特訓を覗き見したらキレられた

「お疲れさまです!桜さん」
「また明日ね、桜君」

7限が終わり、楡井と蘇枋は放課後の特訓のため早々に教室を出て行った。桜は二人の後ろ姿を見えなくなるまで目で追った。

「寂しいの?桜ちゃん」
いつの間にか横に来ていた桐生が桜の顔を覗き込んでいる。
「寂しい?なんで?」
「にれちゃんとすおちゃんが行ってしまって、後を追うようにずっと見てたから〜」
「そ、そんなことねぇよ。」

特訓がない日は、桜はたいてい楡井と蘇枋と一緒に帰る。
ここ一週間くらい、楡井が足首を痛めていた理由で、特訓はお休みしていた。
だから、最近は二人と帰ることが続いていた。
そして、楡井の足は完治したようで今日から特訓を再開することになった。
二人はひさびさの特訓で勢い込んで教室を飛び出して行ったのである。
桜は今日も二人と帰るつもりだったから、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ名残惜しい気持ちだった。

そんな桜を教室の後ろから呑気に傍観していたのが桐生という男。
普段のふわふわした雰囲気からは想像できない、なかなか鋭い洞察力を持っていた。

「何なら二人の特訓、見に行ってみる?」 
「はあ?なんでそうなるっ!」
突然の桐生の提案にオレは大声を出す。
「興味ない〜二人の特訓?オレは見てみたいけどな〜すおちゃんの特訓は厳しいのか、優しいのか?にれちゃんには優しそうだけどね〜」
「…ッ。」

確かに二人の特訓がどんなものか、気にならないと言えば嘘になる。
桐生の言う通り、蘇枋の教え方は興味がある。
あの喧嘩のできない楡井にどんな風に教えているのだろう。
本当はかなり前からそのような興味関心はあった。
でもせっかく楡井が本気で頑張っているのに、桜が水を差してはならないと思っていた。

「桜ちゃんはどう思ってるの〜?」
「…オレも興味ある。でも二人の邪魔したら悪い」
「そうだね〜でもさ、見つからなければ大丈夫だよ〜ちょっと隠れて覗き見しゃおう〜」
「の、のぞきみ!?それこそダメだろ
絶対怒られるやつだぞ、それ」
「大丈夫だよ〜バレなきゃいいんだから」
そう言う桐生はずいぶんと自信ありげだ。
「おまえ、なんでそんな余裕そうなんだよ。
本当に大丈夫なんだろうな?」
「ふふ〜大丈夫だよ。その辺は任せてよ
あ、でも一応差し入れ買っていこうね。
念のためね」

桐生は意味ありげに桜に目配せする。
桜は多少の心配はあるにせよ、すでに乗り気になっていた。 
ちょっといけないことをするような背徳感を感じつつ、桐生が一緒なら大丈夫かなとも思っている。

「それじゃ行こうか」
「おぉ」

桜と桐生はまずコンビニで差し入れを買うことにした。
これから覗き見するというのに、差し入れを渡す機会なんてあるのかと、桜は疑問に思ったが、桐生なりの意図があるようで聞かないことにした。スポドリやら、楡井の好きなグミをいくつかカゴに入れていく。
ここで困ったのは蘇枋の好きなもの…
「すおちゃんって何が好きなんだろ?お菓子食べてるの見たことある?」
「ないな。あいつ基本的にコーヒーばっかだし」 
「だよね〜それじゃさ、桜ちゃんの好きなお菓子でいいんじゃない?」
「はあ?なんでそうなる」
「桜ちゃんの好きなもの貰えたら、すおちゃん喜ぶと思うけどな〜」
「…」
「とりあえず、桜ちゃんは好きなお菓子選んでよ」

桜は、自分の好きなお菓子で蘇枋が喜ぶとも思えなかったが、あんまり時間もないので桐生に言われるままに好きなお菓子を選んだ。
悩んだ挙句、桜は「いちごみるく」をカゴに入れた。このキャンディは桜のお気に入りだった。
それをみた桐生は「いいんじゃない?」と少し悪戯な顔で言うから、桜は「なんだよ」と言い返すしかなかった。

