マンは月末前には自身が抱えるスタッフのうち翌月が更新月で、派遣先企業から更新可能と裏付けられているか、終了ならば本人への告知はできているかをひたすら確認していく。
 なお、二○○○年代にグッドウィルやグラスト等で不祥事が相次いで発覚してからは、労災隠しや禁止業種への派遣をする派遣会社はまずもって見かけなくなったので、この辺りはほぼ一○○%守られているだろう。
 ところで、ほぼ全ての派遣会社は「顔合わせ」とか「職場見学」という名目で事実上の事前面接をしている。派遣で働いた経験がある方ならなんとなく記憶にあるのではないか。どこかの駅前等で営業マンとまちあわせしてから派遣先に連れていかれ、営業マンが事前にまとめてきたキャリアカードなるものが差し出され、それをもとに「自己紹介」をするー本来は事前面接行為の禁止という事項に引っ掛かるものだが、これだけはなくなりそうにない。不思議なものだ。

派遣会社はスタッフをどうみているのか

 こればかりは企業の風土によって変わってくるものなので一概には言えないが、スタッフ満足度を重視している大手の方が比較的営業マンもスタッフのことを考える傾向にある。満足度が自身の査定と賞与に繋がるし、評価状況が上司に送られるので下手を打つことができないので、表面上はスタッフを「大切な人財」と思っている。中小も、数少ない中で就労しているスタッフを無下にはしない。もうこの会社はイヤだ!と去られればその分利益が減るから、考え方は違えどもやはり人財と思う。
 ただしこれは、「契約日数通り出勤してきて」「無断遅刻や無断欠勤がなく」「人間性に問題がない」場合に限る。「所詮俺は派遣だから」「遅刻早退無断欠勤何が悪い」と考えるスタッフに対してはどの会社も思うことは同じだろう。誤解を恐れず書くのなら「ゴミ」程度にしか見ない。
 一般社会での常識化ある普通の人は大切にするが、それを持ち合わせていないいい加減な輩を手厚く守る必要性がどこにあろうか。

派遣は中抜き?中間搾取?

 インターネットで検索すると、派遣は奴隷商だとか中抜きだといった意見を見かける。実のところ派遣会社はそこまで"抜いている"訳ではない。二○二○年当時の神奈川県のコールセンター案件における派遣料金の請求額は企業にもよるがだいたい一千八百円程度が相場だっただろう。そこでスタッフへの支払い時給を一千二百円とする。そこから派遣会社が負担する社会保険料や税関系、スタッフが使用できる飲食店等のクーポン等の福利厚生費を差し引くと、一時間辺りに派遣会社が得られる利益はたった数百円が良いところ。また同一労働同一賃金の施行により交通費も平等に支払う義務が生じたが、派遣先企業によってはこれに応じないところさえあり、その場合は派遣元で自腹を切らざるを得なくなる。そうすると下手をすれば派遣するだけで赤字ーなんて場合もある。
 確かに派遣会社は中抜きしているが、それはスタッフが想像するほど高額なものではない、と言うことだけは言っておきたい。

おわりに

 筆者個人としては、派遣で働くことは勧めない。せいぜい腰掛け三年、職歴作りに使う程度が良いだろう。十年前よりは派遣労働者に対する世間の見方も変わったが、それでも派遣で働いた期間を職歴に入れない企業は数多く存在する。終身雇用が過去のものになったとはいえ、能力開発やキャリアアップの機会に恵まれている正社員の方が長い目で見たときに安定している。

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