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茅葺屋根とつけ火の村:田舎暮らしの人間関係を考える

お仕事で農業に関してのビジネスを考えるワークショップに携わっています。その参加者の中から、地域活性の障害は地方特有の人間関係の難しさにあるのではないかという意見があり、何が解決の糸口になるのか考えていました。

1.古民家の記録



そんな折、奈良県曽爾村の古民家木治屋さんに宿泊し、昭和32年の茅葺き屋根の葺き替え時の記録を見せていただきました。今日の価値で一千万円以上に評価される価値ある萱の寄贈、作業労働、その作業をする人々に供される食事の食材(豆腐五丁、油揚げ、にしめなど・・)のつぶさな記録と、その人数、詳細さに圧倒されます。この記録は、何十年後か先の葺き替えのための作業記録であり、かつ他の家の葺き替え時に何をどれくらい返礼するのかの参照資料になるものです。現代もお葬式の記帳に基づいて香典返しが行われますが、それの超ビッグかつロングプロジェクト版といえるものです。贈り物やプレゼントが、人間関係の潤滑剤である都会人とちがって、贈与はクラウドファンディング的な投資行為であり、村の経済の動脈でもあったことを実感するとともに、貨幣経済とともに生きる現代では萱の葺き替えは実現不能なプロジェクトになってしまったことが痛感されました。

2.つけ火の村事件


この貴重な記録をみた私の脳裏に浮かんだのは、こちらのルポタージュです。凄惨な放火殺人事件から10年かけた追加取材の記録なのですが、サクッと読めて面白いです。10年たって漸く村の古老が口を開いてくれる展開も興味深いです。

https://www.shogakukan.co.jp/books/09407235

このルポでは、犯人の保見死刑囚が以前は都会で普通の暮らしをしていたこと、集落に戻ってからは自宅をカフェやカラオケとして利用できるように張り切って家を建てた一方で、草刈りには参加しなかったことなどの経緯が描かれています。またそもそも保見家自体が農業を営まず、村内の物資を村外に運ぶ輸送業を生業としていて、村内の物々交換ベースのやりとりとは異質な関係性があったことも影響したようです。エキセントリックな事件ではありましたが、入り口は彼が村の互助や贈与のルールを無視し、貨幣を介在させたことによる小さなボタンの掛け違いがあったことがうかがえます。

3.田舎暮らしの明と暗

茅葺屋根は地域コミュニティ内経済のひとつの理想、つけ火の村は閉鎖的な因習の暗部を象徴していますが、お金を介在させない経済の在り方を考えさせるものです。皆が安定して右肩上がりの貨幣報酬を得続けることを前提とした貨幣経済モデルの限界が見える中、AIでは達成できない互助に重きを置いた地域経済の理想を考えていくうえで、面倒なしがらみと切り捨てずに、歴史に裏打ちされた地域の貸し借り概念と向き合うことで、よりお金から自由になることもできるかもしれません。

4.関係トピック

昔話や伝承の背景には、子供を持てないまま年を取り、村内に労務提供できなくなると山際の隈に住んで死んでいかなくてはならないという現実がつい戦前まで存在していたということがあぶりだされています。

ニューギニアのクラ交換文化の紹介。贈与と民俗学は学ぶほど面白いです。

コールドスリープして起きたら地球が原始社会状態に戻っていたというすごい漫画。狩猟採取、交換(クラ交換に匹敵するやばさ)から貨幣経済に至るまで資本主義経済の知識をもった主人公が心に矛盾と葛藤を抱えながらサバイブする様が面白くておすすめ。

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