『胡桃の箱』17 捏造された事件
家に帰るとすぐ、オルゴールの画像を源ちゃんに送った。
「とあるバーで見つけたんだけど、うちから盗まれた箱かな?」
けれど、なかなか返信が来ない。きっと忙しいんだろう。僕は、しばらく待った。
三日後、やっと源ちゃんから電話が来た。
「おう春人、なかなか連絡できなくてごめんな」
いつもより、源ちゃんの声に元気がない。
「疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
「ああ、エアコンつけっぱで寝てたら、風邪引いたみたいでさ」
「そうなんだ。実はね、白石はるみに会ったんだ」
「へえ、そりゃ凄いな」
「いや、流出写真のことで、僕を疑ってるんだよ」
「ええ?」
「写真館の箱が盗まれたことも話したけど、嘘だと思われててさ、マジでムカつく」
「そうか」
源ちゃんは、弱々しく応えた。
「でさ、バーにあった箱が、どう見ても、うちの箱に見えるんだけど、どう思う?」
源ちゃんは、しばらく黙っている。具合が悪いのだろうか。
「春人、あのな、実はな」
何だろう。
「えっと実は、箱が盗まれたのは自作自演なんだ」
「えっ、どういうこと?」
どういうことだ。源ちゃんまでも、嘘をついているのか。
「ごめんな。ほんと、ごめん」
事の経緯は、こうだ。
源ちゃんは、叔父に残された時間が長くないと知った時に、自分に出来ることは何かと考えたそうだ。そこで叔父の生きた証として、作品を展示する計画を思いついた。
その企画を手伝ってくれたのが、写真の専門学校時代からの友人の猿渡だ。
作業中に源ちゃんと猿渡は、例の写真を見つけ、その美しさに釘づけになったらしい。しかし写真の女性が誰だか分からなかったので、パネルにはしなかったそうだ。
けれど葬儀に白石はるみが現れ、叔父が撮ったのは彼女であると気づいた猿渡が、その日のうちに写真を売ってしまったのだ。そして、それを知った源ちゃんは、友人を庇うために小細工をしたと言う。
「秋人さんに箱を燃やす様に言われてたのは、本当なんだ」
「何で、そんなこと言ったのかな」
「俺も不思議に思ったけど、燃やすくらいの箱なら、無くなっても大丈夫かなと思ってさ」
「白石はるみの写真が、箱に入っていた様に、見せかけるために。わざわざ盗ませたのか」
「春人、ごめん。本当にごめん」
「ごめんと言われても」
「許してくれとは言えないけど、俺も猿渡もさ、秋人さんの写真が大好きなんだよ。だから、一人でも多くの人に見て欲しかったんだよ」
「それは、分かるけどさ」
「でも、猿渡が写真を勝手に売りやがって、俺も動転しちゃってさ。ほんと嘘ついて悪かったよ」
源ちゃんの気持ちも、少しは理解できる。あの写真を埋もれさせるのは勿体ないと、僕でさえも思ったからだ。
ただ、僕らに無断で写真を売った猿渡という奴は許せないし、そんな奴を庇う源ちゃんにも、がっかりした。ましてや事実を誤魔化すために、写真館から箱を盗ませるなんて。
それにしても秋人パパは、なんであの箱を燃やせと言ったのだろう。そしてバーで見つかったオルゴールは、盗まれた箱と同一の物なのだろうか。
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