嘘と本当

ホント綺麗な顔してんな
目の前ですやすや寝ている蘇枋を見ながら、棪堂は蘇枋を拾ったあの日のことを思い返していた。

あの日、俺は夜遅くまでバイトをしていた。
帰路についたのは22時くらいだったと思う。
街頭に照らされた公園の前を通ると、ブランコに人が座っていた。
遠くから目を凝らして見れば、桜とよく一緒にいる眼帯の奴だった。
「何してんのこんな時間に」
迷わず声をかけていた。
俺の声に顔を上げた蘇枋は驚いた顔で俺を見たが、ゆっくりと表情を崩し力なく笑った。
「棪堂さん、オレ家を無くしました」
「は?」
ぽかんと間抜けな面をしているであろう俺を見て、蘇枋は淡々と説明してくれた。
「路地裏の小さな家で一人暮らししてたんですが、帰ったら家が崩壊してました。たぶん不良たちにやられたんだと思います。治安の悪いエリアだからいつかこうなるかもと覚悟はしていたけど、まさかこんなに早く家が無くなるとは思いませんでした」
蘇枋は自嘲的に笑っている。
「家無くなったって…どうすんだよこれから」
言ってすぐに後悔した。
途方に暮れているから蘇枋はここにいるのに…
「どうしましょうね、ほんとうに…」
蘇枋の顔を見れば、詰んでいることは確かだった。
「行く当てねえの?」
ここにいるってことはそういう事なんだろうけど一応聞いた。
「身内はいません」
虚空を見つめる蘇枋。
いつからここにいたんだろう?
誰も来なかったらどうしてたんだよコイツ…
チッ、もうこう言うしかねえじゃん。
「うち来いよ」
顔を上げた蘇枋と視線が合う。
蘇枋は黙っている。
「別に変なこと考えてねえよ。お前が可哀想だからな」
黙り込む蘇枋の表情からは何も読み取れなかった。
「おいなんか言えよ。置いてくぞ」
下を向く蘇枋の腕をつかもうとしたとき、蘇枋のか細い声が聞こえてきた。
「…立てないです」
「あ?なんで」
蘇枋は靴を脱いで右足を伸ばした。
しゃがんで見ると右の足首が思いっきり膨れ上がって不気味な色に変色していた。
「はぁーなんだよこれ。捻挫か?」
「走って逃げてきたんで足挫いてしまいました」
蘇枋は気まずそうに視線をそらした。
「お前さあ、どんだけ治安悪い所に住んでんだよ。お前のなりからは想像できねえんだけど」
蘇枋は何も言わなかった。
仕方ねえ
「ほら、乗れよ」
俺が背中を向けると、蘇枋は素直に体を預けてきた。

家に着いた頃には深夜になっていた。
いつの間にか眠ってしまったらしい蘇枋をソファに下ろす。
まじでこれからどうすんだよ‥‥俺もコイツも
あそこに一人置いて行くわけにもいかず家まで連れて来たけど、こっからどうすんだ?
とりあえず一晩泊めるとして‥‥‥
ああ、もう考えんのめんどいわ
とりあえずシャワー浴びよう

風呂を出てリビングに戻ると蘇枋が起きていた。
「お前もシャワー浴びるか?」
俺の言葉を受けて、蘇枋は目を細めて俺を見る。
「棪堂さん、あなたお人好しすぎません?なんで俺にここまでしてくれるんですか?」
公園にいた時とは打って変わって蘇枋は落ち着き払っていた。
「は、勘違いすんなよ。お前が可哀想だからだよ」
「可哀想って、純粋ですね。棪堂さんは」
蘇枋は困ったように笑う。
「何が言いてえ?」
蘇枋の曖昧な物言いに棪堂は腹が立ってきた。
「疑わないんですか俺を?」
「はあ?」
蘇枋と視線が合うが表情が読めない。
コイツはポーカーフェイスが上手い。
「それってお前が俺を騙してるっていうことか?」
「そういう可能性もあるという話です」
それだけ言って蘇枋は部屋を出て行った。

この日から、蘇枋は居候という形で俺の家に住まうようになった。
といっても、寝床と風呂を提供するくらいで、蘇枋を養っている感覚は全くなかった。
蘇枋は俺の家から風鈴に通い、夜になったら帰って来る。
俺はバイトがあるから家に着く頃には蘇枋は大体寝ていて、朝くらいしかちゃんと顔を合わせることがない。

