熱中症になった蘇枋さん


おい蘇枋!しっかりしろ

見回りの最中に熱中症になったオレは、桜君に支えられて彼の家に着いた
その途端
力が一気に抜けて玄関先で倒れこんでしまった。ほんとなにやってんだろ、オレ…

今日は37度という、とんでもなく暑い日だった。オレは暑さに弱いから覚悟はしていた。しんどい日だろうなと。でも、まさか自分が倒れるとは思っていなかった。ましてや桜君に介抱されるとは。

オレの体は暑さに弱い。だから夏は嫌いだ。暑いだけで頭が痛くなるし、食欲もなくなる。一番しんどいのは暑さで体力がごっそり奪われることだ。喧嘩をする身なら体力減退は致命傷だ

まだ8時過ぎだというのに、太陽はカンカン照りだ。重い足取りで学校へ向かう。歩いているだけで全身から汗が吹き出る。普段あまり汗をかかないオレがこうなのだから、それほど今日は暑いということだ。

憂鬱な気分で教室に入る。

おはよう

いつものメンバーに挨拶する。最悪な気分とは裏腹に、顔だけは笑顔を取り繕って。

にれ君たちと挨拶を交わすと、いくらか気分が安らいだ。

「おい蘇枋、おまえ具合悪いだろ」
いつの間にか隣にきていた桜君がオレをじっと見ながら言う。

「え、なんで?!」

「なんでって、顔色わりーぞ」
にれ君たちにも、青白いと指摘される。

驚いた。そんなこと自分では気づかなかった。朝、鏡で見たときは何ともなかったのに。軽く気分が悪いのと、慢性の低血圧のせいだろうか。みんなに心配そうな顔をさせてしまった。

オレとしたことが…迂闊だったな

「あんまり無理すんなよ」


「ああ…うん。でも大したことないから大丈夫だよ」

そう言ったオレを桜君は不満げに見る

なんか目をつけられたなと思った。

その日、授業が終わり放課後は見回りの担当だった。メンバーはいつもの4人。桜君、桐生君、柘浦君、にれ君だ。この暑い中外で見回りをするのは嫌だなと内心思ったが、そんなこと言ってられない。風鈴は街を守る責任があるのだから。

何事もなく終われば早く帰れる。そう願ってオレは見回りしていた。しかし、オレの願いは叶わず、小さな悪いチームにで食わしてしまった。5人しかいなかったが、図体がでかくガラの悪い連中だった。

ちゃっちゃっと片付けるつもりが、案外手こずってしまった。オレは暑さで体力が奪われているうえ、頭痛がひどかった。それでも何とか敵を倒して持ちこたえた。周りのメンバーも自分の相手を倒して落ち着いたようだ。

オレはふーっと息を吐き呼吸を整えた。その瞬間、目がチカチカし出した。突然、視界がぼやけて目の前のものが歪んで見える。赤、青、黄色、緑…色んな線が見え始め、チカチカ動き出す。まるで電波が悪くてブレまくるテレビを見ているようだった。何だこれ…

これは本当にやばいかも。目の前がチカチカし出しただけでなく、吐き気も込み上げてきた。オレは突然のことでパニックになりかけた。そのまま倒れそうになったとき、突如伸びてきた腕に支えられる。

視界にぼんやりと黒い靴が見える。これは桜君の靴か……

倒れそうになったオレを咄嗟に支えてくれたのか。ほんとに君はよく見てるな

なんて、ズキズキ痛む頭で感心してしまう。

頭は割れるように痛かった。痛すぎて顔を上げられなかったが、どうやら桜君は他のみんなにに状況を説明しているようだった。

「オレ、蘇枋連れて家帰るから
あとの見回りはおまえらに任すな」

「わかりました桜さん!
こっちは任せてください

蘇枋さんもお大事にしてください」

「蘇枋、すおちゃん お大事にな、ね」

みんなが声をかけてくれる。

辛すぎて顔を上げられなかったので、軽く腕を持ち上げて手を振る。

はぁー

こんな情けない姿晒して
やってしまったな……

桜に抱えられながらオレはふわふわした足取りで歩く。隣で桜君が強く支えてくれてなきゃ、歩くことさえできなかった。

とにかく頭が痛かった。歩く振動でさらにズキっと刺激される。吐き気は治まってきていたが、視界はまだぼんやりしていてクラクラしていた。これが熱中症の症状なのか…

体はとても熱いのに冷や汗が止まらない。初めての経験で色んな感情が溢れ出す。自分がみんなの前で倒れたことへの情けなさ、いま隣で支えてくれる桜君への申し訳なさ…やりきれない思いがオレの心を支配してさらに頭が痛くなる。 

「無理させて悪かったな」
歩きながら桜君が言う

何で君が謝るのさ
否定したかったが、声が出なかった。今のオレは歩くので精一杯だ。

どれくらい経っただろう。いつの間にか桜君家に着いていた。鍵のかかっていないドアを勢いよく開け、オレを中に連れ込む。

オレはもう歩かなくていいという安堵と、体力の限界でその場にぐったりと倒れ込んだ。

「おい蘇枋、しっかりしろ!」

桜君が焦っているのがわかる。
大丈夫。安心して力が抜けただけだから。
そう言いたいのに声が出ない。申し訳ないと思いながらも、オレは目を瞑った

「クソ」

オレが立てないとわかったのか、桜君はオレを再び抱えて部屋の中へ連れて行ってくれる。
家具や物がほとんどない部屋。白い壁に囲まれた一室。ぼんやりした視界に見慣れた光景が広がる。

