前髪切りすぎた

「だあー!切りすぎたー」
鏡に映る自分の前髪は、明らかにぱっつんになっている。
ハサミを横向きにして切ったせいだ。
縦に入れてればこんなぱっつんにはならなかっただろうに。
切ってしまったものは仕方ない。
桜ははあーと大きくため息をつく。
どうすっかなー
こんなのクラスメイトに見られたら、絶対笑い者にされる。
見られたくねえ
とりあえずキャップを被って桜は学校へ向かった。

教室に入る前に一度深呼吸して、これから起こることを想像する。
帽子を被った自分を見たら、クラスメイトは不思議に思って理由を聞いてくる。
そしたら正直に言うか、嘘をつくか。
アドリブでいいや
そんで帽子を脱ぐか脱がないか
これもアドリブでいいか
つか、もう考えるのはめんどいからどうとでもなれ。
桜は勢いまかせに扉を開けて教室に入った。

⬜︎

わあ〜どしたの、桜ちゃん帽子被ってる
教室に入ってきた桜に対する、桐生の第一印象

「え、桜さん、なんで帽子?」
「桜君どうしたの?」
楡井や蘇枋も挨拶など忘れて、真っ先に帽子について質問する。

「なんでもねーよ」
下を向いたまま答える桜の顔は、キャップのつばに隠れて見えない。
そのままスタスタと自分の席につき、机に突っ伏して座る。
桜の背中からこれ以上話しかけんなという、無言のメッセージが漂うため、誰も近づかない。

「桜さん?どうしたんでしょうか」
「さあ?顔を隠す理由はなんだろうね」
勘の鋭い蘇枋もわからないらしい。
「オレちょっと見てくるね〜」
「え?」
きょとんとしている楡井と蘇枋にニコッと笑って、桐生は桜の席に向かう。

「桜ちゃん、オレ、ピン留め持ってるから貸すよ」
桜のキャップに向かって声をかけると、桜は目を丸くして見上げてくる。
「なんでわかる?」
「ふふーん、ちょっと教室出ようか」
桐生は桜の手を引いて教室を抜け出す。
廊下の突き当たりにある空き教室に桜を入れ、そっと扉を閉めた。
「ふー、ここなら誰も来ないから安心だね。さあ、桜ちゃんキャップ取ろうか」
桜は薄ら顔を赤らめてキャップのつばを掴む。
「笑わねえ?」
「笑わないよ」
そんなこと気にしてるのか、かっわいい
「つか何でわかるんだよ」
「帽子とったら教えてあげる」
ニコッと笑って言うと、桜はしぶしぶ帽子を脱いだ。
ペタッと額に張りついた前髪は、眉毛のちょうど上あたりでぱっつんに切り揃えられていた。
これは確かに切りすぎちゃったな〜
女の子の前髪みたいで可愛いけど
なんて言ったら怒られちゃうから言わない。

桜は恥ずかしさで下を向いたままなので、桐生はそっと桜の顎を引いてこっちを向かせた。
桜の前髪を軽くかき分けて、ピン留めを差し込み、くしゃくしゃと髪をならす。
「うん、これなら違和感ないよ」
桜は顔をしかめてピン留めのあたりを触る。
「こんなのつけてたら笑われる」
「そんなことないよ。ちゃんと見えないように髪で隠してるから。それに黒いピン留めだから全然目立たないよ」
「本当か?」
「オレを信じてよ」
桜はわかったと頷き、緊張が解けたように床に座り込んだ。
桐生も隣に腰を下ろすと、
「で、理由は?」と、すかさず聞いてくる。
桐生は桜の右肩についている一本の白髪をつまみあげて、桜の目の前で見せる。
「これ」
「…おう」
「朝切ったやつでしょ?」
「よく気づいたな」
「桜ちゃんの白髪きれいだから、教室に入ってきたときにキラッと光って見えたんだ」
「そうか…」
「ふふーん、おかげで桜ちゃんの切りたての前髪見れちゃった」
桜は顔を赤くしてまた下をむいてしまう。
「絶対誰にも、変なこと言うなよ」
「言わないよ。オレだけの特権だもん」
「はあ?」
桐生は立ち上がって桜の手をとる。
「さあ、教室戻ろうか」
「おう」

⬜︎

「あっ、桜さんたち戻ってきました」
楡井の声で振り返ると、桐生と桜が教室の後ろ扉から現れた。
出て行ったときは違い、桜は帽子を被っていなかった。
蘇枋は桜に近づいてじっと顔を見つめると、わかりやすくぎくっとして下を向く。
何となく、髪の毛がいつもと違う気がした。
前髪のあたりがふわふわしてるような、浮いているような。
「桜君?」
声をかけると、顔をあげた桜と視線が合う。
顔が薄ら赤く染まっているので
「顔、赤いよ」と言えば
「うるせえ、お前が見過ぎなんだよ」と返される。
「オレはいつも通りだけどな〜桜君こそ何か隠してない?」
そう言って桜の頭に手を伸ばせば、桜が慌てて自分の頭を押さえる。
その拍子に前髪の隙間から黒のピン留めがキラッと光って見えた。
桜は焦った様子で頭を押さえたまま自分の席に着いた。

ずっと黙って横に立っていた桐生を見れば、満足そうに微笑んでいる。
蘇枋の視線に気づいてこちらを見る。
「なるほどね」と蘇枋が言えば
「今回はすおちゃんより先越せたよ」
「次はないよ」
そう言って蘇枋はくるりと背を向けて席に着いた。

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