『凸凹息子の父になる』19 入学式の凧揚げ
四月になった。いよいよ翔太も小学生になる。小学校までは、子どもの足で30分ほどかかる。
私は翔太を連れて、入学に備えて通学路を歩いてみることにした。
私たちが住宅地の中を歩いていると、それぞれのお宅の犬が翔太に向かって吠える。翔太は犬に吠えられるのが嫌いだ。
吠えられると、
「わぁーっ」
と叫んで私の陰に隠れる。犬の方も、そんな息子の姿を面白がって、わざと吠えているようだ。
入学式当日になった。気持ちよく晴れた日だった。例年ならば桜は散っている頃なのだが、今年の桜は長持ちしている。
正門の両脇には濃いピンクの八重桜が、見ごろを迎えていた。まるで翔太たちの入学を祝ってくれているようだ。
正門前では先生達が、車を高台にある駐車場に誘導していた。現在の小学校の奥には、旧校舎と使用していないグランドがある。そのグランドが保護者用の駐車場になっていた。
車から降りると、グランドの周りに植えられた桜の老木の数々が、満開の花を咲かせて壮麗に出迎えてくれた。そしてウグイスが鳴いている。
まるで絵に描いたような光景に感動しながら、新校舎まで歩いた。
校舎に着くと、保育園で馴染みだった親子の姿を何組か確認した。その中には修平君親子もいた。
玄関には、新入生のクラス名簿が張り出されている。一学年は3クラスで、翔太のクラスは27人だ。
その名簿には、修平君の名前もあった。私はホッとした。翔太は、修平君と同じクラスになっていた。
「一緒のクラスになりましたね」
修平君のお父さんに、声をかけられた。
「ああ、良かったです。修平君が一緒で、とっても心強いですよ」
「修平も、翔太君と一緒で喜んでますよ」
修平君は、翔太と手をつないでくれた。そして私たちは彼らと一緒に教室に入った。
教室の中ではスーツを着た若い男性が、子供たちをそれぞれの名前の書かれている席に誘導していた。男性は翔太の顔と名前を確認した。
「星 翔太君ね。君の席、こっちね」
翔太の席は、廊下側の一番前の席だった。
父兄は先に体育館へ入場することになっているが、しばらく私は廊下の窓から教室の中を覗いた。
クラス全員の子どもたちが着席すると、若い男性は教壇に立った。先ほどから子どもたちを席に誘導していた男性は、教師だったようだ。
「おはようございます。1年1組の担任の安東 隼人です」
思っていたより、若い担任だった。
「こんな頼りなさそうな兄ちゃんで、大丈夫なのか?」
私は不安に駆られながら様子を見ていたが、妻に促され体育館に向かうことにした。
体育館の保護者席は、ほぼ満席だった。私たちが最後列の席に座ると、式が始まった。
音楽が鳴り、一年生の行進が拍手で迎えられる。
ちゃんと翔太も歩いて、皆と同じ様に着席する。その姿に、込み上げてくるものがあった。
「何だ、ちゃんと出来るじゃないか」
入学式は粛々と、滞りなく進んでいく。翔太は最後まで大人しくしていた。
息子が状況に応じて周囲に合わせられることを確認し、妻も私も安堵した。
感動の入学式が終わり、子どもたちは各教室に戻る。父兄は教室の後ろや廊下の窓から、子どもたちの様子を見守った。
担任が黒板に自分の名前を書いた。
「あんどう はやと」
子どもたちが、黒板の文字を読む。
「担任の安東 隼人です。去年までは6年生の担任をしていました。1年生を受け持つのは初めてですが、自分も新1年生と同じ気持ちで頑張りたいと思います」
長女も次女も、一年生の時の担任はベテランの女性の先生だった。どちらの先生も細やかに指導して下さり、娘たちの学校生活には何の心配もなかった。
けれど翔太の担任は、何だか頼り無さそうに思えた。
教師は、話を続けた。
「今日は、みんなにプレゼントがありまーす」
そう言うと、竹ひごと障子紙で作った凧を配った。
「これは、連凧と言います。みんなのお父さんたちと、一緒に作りました。ここに、好きな絵と名前を書いてくだい」
それは、先生と父兄の有志が作った手製の凧だった。子どもたちは、その凧に思い思いの絵を描く。
翔太は相変わらず、信号機の絵を描いている。
絵の横には名前も書いている。
「ほしし うよた」
惜しい。微妙に惜しいが、まあいいか。
みんなの絵が描き終わると先生は凧を回収し、全ての凧を一つに繋げた。
そして全員、外に出る。
旧校舎のグランドに来ると、先に2組と3組の連凧が上がっている。翔太も、喜んで走り出した。
「これは、見事だな」
私は連凧の存在を始めて知ったが、父兄の一人が新入生のプレゼントとして考案したそうだ。なかなか粋な計らいだ。
翔太たちのクラスの連凧も、青空に高く舞い上がった。丁度良い風が吹き、桜の花びらが舞い散る。
まさに、絶好の凧揚げ日和だ。
私は翔太と修平君を並ばせて、連凧と一緒に写真を撮った。
紺碧の青空に桜、ウグイスの鳴き声、そして連凧。こんなに贅沢な入学式は、またとない。この光景は、一生記憶に残しておきたい。
連凧は子どもたちの夢と希望を乗せて、高く高く上っていった。
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