俺も負けないよ

桜の指示で学校にいた者たちは念のため持ち場に戻ることになった。
話し合いで決めた結果、十亀は蘇枋とペアになり二人で商店街を歩いていた。
「君と二人になるのは初めてだねえ」
「そうですね」
桜たちと街の見回りをする蘇枋と何度か会ったことがあるけど、こうして二人で話すのは初めてだった。
「蘇枋…くん?なんて呼んだらいいかなあ」
初めて話すからなんとなく君付けしてみたけど
「蘇枋でいいですよ」
穏やかな口調でそう言ってくれた。

「蘇枋は強いんだねえ。怪我してないよね全然」
蘇枋の顔には傷が一つもなかった。
「はい、オレは強いので」
真顔でそう言ってのける蘇枋は、冗談なのか本気なのかわからない。
「すごい自信だねえ」
「バカにしてます?」
また真顔で言うものだから、十亀はつい笑ってしまう。
「いや、してないよ。その顔だと冗談か本気なのかわからないなあと思って」
「オレは基本的に本気です」
基本的にって‥‥‥冗談の可能性もあるじゃんねえ
「不思議な言い方するね」
蘇枋のつかみどころのない答えが可笑しかった。
「そんなことないです。十亀さんこそ、変なところ突っ込んできますね」
「そうかなあ」
初めて話すけど、蘇枋と遠慮なく話せる雰囲気で嬉しく思った。

「十亀さんは大事な人が敵と肩を組んでたらどう思いますか?」
唐突な質問だった。
遠回しに桜のことを言っていることは十亀にもわかった。
下を向いて十亀より少し後ろを歩く蘇枋を見て、彼なりに桜に対して思うことがあるのだろうと察する。
「そうだなあ、彼が喧嘩で対話してそういう行動をとったんなら、それでいいんじゃないかなあ」
蘇枋の歩調に合わせて横に並んで十亀は言った。
「でも蘇枋の立場だと複雑かもねえ。棪堂が憎い?」
蘇枋の気持ちはわからなかったけど、自分だったらそう感じるかもしれないと思って聞いた。
「オレも桜君が決めたことならそれでいいと思ってます。でも、もしも自分が彼の立場だったらあんな行動を取れないと思うんです。どうして彼はあんなに強くて優しい人なんでしょう。本当に彼には敵わない‥‥‥‥近くにいるのにすごく遠い存在に思えた」
下を向いたまま蘇枋は静かに本音を語ってくれた。

彼の気持ちはなんとなく理解できた。
十亀も今日の桜を見てやっぱり強くてかっこいいと思った
けど、蘇枋のように自分と桜を重ねて見ることはなかった。
十亀にとって桜はすでに憧れの人で、自分と比べるような人ではなかったから。
でも、誰よりも近くで桜を見てきた蘇枋はそうではないのだろう。
級友、ライバル、仲間‥‥
そういう対等な関係にあると思っていた人が、実際は自分よりもっと上の方にいた。
蘇枋はそう感じたのかもしれない。
それを知ったときの気持ちは悔しいとかショックとか、そんな簡単な言葉で表現できないことは十亀にもわかる。
同情の言葉をかけるのも違うような気がして黙って歩いた。

考えに耽っていた十亀は蘇枋が立ち止まっていたことに気づかなくて、急いで数歩後ろにいる蘇枋のところへ戻る。
俯いて顔が見えない蘇枋にまさかと思って聞いた。
「泣いてる?」
「なわけないでしょ」
怒ったように顔をあげた蘇枋は、初めと同じ真顔だった。
「喋りすぎました」
蘇枋は気持ちを切り替えたらしく、早足で先に行ってしまう。
「君が本音で話してくれて嬉しかったよ」
蘇枋の背中に向かって言うと
「喋りすぎました」
また同じ返事が返ってきてなんだか笑ってしまう。

蘇枋はああ言っていたけど、十亀からしたらそんなこと思う必要はないだろうという気持ちだった。
あの桜の隣に立って常日頃彼を支えているわけだし、これからも桜から色んな影響を受けてまだまだ強くなるんだろう。
そう思うと少し悔しいような、羨ましいような‥‥‥
「俺、君に負けないから」
蘇枋の顔を覗き込んで言う。
「オレじゃなくて桜君にでしょ」
不服そうな顔を向けて言い返されるけど十亀は気にしない。
「俺は置いて行かれたくないんだなぁ」

どうせ君は桜に追いつこうとするんでしょ?

そんな十亀の気持ちを知ってか知らずか、蘇枋は立ち止まって十亀に笑みを向ける。
「オレは待ちませんから」
清々しい顔でそれだけ言うと、蘇枋はまた先に歩き出す。

初めて蘇枋の笑った顔を見て、十亀は体が熱くなるのを感じた。
それがどうしてなのか十亀にはわからなかったが、蘇枋に対して好感を抱いたことは確かだった。


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