今夜も俺が帰ってきたら蘇枋がソファで寝ていた。
またここで寝てんのか
使っていない部屋はいくつもあるので好きなとこを使っていいと言ったのに、蘇枋はこのソファがお気に入りのようで、いつもここで寝ている。
ホント綺麗な顔してんな
見始めたらついつい眺めてしまうのはやっぱりコイツの魅力なんかな…

シャワーを浴びて俺も蘇枋の向かいのソファに寝転がった。
蘇枋がここで寝るようになってから、俺は自分の部屋で寝ることがなくなった。
蘇枋との生活はすぐに慣れて、お互い程よく距離をとって接しているせいか、不思議と居心地は良かった。
ただ一つの気がかりを除いて…

俺はコイツに騙されているのかもしれねえ

蘇枋はあれから一切この点について触れてこない。
俺も直接聞くことはないけど、心のどこかでずっと引っかかっていて、安心しきれないでいた。
蘇枋に気を許しているようで、本当は少し警戒している自分もいる。
それはたぶん蘇枋にも伝わっていて、懐疑的な俺を蘇枋は好ましく思っているようだから、さらに俺は疑心を抱く。

つかみどころのねえ奴‥‥‥
チラッと蘇枋の方を見ると、ソファで寝ていたはずの蘇枋がいなくて焦る。
どこ行った?
体を起こすと同時に、背後から勢いよく両腕を掴まれた。
「棪堂さん‥‥」
後ろから蘇枋の弱々しい声がした。
なんて声してんだよ
「蘇枋‥‥」
本気を出せば振り解けたけど、俺はなぜかそうしなかった。
大人しくしていたら俺の手は蘇枋によって縛られ、目も何かで塞がれた。
「どういうつもりだ?」
沈黙が流れる。
蘇枋が今どんな顔をして俺を見ているのかはわからないけど、なんとなく寂しげな雰囲気なのは気配で感じ取った。
「棪堂さん‥‥俺は‥‥‥」
「言うな」
思わず蘇枋の言葉を遮っていた。
「何も言うな」
蘇枋が言おうとしたことを知りたくなかった。
悪い予感しかしなかった。
俺の目の前に蘇枋の気配を感じる。
縛られた手を伸ばすと、蘇枋の体が俺の上にかぶさってきた。
俺の胸の上に蘇枋の頭が触れる。
「棪堂さん‥‥俺の体使っていいです」
「は?」
流石の俺も意味がわからなかった。
こいつ正気か?
「俺はあなたに何も返せない‥‥」
ああなんだ、そういうこと
気にしてたわけ?
「おいおい自分の体を安売りするのはよくないぜ、蘇枋くん」
俺は目の前にある蘇枋の頭をポンポン撫でた。
「じゃあ俺はどうすればいい?」
消え入りそうな声で蘇枋が聞く。
「んじゃ、目隠し取ってくれる?」
「いやだ」
「何で?」
「俺の顔、今ひどいから」
へえ、可愛いとこあんじゃん
「俺は見たいんだけど」
「ダメです」
「泣いてんの?」
「どうして?」
「なんとなく」
「棪堂さんは、俺が怖いですか?」
俺の体にくっついたまま蘇枋が小さな声で聞いた。
「怖いっつーか、何考えてんかわかんないから疑ってはいる。なあ、俺は騙されてんのか?」
なんで自分から聞いてんだろ?
蘇枋は黙っている。
答えないってことはそういうことか?
「まあいいや。お前に騙されててもなぜか悪い気はしねえから」
「どうしてですか?」
「さあ。俺が知りてえな」
「優しいんですね」
そうつぶやく蘇枋が小さく笑ったのがわかる。

その夜、俺は同じソファで蘇枋と寝た。
途中、蘇枋が俺の手を自由にし、目も解放されたのに気づいたが、俺は寝ている振りをした。
しばらく蘇枋に顔を見られているような視線を感じていたが、のちに蘇枋がそっと俺の胸に体を寄せた。
俺もなんとなく蘇枋を寄せて静かに頭をなでた。

本当に俺もお前も何がしたいんだか‥‥‥
ただ、明日には蘇枋がいなくなっているという予感がした。
俺は…蘇枋がいなくなるのが怖いのか?
それすらもわからない
蘇枋に対する感情が何ひとつわからなかった。
今振り返ると、あの日蘇枋が公園にいたのは偶然ではなく、俺を待っていたのではないかとすら思えてくる。
蘇枋の行動が全て意図的だったとしたら、思い当たることは一つしかなかった。
コイツは俺のことが‥‥‥好き?
だとしたらめちゃくちゃ不器用な奴だな
腕の中で眠る蘇枋の頭に手を置いて、俺は朝が来るまで起きていようと思った。











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?