振り回す人と振り回される人

「およ?あれ、桜君だね〜」
「だね」

朝、オレと桐生君は商店街でばったり出会い一緒に登校していた。
お店の人たちに朝の挨拶を交わしながら歩いていると、オレたちの数歩先の店で桜君が立ち止まっていた。
そこはさぼてんというパン屋さんで、桜君はお店の人にパンを貰っているようだった。白いビニール袋を受け取りぺこりと頭を下げる姿は、遠目からでもわかるくらいおどおどしている。

なるほどな
こんなふうに桜君はパンを受け取っているのか

オレは、桜君のお昼が大体さぼてんのパンであることを思い出していた。
「朝、さぼてんのおっちゃんにもらうんだよ」と言っていたけど、まさかその現場を目撃できるとは。
オレの心は朝から得をした気分になる。

「桜ちゃんってさ、本当に照れ屋だよね
今に始まったことじゃないけど」
桜君の様子を一部始終見ていた桐生が隣でつぶやく。
「そうだね。まあ、そこが桜君の可愛さだよね」
「そうね〜」
「ね、すおちゃん。オレたちが手を繋いで歩いてたら桜ちゃん、どんな反応するかな?」
突拍子もないことを言い出した桐生君を見ると、悪い顔をしている。
「桐生君、それは試さなくもわかりきったことじゃない?」
「え〜、すおちゃんは見たくないの?桜ちゃんの可愛いところ〜」
「…みたい」
「ふふん、それじゃ決まりだね」

オレたちは手を繋いで白黒のツートン頭を目指して後を追いかけた。

桐生君は何とも思ってないみたいだけど、男同士で手を繋ぐのはやっぱりちょっと恥ずかしい。
右手に握られた桐生君の手。
すべすべした滑らかな肌に触れて、オレは変に意識してしまう。
いくら悪ふざけだとしても、平然としてなんかいられない。
動揺しているのを悟られないように、オレは深く息を吸って吐いた。

「すおちゃん、緊張してる?」
「…ッ//っんなことないよ」
「ふふ〜ん、案外すおちゃも分かりやすいとこあるね」
悪戯な顔をした桐生君がオレを覗き込む。
「…っいいから!行くよ」
オレは強引に桐生君の手を引いて桜君を追いかける。

ばれてた…そんな態度に出てたのかな、オレ
全く桐生君は目ざといんだから
でもまあ、女の子のエスコートしてるくらいだし色々慣れているんだろうな。
後のことは桐生君に任せようと思った。

「桜ちゃ〜ん、おはよう」
「桜君おはよう」

桜君に声が届くくらい近づいて声をかけると、ゆっくりとこちらを振り返った。
そして、オレたちの手を見て固まった。
次は顔かなと思って見ていると、案の定、みるみる顔が赤く染まっていく。
口をギュッと結び、目を見開いてオレたちを凝視する。
こんなにも予想通りの反応をしてくれるとは。
さすが桜君

「お、おまえら手!!…っんで、繋いで…//」
「ふふ〜ん、手繋いじゃダメなの?」
桐生君はわざとらしくオレの手を持ち上げて見せる。

オレの身にもなってよね
普通に恥ずかしいんだけど…
オレは内心そんなことを思って気まずくなってしまい、こっちを見る桜君から目を逸らした。

「わ〜お、桜ちゃん首まで真っ赤になっちゃった」
「…」
桐生君の声で桜君を見れば、さっきより一層赤くなっていた。ぱちっとオレと目が合うと桜君はパッと目を逸らす。それはまあ、いかにも気まずそうに。

え!?もしかしてオレのせい?

「はは〜ん、もしかしてすおちゃんの反応で桜君の恋愛センサーが発動しちゃったのかも。」
「え、そうなの?桜君?」
「…すおぅが、そ、そんな顔するから」
「え?!オレどんな顔してた?」
「…て、れたかお
す、すおぅの、そんな顔初めてみた」
桜君は自分の見たもの、言っていることが恥ずかしくてたまらないのだろう。
ゴニョゴニョ下を向いてつぶやく。

「ふふ、すおちゃん照れてるの、桜君にもバレちゃったね」
「…っ//」
「そうだ!いいこと思いついちゃった。
すおちゃんと桜ちゃんも手繋いでみなよ!お互い似たもの同士ってことで〜」
「え?」
「はあ?」

桐生君のとんでもない提案に、オレと桜君は同時に声を上げた。

桜君に視線を向けると、オレと同じようにこちらを見ていた。
ぱちっと目が合うとパッと目を逸らされた。
これ、さっきもされたな
そんなにオレの顔を見られないのか…
けっこう傷つくんだけど

「桜君、手を繋ぐのはいいからオレのこと見てくれない?」
オレは挑戦的に言ってみた。
「桜ちゃんが目を合わせてくれないのは寂しいよ」と、念押しする。
「…うっ//」

桜君は小さく唸るとおずおずとオレを見る。やっと目があってオレは嬉しさで微笑む。
そんなオレをみた瞬間、桜君は「…ン//」と変な声を上げて回れ右して走り出した。
桜君は恥ずかしさに耐えられずついに逃げ出して、そのまま一人で学校へ向かってしまった。

オレと桐生君は白黒のツートン頭が遠ざかっていく姿を呆然と見つめていた。
途中、つまずいて転びそうになった桜君を見て、「ちょっとやりすぎたかな」と思ったりした。

「行っちゃったね〜」
「…」
「桐生君、そろそろこの手、離してもらっていいかな?」

オレは繋がれたままになっていた手を持ち上げた。
桐生君はにっこり笑ってパッと手を離した。
「あぁ〜楽しかった!桜ちゃんの可愛い赤面顔が見れたし、すおちゃんとも手を繋げたし」
「…全く、桐生君は悪ノリがすぎるな」
「そんなこと言って〜すおちゃんだってほんとは桜君と手繋ぎたかったんじゃない?」
「…そんなことしたら桜君気絶しちゃうよ」
「ふふ〜すおちゃんも案外いじりがいがあるな〜」
「やめてよ、目つけないでよね」
オレは怒って桐生君を睨む。
「さ、学校行こうか」
桐生君は何でもないように笑って歩き出す。

本当にこの人は人をおちょくるのが得意だな
オレは半ば呆れながら、でもそんな彼の悪戯心にちょっとだけワクワクする自分もいて…
憎めない人だなと思う。

学校に着いてから、その日は一日、桜君はオレと目を合わせてくれなかった。

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