コンビニを出た桜と桐生は、河川敷に向かった。特訓の場所は楡井たちになんとなく聞いていた。
川辺に沿って歩いていると、桜たちより一段下がった場所で、二人の人物が体を動かしている姿が遠目に見えた。
あれが楡井と蘇枋なのだろう。

「見つけたね。あそこの階段から降りようか〜」
「おぉ」

桜たちは近くの階段を降りて、楡井たちがいる河川敷に立った。
「ここから先は、すおちゃんたちの視界に入るから、あそこの草陰に隠れようか」
桜は桐生が指さした草陰を確認すると、コクっと頷く。
桜と桐生は蘇枋たちにバレないように腰をかがめながら、草陰の中に隠れた。

⬜︎

特訓から30分くらい経っ頃、蘇枋は二人の風鈴生が川辺を歩いているのが見えた。
蘇枋たちがいる位置より一段高いところを歩く二人。
一人は片手に白いビニール袋を下げている。
段々とこちらに近づいてくるその姿は、桐生と桜だと分かった。
ピンク色と黒白のツートン頭がものすごく目立っていたからだ。
どうしてここにいるのだろう?と不思議に思っていたが、二人が階段を降りてきたのを見て確信した。
あぁ、この二人は自分たちの特訓を見にきたんだなと。
さらに草陰に隠れた二人を見れば、蘇枋たちにバレないようにしていることは一目瞭然だった。
もうバレてるけど…
たぶん桐生の悪ノリに純粋な桜が丸め込まれて乗っかった。そんなところだろう。
全く…桐生君はよくやるよ。
何を企んでいるのか知らないけど。

蘇枋は楡井の相手をしながらぼんやりと考える。これからどうしようかと。
何となく、桐生たちに仕返ししたい気分だった。
特訓を見られて嫌なわけではないけど、覗き見されるのは正直、腹立たしかった。
蘇枋たちの特訓を見たいなら、堂々とそう言えばいいのに…
こんなに一生懸命に汗を光らせて頑張る楡井は、桐生たちの存在に全く気づいていない。
まあ、楡井は桐生たちに背を向けているから仕方がないのだけど。

楡井が蘇枋の回し蹴りにバランスを崩して倒れ込んだところで、「休憩にしようか」と声をかける。
くたくたになった楡井は近くのベンチに座り、水分補給をしながらタオルで汗を拭いている。

「にれ君、ちょっとここで待ってて。用事を済ませてくるよ」と楡井に一言声をかけて、蘇枋は草陰に向かって歩きだす。

「え、ちょっ、蘇枋さん?どこへ?」
楡井が驚いた様子で蘇枋の後をついてくるのがわかる。

蘇枋は草陰に来ると、見え隠れしているピンクの頭と白黒の頭に向かって冷たい声で言った。
「そんなところで何してるのかな、お二人さん」

するとケロッとした顔の桐生と下を向いた桜がのそりと現れる。

「えーー桐生さん、桜さん!?何してるんすか?
どうしてここに?」
にれ君がめちゃくちゃ驚いて言う。

「はは〜ん、バレちゃった!さすがだね、すおちゃん。いつから気づいてたの?」
「二人が川辺を歩いているあたりからかな。とっくに気づいてたよ」
どうやら桐生は蘇枋にバレていることは想定済みだったようで、むしろこの展開を狙っていたような口ぶりだ。
蘇枋は桐生とやり合っても思う壺な気がして、下を向く桜を攻めることした。
「桜君、どうしてここにいるのか答えてくれるかな?」
蘇枋が冷ややかに言葉を放つと、桜は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げ、恐る恐る口を開く。
「お、おまえらの特訓を見にきた」
「見にきたねえ。君たちがしていたのは覗き見って言うんだよ」

桜は、険しい声で言い放った蘇枋と目を合わせようとしない。
重たい雰囲気にいたたまれなかったのか、楡井が後ろで「あのー…」とかなんとか言って場の空気を変えようとしているのがわかる。

