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【理事長コラム「フードアナリストにとって美味しさとは何か」】

今回は私たちフードアナリストが追い求めてやまない食の素晴らしさの1つである「美味しさ」について考えてみます。

生理的・感覚的な次元での味覚による快感を「美味しい」とするのであれば、生物はより美味しい物を摂取しようとする習性があると言えます。それは身の回りの犬や猫に限らず、野生の動物においてもよくわかります。ちなみに飼い犬や飼い猫は、美味しいエサをもらうとより生き生きとします。

◆「美味しさ」は生物の生存競争と関係する
では私たち生物にとって「美味しさ」とは何か。それはカロリーや栄養価の高い食べ物のことを指します。ライオンやオオカミが鹿を捕まえて食べる時は、まずは内蔵、特に肝臓(レバー)を食べると言われています。

そして「カロリーの高い食べ物」や「栄養価の高い食べ物」は、濃厚ではっきりとした味がします。薄くて淡い味ではありません。食べた瞬間、生命力が湧きあがるような濃厚で強めの味を、私たち生命は欲するのです。このような習性は、同じ種の仲間ですら自分の命をおびやかす世界で、地球誕生以来脈々と刻まれてきたDNAのようなものなのでしょう。

日本フードアナリスト協会の最高顧問の故阿部孤柳先生は、
「日本料理の基本は家庭料理」
「料亭の料理は芝居の料理」
といつもおっしゃっていました。

家庭料理と料亭の料理では、料亭の方が「美味しい」とされます。いっぽう家庭料理は、素朴な食材の味を生かした味。家族の健康を考えて「塩分控えめ」「砂糖控えめ」の味付けにしたりします。対して料亭の味は、多くの食通を唸らせないといけない。つまり「芝居の料理」「隈取りのはっきりした」料理でなければいけません。それは「味の輪郭のしっかりした」料理になる、と阿部孤柳先生はいつもおっしゃっていました。

ところで、「美味しさ」を構成するものは、味覚や感覚の要素だけではありません。美味しさを構成する要素を1本の木に例えてみますと、まず木の幹の根本にあるのが「味覚」と呼ばれる5つの感覚です。具体的には「甘味」「塩味」「酸味」「苦み」「うま味」の5つが味覚の基本であり「五味」と呼ばれます。

日本フードアナリスト協会試験委員の川端晶子先生によると、「甘味」とはエネルギーのシグナルです。生まれたばかりの赤ちゃんが一番好む味は甘味です。自分の体を作る時に大量のエネルギーが必要だからです。

◆「美味しさ」を構成する要素

「塩味」とはミネラルのシグナルです。汗を掻いたりして体内から塩分が抜けてしまった時に欲する味が塩味です。

「酸味」とは新陳代謝のシグナルです。腐敗物から発する味でもあります。
妊娠している女性が酸味を欲するのはお腹の中の赤ちゃんを含めて新陳代謝が活発になっているからだと考えられています。

「苦味」とは有毒物質のシグナルです。苦みとは文化・文明の味覚感覚です。官能への入り口の禁断の味だとされています。病みつきになってしまう味覚の1位が実は苦みと言われています。常習性がある味です。

そして「うま味」は「タンパク質が解けていく」シグナルです。最初に発見されたうま味物質は、東京帝国大教授で味の素の創業者の1人である池田菊苗博士によってだし昆布の中から発見されたグルタミン酸です。だし昆布や鰹節を使用した出汁は、日本料理の基本で伝統的に使われていました。そのため日本人は、「ダシがきいていない」という味覚は塩気や酸味では説明できない感覚であることを経験的に知っていました。

この5つとは別に「辛味」というのがあります。唐辛子などに代表される「辛味」とは「熱い」「痛い」という感覚だと川端晶子先生は指摘します。

「渋み」とは舌の粘膜が収縮して起こる味です。日本茶やワインや渋柿などで感じるもので広義では味覚の一つともいえますが、基本5味(甘味・塩味・酸味・苦味・うま味)とは違って、舌の味蕾(みらい)を構成する味細胞による受容が確認されていません。今後の研究を待ちますが、「渋み」は「辛味」と同様に触覚に近いのかもしれません。

          【日本フードアナリスト協会・理事長 横井裕之】

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