声を聞かせてくれませんか?楠見と蘇枋

昼休み
級長日誌を梶さんに届けるために2-1の教室に向かう。
級長日誌は、自分たちのクラスや見回りについて共有したいことを書き連ねたもの
1-1の次は2-1に回すことになっている。
基本的には桜君が届けにいくのだけれど、桜君はクラスの仲間に絶賛愛され中なので、代わりにオレが届けようと申し出た。

ガヤガヤ騒がしいした2-1の教室
前の扉からを中を覗くと、窓際に目当ての人がいる。
ヘッドホンをつけた梶さんは足を組んで椅子に座り、スマホをいじっていた。
その横で、榎本さんと楠見さんが窓の外を見て話している。
衝撃だった。
なぜなら、楠見さんが榎本さんを見上げて口を開いているのだ。
楠見さんはばっちりスマホを握っているにも関わらず、それを使うことはせず、榎本に普通に話してかけている。
オレはびっくりして二人を凝視してしまう。

「おっ!一年か。なにか用か?」
「あ、梶さんに日誌を届けにきました」
オレは二年の先輩に声をかけられ、平然を装って言う。
「梶〜、一年が呼んでるぞ」
その声で、梶と榎本、楠見がオレに気づく。
こちらにやってきた梶さんに、級長日誌を渡すと「さんきゅ」と言って席に戻っていく。
梶さん越しに、楠見さんを見ると気のせいか、彼も自分を見ている気がした。
ふさふさの前髪が目を覆っているのでわからないが、オレは何となく楠見さんの視線を感じた。

その日、オレは楠見さんのことで頭がいっぱいになる。
オレの中で、楠見さんは「スマホで会話する人」というイメージが強かったので驚きしかない。
何だ、普通に話せるのか…
と思うと同時に、オレの頭にいろんな疑問が湧く。

楠見さんが本当は話せることをどれだけの人が知っているのだろう?
そもそも楠見さんは話せることを隠しているのか、いないのか?
そして、根本的な疑問は、なぜ普段話さないのか?

クラスで話しているということは、たぶん2-1の人たちは楠見さんが話すことを知っている。
だから、隠しているわけではないのだろう。

でも、オレには?一年たちには?
オレは楠見さんが話しているのを偶然目撃してしまったわけだが、それはよかったのだろうか?
教室で感じた楠見さんの視線が思い出される。
あれは何か意味のあるものだったのだろうか?

この時点で、オレは楠見さんの秘密が知りたくて仕方なかった。
「あぁ、話せるのか」で、さらっと片付けられるほど、オレは単純じゃない。
そうして、オレは事の真相を探る機会をうかがうことにした。

あ、もちろん、オレが見たことは誰にも言うつもりはない。
他人の秘密をペラペラ話すほど野暮じゃないし、下手に話して大事にしたらよくないから。

その二日後
運良く、見回りの班が榎本さんと一緒になった。一年はオレと桜君、にれ君。
桜君とにれ君が前を歩き、オレと榎本さんは並んで後ろを歩く。
前の二人とちょっと距離があるのをいいことに、オレは榎本さんに例の話を切り出す。

「あの…榎本さん」
「おーなんだ?」
「実はですね、この前2-1の教室に級長日誌を届けたんですけど、そのとき楠見さんが榎本さんと話しているのをたまたま目撃してしまって…
楠見さんって、本当は普通に話すんだなぁと思って…」
榎本さんを見上げると、驚いたような、それでいて、やれやれと諦めたような顔をした。
「見てしまったからには仕方ねぇ。
いいか蘇枋。今から話すことは誰にも言うじゃねぇぞぉ。楠見本人にもだ」
榎本さんは鋭い視線でオレを見るので、オレはすかさず了解した。
「わかりました」

「単刀直入に言うと、楠見はなぁ、普通に話せるし、話す。ただ、声が可愛すぎるんだ」
「え?」 
オレはまさかの答えにびっくりしてしまう。

「楠見は声だけじゃなく、顔も可愛いんだぁ。
でも本人はそれをコンプレックスを感じてる。
男なのにって。
だからああやって髪で顔を隠してるんだぁ。
声までは誤魔化せないから、普段はスマホを使って会話してる」

マジかー
こんな可愛い理由を誰が想像できるだろう。
オレは心なしか、心臓の鼓動が早くなる気がした。

「それって、誰が知っているんですか?」
「2-1の奴らは知ってるなぁ。まあ、楠見も基本的にスマホを使うことが多くて、滅多に話さないんだぁ。気が緩んだときとか、仲良い奴にはうっかり声出すことがあるなぁ」
「そうですか」

なるほどなぁ…
教室で楠見さんが話していたのは、榎本さんに気を許しているからなのだろう。
オレは「いいなあ」と思ってしまう。
楠見さんの声が聞いてみたかった。
男で可愛い声って…興味が湧いてしまう。
まあ、オレなんかの前で話すわけないよなぁ…
お互い副級長ではあるが、あんまり接点はないし。

