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空の雲フーの幸せレシピ 第5話

フーは、窓の外から部屋の中を見回しました。そこはキッチンで、窓に面して流しと作業台が並んでいます。

流し台の横にはストーブがあって、中では火が赤々と燃えています。

部屋の真ん中には丸いテーブルがあって、赤と白のチェック柄のテーブルクロスがかかっています。

食器が入った木の棚の上には、ろうそくが4本立てられるロウソク立てと、赤いろうそくが差してあります。

そのうちの3本が順々に短くなっていて、4本目はまだ火がつけられていないようで長いままです。

そこは、山あいにあるキャンプ場でした。中央にある建物はチャペルで、このレンガ造りの建物は食堂でした。

春夏秋は、沢山の若い人たちでにぎわうキャンプ場でしたが、冬のクリスマスの時期は、遠くから来るお客さんはいません。

お客さんたちは、クリスマスを自分たちが普段行っている町の教会でお祝いするか、家でお祝いします。

それで、キャンプ場を住み込みで経営している数家族は、12月のクリスマス時期にはゆっくり休暇をとり、クリスマスイブには近くの村人たちをチャペルに招待して、イエスさまのお誕生を一緒にお祝いするのでした。

エミリはキャンプ場の食堂を任されている家族の一人娘でした。エミリのお父さんは食堂の料理人です。お父さんは、もうすぐやってくるクリスマスイブの大ごちそうのための買い出しに出かけていました。

エミリのお母さんは、エミリと一緒に、デザート用のクリスマスのクッキーとケーキを作ることになっていた。ところが急に具合が悪くなってしまったのです。

お母さんは、寒いのが苦手です。小さいころ寒い外国で暮らしていたことがあって、嫌になってしまったのです。

お母さんは、お父さんと結婚して山奥に暮らすようになってから、いつも家の中をポカポカしたいと思っていました。それで秋の始めから春の終わりまで、ずっと薪ストーブを炊いて建物中を温めていました。

でも昨日と今日の寒さは、段違いに寒かったので、ストーブの温かさが足りません。クリスマスの準備で忙しく、寒さを我慢していたお母さんは、とうとう具合が悪くなってしまったのです。

さらに悪いことに、この一年というもの、人から人に移る怖い病気が流行していました。その病気だと分かると、別の建物で生活したり、ひどい時には病院に入院することになってしまうのです。

お母さんは、具合が悪いと感じたときに、病気を家族に移してはいけないと思い、すぐに自分の部屋で休むことにしました。

お母さんはすぐに眠ってしまいました。それでエミリは、ひとりぼっちでお父さんの帰りを待つことになったのです。

「おかあさん、すぐに治るかな」
エミリは、ララが部屋の中の方へ歩いてくるのを抱き上げて、ぽつりと言いました。

ララは「ニャー」と言って答えました。エミリを励ましたかったのです。

猫とは不思議な生き物で、人間の言葉は分からなくても、人の嬉しい、楽しい、悲しい、怒っている、などの気持が分かります。
それでララも、エミリがひとりで心細く感じているのを見て悲しく思っていました。

エミリは「そうだよね、ララ。大丈夫だよ。ママはきっとすぐに良くなるよ」と小さな声でつぶやきました。

「私にできること、何かないかな。」

フーはそんなエミリの横に、フワフワと浮いていました。ララには姿が見えるフーでしたが、エミリには見えないようです。

フーは、ストーブの近くに行きました。鍋の中にはグラグラとお湯が沸いています。

「ママは、『エミリはまだ小さいから、火を使っちゃいけません』って言ってたけど、やっぱり、お母さんのために何か作りたいな。」

エミリはララを床に降ろしながら独り言をつづけました。エミリはまだ7歳です。ひとりで火を使うには小さすぎます。

それなのに、エミリは言いつけをやぶって、お鍋にひとりで水を入れてストーブの上に置いていました。この次に何をしたらいいか考えていたのです。

エミリがストーブの上に置いた鍋の湯気は、さっきよりもモクモクと湧き上がっています。

フーは、鍋の中身をもっと近くで見ようと思って近づきました。

湯気は、さっきフーが見た煙と違って、何のにおいもしませんでした。フーは湯気を触ってみたくなって、手を伸ばしました。

するとどうでしょう!フーの体から、にょきにょきっと2本の腕が生えたのです。

エミリは突然現れた手に驚きました。

「ひゃああ!」
エミリは叫び声をあげました。

次の瞬間、フーのモコモコした体全体がエミリの前に姿を現したのです。まるで腕のある綿あめが宙に浮いているみたいです。すると、白いマシュマロのような胴体が現れ、最後に2本の足も現れました。

フーは、エミリの方をジッと見ました。

エミリもフーをジッと見ました。
「何なの、あなたは?」

フーは、エミリが自分の姿が見えることに驚いて、すぐには言葉がでませんでした。

でも、人間の言葉も小さいころに学んでいたので、エミリの言葉が分かりました。

言葉は学校で勉強して知っていたのですが、こうして本物の人間と会話をするのは初めてです。

フーは勇気をふりしぼって言いました。
「ぼく、雲のフーって言います。」

エミリは聞きました。
「雲って、空に浮かんでる白い雲?」

「そうです。」

「どうしてうちの台所にいるの?」

久しぶりに人間の言葉を口にして、フーはだんだん調子が出てきました。

「ぼくは今、虹の川学校をお休みして、地上で美味しい物を探す旅をしています。さっき、あなたの友達のネコに協力してもらって、部屋に入れてもらったんです。よかったら、美味しいものを探すのを手伝ってくれませんか?」

フーは、エミリの目を見ながら一気に言いました。

エミリは目を大きく開いて、フーのことを上から下まで見ながら聞いていました。

フーは、エミリの目がやさしそうなのを見て、友達になりたいな、と思いました。

「そう。今、学校をお休みして旅をしているのね。よくわかったわ。あなたの美味しいもの探し、手伝ってあげる!」

エミリは、にっこりしていいました。

エミリは、キャンプ場にやってくる人たちと話すのが好きでした。冬になってから、めっきりお客さんと会わなくなっていたので、こうして誰かがいてくれたほうが、嬉しかったのです。

猫のララがいてくれるのも心強いですが、言葉が通じる誰かであればもっとうれしいものです。それがたとえ、雲の男の子だとしても!

「私はエミリよ。今、ママの具合がよくなる料理を作ろうと思ってたの。」

それを聞いてフーは叫びました。

「それってスープ?!」

エミリは、とびきり大きな笑顔で答えました。

「そう!スープ!ママは私が具合が悪いといつもスープを作ってくれるの。あんまり美味しいから、具合が悪くなくても、私もパパもいつもスープを飲みたいって、言って作ってもらうのよ。」

フーは興奮して言いました。

「それはいいや!ぼく、煙のうわさで聞いたよ。ストーブの上でできるスープは、最高に美味しいって!」

「それは本当。うちのママのスープは世界一だもん!私もそれをママに作って、元気になって欲しいんだけど、私はまだ作れない。」

エミリは続けました。

「パパはコックさんだからすぐ作れると思うけど、お出かけしてて、遅くまで帰って来られないの。それに、包丁を使って何かを切ったり、火を使って料理しちゃいけません、ってパパとママに言われているし。ほんとうに困ったな。」

フーはこれを聞いて、ひらめきました。

「じゃあ、ぼくが作るよ!エミリは、いつも飲んでるスープに何が入っているか、ぼくに教えて!」

つづく

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