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『胡桃の箱』22 新聞記者

 その晩、僕は母から古城家が所有している不動産について相談された。

今のところ写真館と喫茶店、軽井沢の別荘と田園調布の家、その四軒とも全て冬爺の名義になっている。

「おじいちゃんも年でしょう。春人も成人した事だし、そろそろ不動産の名義変更の手続きをしたいと思ってるんだけど、どうかな?」
「それって、どういうこと?」
「家の名義を、おじいちゃんから春人の名義に変更するのよ」
「四件とも?」
「ううん、田園調布の家は売却することになってね。今、内装工事をしているところよ」 
「へえ、売れたんだ」
「はるみさんの紹介で、彼女の事務所の社長さんが買って下さることになったの」
「それは、良かったね」
「お陰で助かったわよ。それから写真館は、そのまま源ちゃんが続けてくれてて、毎月スタジオの使用料を納めてくれてるの」
「俺、今日あの二人に酷いこと言ってしまったけど、いろいろ世話になってたんだな」
「そうよ。二人とも親身になって、私を支えてくれてるのよ」
「俺、最低だな」
「まだまだ、これからじゃない」
「うん」

 いきなり僕は、写真館と喫茶店と別荘のオーナーになることになった。大人になるということは、いろんな義務や責任が増えていくことだと身をもって教えられた。
ということは、一人前の人間として、事実を知る権利もあるはずだ。

「ねえ、母さん」
「ん?」
「俺の父さんって、どんな人?」
「父さんか。父さんねえ」

 母は、ため息をついた。やはり、聞いてはいけなかったのだろうか。
しばらく黙ったまま、母は考えていた。そして、口を開いた。

「あのね、」

そう言うと、急に言葉に詰まって涙ぐんだ。
「変でしょ、泣いたりして」
「いや、大丈夫だよ」

母はティッシュで涙をふき、鼻をかんだ。そして呼吸を整えて、こう言った。
「あなたのお父さんは、とっても優しくてね、世界中の誰よりも春人のことを愛していたと思う」
「そう」
「ごめん。今話せるのは、これだけ。お父さんのことは、そのうち整理してから話すね」
「わかった」

 母に質問したものの、僕は僕で父親のことを知る心の準備が、まだ出来ていなかった。


十月のある日、はるみさんから連絡が入った。冬爺から紹介された新聞記者と、会う約束を取り付けたそうだ。

「春人君には関係ないことかもしれないけど、知らせないのもどうかと思って」
「ああ、僕も気になってました。一緒に話聞いてもいいんですか?」
「そうしてくれると、心強いな。ありがとう」


次の日、例のマンションで、僕らは緑川文雄の話を聞くことになった。

「何から、お話しましょうかね」
「ご存知なことは何でも、お時間が許す限りお話下さい」
「わかりました」

 緑川は、出された紅茶に角砂糖とレモンを入れると一口飲んで、ため息をついた。
「私は、古城冬人さんが記者をされている時に知り合いましてね」
「何年前ですか?」
「さあ、何年前かなあ。私が二十代後半で、古城さんが四十代くらいの時かな?」
「約半世紀前ですね」」
「ある時、ロシア人の活動家について調べて欲しいと頼まれましてね」
「はい」
「それが、ミハイル・アクセノフだったんですよ」
「どうして古城さんは、そんなことを緑川さんに頼まれたんでしょう?」
「私、大学でロシア文学を専攻していましてね、多少はロシア語の文献が読めたんですよ」
「それだけのことで?」
「そう、私もお断りしたんですがね。古城さんが、ミハイルは自分の命の恩人だからとか何とか言うもんで」
「冬爺も、押しが強いな」
「そう言われちゃあ、仕方がないでしょう。私も危険を冒しながら、彼について調べましたよ。すると、驚くことばっかりで」
「それは、どんな?」
はるみさんと僕は、身を乗り出した。