「まあまあ、すおちゃんそんな怒らないでよ。オレが桜ちゃんを誘ったんだよ。すおちゃんたちの特訓を見に行こうって。すおちゃんがどんな風ににれちゃんを鍛えているのか興味が湧いちゃってさ」
桐生はこの場の雰囲気に似合わず、のんびりとした口調でネタバレする。
やっぱりそうか、と蘇枋は思う。
「桜ちゃん、差し入れ渡してあげれば?」
「おぉ…」
桜はパンパンに詰まった白いビニール袋を楡井に渡す。
蘇枋には怖くて近づけなかったのだろう。
「わぁ!こんなにたくさんありがとうございます!あ、オレの好きなグミも入ってる」
楡井は嬉しそうに袋の中を物色しながら、今度は別の何かを取り出す。
「これは…?」
「あ、それはすおちゃんに。すおちゃんの好きなお菓子、わからなかったから、桜ちゃんが選んでくれたんだよ〜」
「へぇー桜さんが!はいこれ、蘇枋さんに」
そう言って楡井は蘇枋に「いちごみるく」と書いた飴の袋を渡す。

「ねぇねぇ、みんな知ってる〜『キャンディ』には『あなたが好き』っていう意味があるんだよ」
突然の桐生の爆弾発言で全員の視線が桜に向く。

下を向いていた桜が、今は蘇枋の手の中にある飴を凝視している。 
そしてみるみる顔が赤く染まっていき、体がわなわなと震え出す。
恥ずかしさと怒りが沸点に達したのか、桜は拳を振り上げて桐生に怒鳴る。

「桐生、てめぇー//全部知ってて選ばせたな。ふざけんじゃねぇ」
「え〜やだなぁ桜ちゃん。オレは桜ちゃんが好きなお菓子を選んでって言っただけだよ。そしたらたまたまそれがキャンディで、そう言う意味だったってこと〜」
「う、うるせぇ。解説すんなっ//」

桐生と桜のやりとりを聞いていた蘇枋は、内心喜んでいた。
桜の好意があるか無しかは置いといて、これが「偶然」起こったということが奇跡のように思えた。
蘇枋は気分が良くなり調子に乗って、もう少し桜を攻めることにした。

「桜君、嬉しいよ。きみがオレのことをそう思ってくれているみたいで。」
「はあ?ちげぇし。たまたまだ」
「違うの?桜君はオレのこと好きじゃないってこと?」
「…っ//」
「ねえ、ちゃんと答えてよ。答えてくれたら今日のこと許してあげる」
「…ッ//」
蘇枋が詰め寄ると真っ赤な桜はまた下を向いてしまう。
正直、蘇枋はやりすぎてるなと自覚があった。真っ赤になった桜をさらに追い詰める自分は、なんて意地悪なんだろうと。
それでも質問に対する桜の答えを聞いてみたかった。

息を詰めるような沈黙が続き諦めようとした時、桜が顔をあげて言った。

「嫌いじゃない」

桜の瞳は真っ直ぐに蘇枋を見ていた。
しかしそれは一瞬で、桜はすぐに視線を逸らしヘナヘナとその場に座り込んだ。
「さ、さくらさん!?しっかりしてください」
楡井が桜に駆け寄る。

「すおちゃん、大丈夫?固まってるよ」
桐生の言葉に、蘇枋は自分が呆然としていたことに気づく。
「よかったね」
「…」
桐生は蘇枋が持つ飴と桜を交互に見て言った。
「オレ、今日いい仕事したでしょ〜」 
「…ッ//認めたくないけど、結果的にはそうだね」
「ふふ。桜ちゃの告白聞けてよかったじゃん。やりすぎだけどぉ〜」
「認めるよ、調子に乗った」
「まぁ、一方通行は良くないから、すおちゃんも桜ちゃんに言いなよねえ〜」
「…はいはい」

桜の「嫌いじゃない」がどういう意味をさしているのか、蘇枋にはわからなかったが、真っ直ぐ自分を見て言う桜はとても誠実だった。
蘇枋は単純に嬉しかった。

帰り際、蘇枋は桜と並んで歩いた。お互い黙っていたが潮時をみて蘇枋は口を開いた。
「桜君、オレも嫌いじゃないよ」
そう言って、「いちごみるく」を一つ桜に手渡す。
桜はこの意味を理解したようで、真っ赤な顔で走り去って行った。
行っちゃったなあーと思いながら、蘇枋はほっと一息つく。

オレが感じたように、桜君も単純に嬉しいと思ってくれたらいいな



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