中央に敷かれた布団。そこにオレはゆっくりと降ろされる。薄く目を開けば、桜君がオレの学ランを脱がそうとしている。オレは抵抗するように力を入れる。

「何だよ…脱がなきゃ暑いだろ…… 」
桜君は動きを止め、嫌そうな顔をしたオレを見る。

はぁーと深いため息をつくと、諦めたように言った。

「まぁ、おまえのことだ
自分で何とかしたいんだろ

オレ、コンビニ行って必要なもの買ってくるから。その間に汗拭いとけよ」

そう言って、桜君はタンスからタオルを引っ張り出すと、水道で濡らしてオレによこした。そのままスタスタと玄関に向かい、出て行ってしまった。

はぁー
オレも長いため息をついた。

桜君の物分かりの良さに感謝すると同時に、こんな態度をとってしまった自分が恨めしかった。

オレは人前でこんな情けない姿を晒したくない。見られたくなかった。もう遅いけど…にれ君たちにも見られた。桜君にも…

最後の意地を張った。桜君にお世話されそうになったとき、オレは咄嗟に抵抗した。そういうのにオレは慣れていない。自分のことは自分でする。そうやって生きてきたから。
まあ、倒れて介抱されている時点でもう遅いけど。桜君には頭が上がらないな…

ほんとは素直になりたいと思っている。他人を受け入れたい。素の自分でありたいと。でもそれはできない。そんなことオレにはとても……
これはオレの心の問題だ。オレの心が弱いから……

桜君は気を利かせてオレを一人にしてくれた。コンビニに行くと言って出て行ったが、たぶん、オレの気持ちを察してくれたんだと思う。

今まで一人で何とかしてきたから、他人に頼ることを知らない
こういうときは一人の方が落ち着ける

そんなオレの気持ちをあの一瞬で汲み取ってくれた。桜君自身も同じ経験があるから同情してくれたのかもしれない。それでもいちいち言葉にせずとも気持ちを察してくれたのが嬉しい。

やっぱり君には敵わないな

オレは濡れたタオルで汗を拭きながら、そんなことを思った。次第に頭痛も治まってきていた

ガチャ

桜君が帰ってきた。片手にパンパンに詰まったビニール袋を抱えている。

「もう平気なのか?」
起き上がっているオレに声をかける。

「うん、おかげさまで
じっとしてたら頭痛も治ってきたよ」

桜君は買ってきたものをざぁーと床に広げた。
おおかたゼリーとドリンクだ。味の好みがわからなかったようで、同じ種類の味違いのゼリーをいくつか買っている。

こういうところ不器用で優しいな

「桜君、ありがとね。助けてくれて」
オレは素直にお礼を言う

大声を上げて照れるかと思いきや、桜君はオレをじっと見つめてきた。何を言おうか迷っているような、はたまたなにも考えていないような不思議な表情

左右で色の違うビー玉みたいな瞳。オレはそれを綺麗だなと思いながら見つめ返した。

沈黙に気まずくなったのか、桜君は視線を逸らし徐にゼリーを手にとり食べ始めた。

えっ、急に…?
てか、自分で食べるんだ 
オレはひとり苦笑する

桜君の一連の動作が理解できなかった。
何でなにも言わないの?

「もしかして怒ってる?」
何となくそう思って聞いてみた

「別に…怒っちゃいねえよ。

でも、おまえはもう無理すんな
倒れる前にもうちょっと周りを頼れ
周りが無理ならオレを頼れ

おまえの考えてることは大体わかる
オレもおまえみたいに他人を頼るのは慣れてない
そういう意味でオレたちは似たもの同士だ
だからってわけじゃないけど、こういうときくらいお互い素直になればいいだろ

まあ、今回のことはおまえも想定外だったみたいだけど…」

そう言って、何事もなかったようにまたゼリーを食べはじめる。

何だろうこの感覚
すごくホッとする。君の言葉で急に心が軽くなった。オレは一人じゃない。素直にそう思えた。

ほんと君って人は…すごいな桜君

オレは何も言わずに、買ってきたくれたスポドリを勢いよく飲んだ。冷たい水分がカラカラになった喉を通って全身を潤す。

「はっ!?なんか言えよ」
桜君が怒った顔でオレを見るので、一言言った

「君には敵わないよ」

「はあ!?なんだそれ」
桜君は意味がわからないとぎゃーぎゃー喚く

「つーかおまえ、あんまり食わないから倒れたんじゃねーのか?全く…ちゃんと食えよな

ほら、ゼリーやる」

そう言って、食べかけのゼリーをオレに渡してきた

あー、ありがとう
こういうところも優しいんだよね

グレープ味のゼリー。ひさびさに食べたそれはとても美味しかった。



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