「確認ですが、ここには盗聴器や録音装置は、仕掛けられている可能性はありませんよね」
「えっ?そんな話なんですか?」
「そんな話です」

部屋のあちこちを見渡す緑川に、はるみさんは言った。
「この部屋はストーカーや芸能記者の対策のために、定期的にチェックしてもっらてるんですよ」
「それならば」
緑川は、声を潜めた。
「今から話す内容は、五十年前の事とは言え他言は無用です。それを守って下さらなければ、私にも危険が及ぶのでお話できません」
「分かりました。誰にも話しません」
彼女の言葉に頷いた緑川は、僕の顔を見る。
「ああ、もちろん僕も話しませんよ」
「信じていいんですね」
「はい、大丈夫です」
緑川は、小声で話し出した。
「ミハイル・アクセノフと言うのは、偽名です。彼の本名は伏せておきますが、ある国の工作員で、複数の名前と複数のパスポートを使い分けて、世界中を飛び回っていました。日本にも何度も来ており、戦前は北海道の地形などを調査していた様です」
「礼文島にも来ていましたか?」
「その可能性は、十分にあると思われます」
「ご家族は、おられたんでしょうか?」
「これはあくまでも噂なんですが、日本に妻子がいると耳にしたことはあります。事実はわかりませんが、いたとしても不思議ではないでしょう」
「このお顔なら、夢中になった女性もいたかもしれませんね」

「実は古城さんが、三浦桃子という女性について調べていたんで、私も気になってましてね」
「三浦桃子ですか?」
はるみさんは、目を見開いた。

「北海道中の女学校の卒業名簿を調べたら、彼女は函館の女学校の卒業生でしたよ。で、その女性と何か、接点がないかと思ったんです。ですが彼女は、函館の貿易商に嫁いでおり、ミハイルとの接点は見当たりませんでした。年齢も、かなり離れていましたしね」

 今度は、はるみさんが話し始めた。
「私の祖母の叔母の旧姓が三浦桃子で、函館の女学校を出ているんです。そして私の祖母は、桃子おばさんから貰った和英辞典を使って、夫のミハイルと会話をしていたと言っていました」
「そうか。それで謎が解けました。やはり我々の知っているミハイル・アクセノフは、あなたのお祖父さんだった可能性が高いですね」
「ああ、やっぱり。やっぱり、そうですよね。ずっと思っていたことが確認できて、本当に嬉しいです」

 それから二人は、興奮気味で話を続けた。緑川の話は込み入っていて、歴史や政治に疎い僕には難しかった。

なんとなく理解したのは、ある国の工作員だったミハイルは、戦後は反政府組織のメンバーになったということだ。y
そして米ソの冷戦時代には、日本やキューバ、ベネズエラなどで諜報活動をしていたらしい。

キューバがソ連製の核兵器で武装され、アメリカと一触即発の緊張状態になった時も、彼らの水面下の活動は、最悪の事態を回避する一助になったと言う。
冬爺は新聞社を定年前に退職し、株や不動産の売買で得た利益で、日本での彼らの活動を支援していた。

アメリカの石油会社の重役に貸していた田園調布の家も、各国の活動家や諜報員が接触する場になっていたそうだ。もしかしたら、あの家で僕がベネズエラの大使館員の息子と寿司を食っていた時に、ミハイルもいたのかもしれない。

驚いたのは、ミハイルの日本での住居は、うちの軽井沢の別荘だったことだ。別荘に装備されていた本格的な無線機器も、メンバー間の連絡用に設置されたものだった。

そして、暗号化された情報を解読する鍵として、スイス製のオルゴールのメロディーが使われていた。古城家にあった古ぼけた小箱は、冬爺がミハイルから託された暗号解読用のオルゴールだったのだ。

「あの別荘に、そんな秘密があるって、知らなかったよ」
「私も撮影でお邪魔した事があるけど、お祖父さんが私を呼んでいたのかしら」

それにしても、証拠を残さないはずの工作員が、わざわざ偽名を記した写真をオルゴールに忍ばせるだろうか。
「それには疑問が残るんですがね、見つかった時に捜査を撹乱するためなのか、それとも二重スパイの仕業なのか、私にも分からないですね」
「うーん、もしかしたら二重スパイがいてさ、ミハイルさんを貶めるためにこっそり写真をオルゴールに隠してたりして」
「まあ、どっちでもいいわ。謎が全部解明されない方が、ワクワクするじゃない」

晩年のミハイルはサンクトペテルブルグに住み、九十九歳で生涯を閉じたそうだ。

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