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じかん。

 もう日付が変わろうとしている。時の流れは止めることもできなければ、川のように淵に引っかかったりして止まることもなく、ただ流れる、流される。
 そして川のように遡るということもできない。だから「今」というときを、すいすいと泳ぐ必要がある。

 それこそ、タスクシュートのように「今」に集中する。そうすると、ほら、見えてくるものがある。それは、見たことのある人にしかわからない景色。そして、見えた人にしかわからない感覚。

 時間というものは、そのようにして流れて過ぎ去ってゆく。逆に「未来」とは、見ることのできないもの、まぼろし?蜃気楼?頑張って追いかけても追いつくことはできない、追いついたと思ったときは、すでにそれは「未来」ではなく「今」になっっている。うかうかしているとそれがすぐ「過去」になってしまう。

 だからこそ、「今」なのです。過去でも未来でもなく、今なのです。
 皆さんが「同じときを生きている」と感じていても、それは本当に同じなのでしょうか・・・。

 ふと、こんな遅い時間に考え事をすると、こんなおかしな記事を書いている。どうしちゃったんでしょうかね。

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