杉下に伝えたいこと

みんなが解散していく中、杉下だけは突っ立っていた。
脇腹を庇うように腕を回している。

「おい」
「あ?」
俺が近づくといつものように睨みつけられる。
「腹痛いんだろ?」
「…」
杉下はしばらく俺を睨み続けていたが、ようやく舌打ちをして口を開く。
「…痛い」
素直だった。
「ほらよ。保健室連れてってやる」
俺は杉下の腕をとり、自分の肩に回す。
ずっしりと体重がかかった。
やっぱデカいなこいつ…
「潰れるぞ、おまえ」
杉下を支えゆっくりと歩き出したけど、正直かなりキツい。
「るせえ、俺はそんな柔じゃねえ」
ここで引くのもダサいから、強がるしかない。

「はぁ…着いた…」
なんとか杉下を保健室まで運んだ。
杉下はベッドに腰を下ろして、上を脱ぎ始めた。
腹が痛むのか、動作が鈍間で見ていてもどかしい。
学ランの下に着てるシャツを脱ごうとしている手が止まる。
「どうした?」
杉下は何度も膝を曲げ伸ばしているけど、全然脱げる気がしない。
「手伝うか?」
俺が側に寄ると、杉下は少し迷ってから両腕を前に突き出した。
俺はその意図を理解して、そのままシャツを前に引っ張る。
「うわ…これは痛えな」
露になった杉下の脇腹を見て、声が出た。
肋骨あたりに赤紫に変色したあざができていた。
杉下は顔をしかめてじっと見ている。
「湿布はるか?」
俺が聞くと杉下は無言で頷く。

湿布を持って戻ると、杉下が手を伸ばしてきた。
「貼ってやる」
俺がそう言うと、杉下は大人しく聞き入れる。

手当てが終わり、杉下は背中を倒して仰向けでベッドに寝そべる。
眠いのかな…
まあ、疲れたもんな
俺も隣に座って窓の外を見た。
朝日が照らして明るくなりかけていた。
本当に全部終わったんだな…
橋で戦っていた時がずいぶん前ののことのように感じる。
チラッと杉下を見ると、長い前髪が目を隠していた。
眠ってしまったのだろうか。
何気なく前髪に手を伸ばして払うと、杉下と目が合う。
「起きてんのかよ」
俺がつぶやくと、悪いかよ、という目を向けてくる。
「別に…いいけど…」
気まずくなってそっぽを向く。

思えば杉下と二人きりになったことがなかった。
杉下は無口だし、俺もお喋りではないから沈黙が流れる。
でも、オレはどうしても伝えたいことがある。
杉下にお礼を言いたい。
あの時オレを奮い立たせてくれてありがとうと伝えたい。
そのためにわざわざ二人になれる機会を窺って、ここに来たのだから。

「…杉下」
名前を呼んで杉下を見ると、眉間にしわを寄せた顔を向けてくる。
「今日は…ありがとな」
咄嗟に出た言葉だった。
顔がじわじわと熱くなってくる。
もっと言うべきことがあるはずなのに、言葉が浮かばない。
どうしてか、思考が停止してしまった。
こんなんじゃ伝わらないかな
そらしていた目をもう一度杉下に向ける。
目が合うと、杉下はふんと鼻を鳴らしゴロンと向こうを向いてしまう。
髪の隙間からわずかに見える頬が薄ら染まっていた。

それを見て、俺はどこかほっとして力が抜けた。
やっと俺のするべき事が全て終わったような気がした。
俺もベッドに背中を倒して寝そべる。
しばらくして杉下の小さな声が聞こえた。
「お疲れ、桜」
優しい声だった。
俺は顔がゆるむののを感じながら目を閉じた。

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