オレは冗談半分で聞いてみた。
「あの、榎本さん。
どうしたら楠見さんの声を聞けるでしょうか?」
榎本さんは驚いた顔で見つめてくる。
「楠見の声を聞きたいのかぁ?」
「はい。興味が湧いてしまって」

榎本さんはうーんと小さく唸り、少し考えてから口を開く。
「…楠見は自分が可愛いことは否定するけど、皮肉にも、可愛いものが好きなんだぁ。
だから蘇枋が可愛くおねだりでもしたらワンチャンあるかもなぁ。
可愛い後輩のためになぁ」
榎本さんは面白そうに笑う。
「そうですか…わかりました
アドバイスありがとうございます」
「念押しだが、今日のこと誰にも言うなよぉ」
「はい、もちろん誰にも言いません」

オレはいい情報をゲットできたと、心の中でガッツポーズした。
そ日から、オレは楠見さんと話す機会をうかがうことになる。

⬜︎

蘇枋が楠見の教室に級長日誌を届けに来た日

楠見は榎本と話していた。
榎本は中学からの親友で、彼といると気が抜けてしまいうっかり声を出して話していた。
それを蘇枋に見られていたのはすぐに気づいた。
なにしろ、蘇枋がじっと楠見の方を見つめてきたのだから。
見られてしまったからには仕方がない。
楠見は蘇枋の視線に応えるように、「さて君はこれからどうする?」と、挑戦的に視線を送り返した。
別に見られたことに問題はなかった。
むしろ、蘇枋がこれからどう行動するのか楽しみな気持ちがあった。

蘇枋にバレてから、一週間経ったある日
放課後の見回りが、蘇枋と同じ班になった。
楠見はワクワクと、ちょとドキドキな気持ちで一年たちにスマホで挨拶する。

よろしくね^ ^

桜と楡井は「よろしくお願いします」と、ぺこりと頭を下げる。
その後ろで、蘇枋は意味ありげな顔で楠見を見ている。
これは何か仕掛けてくるなという予感
楠見は思い通りにはさせないよ、と同じく意味ありげな視線を返す。

見回りは特に問題なく終わり、商店街の出口で解散となった。
桜と楡井は帰る方向が一緒のようで二人とはここで別れた。
残るは楠見と蘇枋。
楠見たちもも大人しく帰ればいいのだが、お互い何か思うところがあるようでその場を離れない。

先に行動に出たのは楠見だった。

オレ、こっちだから
またね蘇枋くん^ - ^

楠見が素早く打ち込んだそれを、蘇枋に見せようとスマホを持ち上げた時、蘇枋の手によってそうすることを遮られた。
蘇枋は楠見のスマホにそっと手を置いて、真っ直ぐに楠見を見つめてきた。

ここでくるかと、楠見は内心ワクワクする。
蘇枋はゆっくりと口を開いた。

「楠見先輩、あなたの声を聞かせてくれませんか?」
まるでプロポーズのセリフのように、蘇枋はストレートに言ってきた。
返事を打とうとするが、蘇枋にスマホを握られているせいでできない。
これじゃ、楠見が話すしか伝える手段がない。
さすがだなと楠見は思う。
先を見越して、スマホを封じてきたか。

楠見は思案する。どうしたものか。
このまま何も言わずに立ち去るか、声を出すか。
楠見は前者を選んだ。
蘇枋はそう簡単に引かないだろうと思い、ちょっと意地悪したくなったのだ。
蘇枋の手を軽く払うと、楠見はくるりと背中を向けて歩き出す。
後ろから蘇枋がついてくるのがわかる。 

さあ、次はどうするの?蘇枋くん

唐突に楠見は腕を引かれた。
グイッと振り向かされた楠見は、自分より少しだけ背の低い蘇枋を見つめる。

「楠見先輩、最後のお願いです。 
あなたの声を聞かせてください」

さっきと違って可愛くて甘えるような声。
上目遣いに楠見を見つめる紅色の瞳はうるうるしている。
楠見は内心驚いていた。
どことなく大人な雰囲気で賢そうな蘇枋が、こんなに可愛い顔ができるなんて。
可愛いだけじゃなくて、その整った顔立ちはとても綺麗だった。

楠見はこの辺が潮時かなと思い、蘇枋の望みを叶えることにした。
蘇枋に近づいて耳元で囁く。
「オレはね、可愛いものも好きだけど、君みたいな綺麗なものも好きなんだ」

顔を離して蘇枋を見れば、赤く頬が染まっている。
楠見の声と、言ったセリフに驚いているのか、楠見をまじまじと見てくる。
その様子がおかしくて楠見は「ふふ」と微笑む。
そうして「またね蘇枋くん」と声をかけ、背を向けて歩き出す。
背中には蘇枋の視線をひしひしと感じた。

翌日
「おはよう」と言って教室に入ってきた榎本。
楠見はその頭に軽くチョップした。
「あぁ〜バレちゃった?」という榎本は気まずそうに笑った。



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