名前のない関係

あっつい
むわんとした暑さで目が覚めた。
じっとりとした汗で体が湿っている。
起き上がってスマホを見たら4時を回ったくらい。
隣のすおちゃんはまだ寝てるみたい。
そう見えるだけかな。
仰向けで腹の上に両手を組んで目を瞑るすおちゃん。
寝ているときまで背中がピンとしてて、ほんと隙がないよね
動かないお人形さんみたい。
寝息もない。 

そっと布団を抜け出しエアコンのスイッチを押す。
そのまま冷蔵庫に向かいキンキンに冷えたペットボトルの水を手に、布団に戻る。
ゴクっと大きく一口飲めば、カラカラの喉が一気に潤う。
ただの水なのにめちゃくちゃ美味しく感じる。
続けてゴクゴク飲めば、ちょっと頭がキンとしたので一旦休憩

起きるかな、なんて思いながらじっとすおちゃんを見つめる。
無言で視線の圧を送ってみるけど、目は開かない。
右目の眼帯に手を伸ばせば、触れる寸前にパシッと腕を掴まれた。
やっぱり起きてるじゃん
ゆっくり目を開けて無表情でオレを見てくる。
怒ってるのかな?
へらりと笑ってみたら
「寝込みを襲うなんてダメだよ」って言うから
「寝てないじゃん」って言い返す。
すおちゃんは、呆れたようにハァーと大きくため息をついて起き上がる。
「オレにもちょうだい」
ペットボトルを渡すと、ゴクっと一口水を飲む。
「いつから起きてたの?」
「桐生君が布団を出たくらいから」
ふーん、寝たふりしてたわけね

えい!
すおちゃんの肩をグッと押して布団に倒す。
「なに?」
怪訝な顔で見上げてくる
わかっているくせに。
「触っていい?」
社交辞令で一応聞いてはいるけど、抵抗しないことなんて知ってる。
だから返事も待たずにシャツの下に手を差し込む。
いつものひんやりした肌に触れて、すおちゃんをチラリ、顔色ひとつ変えずに見上げてる。
その余裕を崩したい。
少しくらい乱れてよ。
脇の辺りを軽くつまむ。
無駄な肉がないからあんまりつまめなくて、ちょっと力を入れて、ぎゅっと握れば、すおちゃんは少し顔をゆがめて身じろぐ。
「痛かった?」
「つねらないでよ」
ふふ〜ん。ちょっとその顔いいかも。
調子に乗って胸のあたりも。
手を脇から真ん中あたりに移動してみると、すかさず上からすおちゃんの手に掴まれた。
「やっぱり胸はダメ?」
「ダメ」
「どうして?」
「なんでも」
毎回ここでアウトになるんだよね
ほんとに嫌そうだから大人しく引き下がるよ

すおちゃんの腕の下に頭をうずめる。
すおちゃんの匂いが好きなんだよね
優しいほのかな香りが落ち着く
そしたらポンとポンと軽く頭を撫でてくれて、これがどうしようもなく嬉しい。
何か頑張ったあとのご褒美みたい。
「すおちゃん」
「なに?」
「呼んだだけ」
「…そう」
塩対応なところも好き

⬜︎

あの日、見回りの最中に倒れてしまったオレは桐生君に無理矢理家に連れてこられた。
「すおちゃん、頭痛いのとれた?」
桐生君がオレを布団に降ろしながら聞く。
「まだズキズキするけどさっきよりマシになったかな」
嘘をつく理由もないから正直に答える。
「そっか。たぶん軽い熱中症だと思うよ。この暑さじゃね、仕方ないよ」
そう言ってくれるけど、まさか自分が倒れるなんて、オレが一番驚いている。
暑さに弱いのは自覚してるけど、こんなになるのは初めてだった。
「今日はもう遅いし、家、泊まっていきなよ」
「悪いよ。もう大丈夫だから」
「いいから遠慮しないの。それにまだ顔色悪いよ」
じとっとした目で見られる。
オレが苦手な目。
心を読まれているようでイヤだ。

本当はこのまま帰る気力なんてない。
今すぐに眠ってしまいたい。
もういいや、甘えてしまおう。
半ば開き直って素直に言った。
「桐生君、ありがとう」
「うん」

どれくらい眠っていたんだろう。
体がモゾモゾ動かされている気がして目が覚めた。
見ればオレの上半身がインナ一枚になっていた。
「あ、起きた?汗すごいから上脱がせちゃった」
「…」
ケロッとした顔で答える桐生君を咎める気もわかない。
オレは起き上がって体に張り付いたシャツをパタパタしていると、「背中拭けば?」と、濡れたタオルを渡してくれる。
人前でそんなことしたくないから、動かずにいると、桐生君にグイッと向こう向きにされた。
「え、ちょ、なに?」
「オレが拭いてあげる」
「いや、いいよ自分でするから」
掴まれた腕はけっこう強くて、振り解けない。
いつの間にか背中にひんやりしたものが触れ、それがなんだか心地よくて、そのままにした。
「気持ちいい?」
「うん」
「よかった〜怒られなくて」
「桐生君って物好きだね」
「そうかな〜?すおちゃんには特別だよ」
「どういう意味かな?」
「ひみつ〜」

そのとき、冷たく感じたものが桐生君の温かい手に置き換わった。
その手はゆっくりとオレの腹を撫でてくる。
「桐生君、なにしてるの」
「すおちゃんのお腹触ってる」
「それは知ってるよ。どういうつもり?」
「…イヤだ?」
「…」
なぜかイヤじゃない。
びっくりしたけどそのまま受け入れてる自分がいる。
無言のオレを肯定とみて、桐生君の手はオレの胸のあたりを触ってくる。
あ、そこはダメだ
咄嗟に腕をつかんで体から引き離す。

それ以来、オレは桐生君の家にちょくちょくお邪魔するようになった。
桐生君がどういうつもりか知らないけど、何かと理由をつけてオレを家に誘っては体を触ってくる。
友達に体を触られておかしなことされているのに、どうしてか不快に感じないからオレも好きにさせた。
胸だけはくすぐったいからダメ

⬜︎

すおちゃんはちょっと仲の良いクラスメイト
わかりやすく言えば友達以上恋人未満
でもそんなありふれた一言で片付けたくない
すおちゃんとオレにしかない関係
名前はないけど、別にそれでいい

好きだから触れる
それもあるけど、それだけじゃない
ちょっとした、いたずら心
どこまでなら許されるのか
君のテリトリーにオレはどこまで入れるの?
そんな好奇心からすおちゃんの上半身を攻略
胸だけはNGみたい。たぶん弱いんだろな〜
可愛いよね

こんなことされたら普通は逃げ出すか、嫌いになるか、もしくは理由を聞くか。
すおちゃんは三つ目だったな
まあ、理由を聞かれてもオレは答えなかったけど。
すおちゃんが気づいてくれるまで、言わない。
体に触れるなんて好きな人にしかしないよ
君が気づいてくれるまで、オレはずっと待つから
だからもう少し、好きにさせてもらうよ




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