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『胡桃の箱』28 車中での話

高崎駅に着くと、はるみさんは僕の分まで切符を買ってくれた。しかもグリーン車だ。

母は、お茶と駅弁を買ってきた。何だか、ちょっとした旅行気分になる。

「今日は思い切って来て、お二人に会えて良かったです。また、来させて下さいね」

「いつでも、いらっしゃいな」

「夏子さん、どうぞお元気で」

「ありがとう」

 僕らが席に着くと、列車は動き出した。

「二人っきりで新幹線に乗るって、不思議な気分ね」

「切符、ありがとうございます」

「いいのよ。気にしないで。こちらも、美味しそうなお弁当いただいちゃって。お腹すいたわね。頂きましょうか」

 女優と一緒だと、グリーン車で豪華な弁当が食える。たまには、これも悪くない。

そして僕は、弁当を食いながら気になっていたことを聞いてみた。

「はるみさんって、兄弟とかいるんですか」

「居たら良かったんだけど、一人っ子なのよ。その代わり、大事にされてたけどね」

「俺と一緒だ。じゃあ、従兄弟とかは?」

「従兄弟は一人居るわよ」

「へえ。俺、従兄弟もいないんですよ。だから兄弟とか従兄弟とかって、ちょっと憧れがあって。従兄弟の人と、遊んだりしたんですか」

「まあね。でも男の子だから、そんなに仲良しってほどじゃなかったけど」

僕は、ドキドキしてきた。

「その人は、どんな人だったんですか」

冬爺の話から推測すると、はるみさんの従兄弟は、ひょっとすると僕の父親かもしれない。

「大ちゃんって言ってね、母の妹の子なんだけど、ちっちゃい時はすっごく可愛い子だったの」

「だけど今は、可愛くないと」

「当たり前よ。もう四〇近くのおじさんだもの。えーっと私が八歳の時に生まれたから、今は三七歳かな」

「三七歳か」

大ちゃんという人と僕との年齢差は、たったの一六歳だ。

どう考えても大ちゃんは、僕の父親ではないだろう。いや、父親であって欲しくはない。母とも年齢差が、あり過ぎる。

ならば、疑問を直接ぶつけるしかない。

「ところでなんですが、」

「なあに?」

「うちの爺ちゃんが、僕がミハイルさんの子孫だとかなんとか言い出すんですよ。はるみさん、なんか知ってます?」

はるみさんの表情が、急に曇った。

「冬人さん、どうしてそんなこと言ったのかな。ごめんね。ちょっと私にも、どういうことか分からないな」

「爺ちゃんの勘違いだったのかな」

「今分かっているのは、私の父の父親が、冬人さんの知っているミハイルと、同一人物じゃないかってことぐらいかな」

「そうですか。いや、もし爺ちゃんの言うことが本当だったら、はるみさんと僕は親戚なのかなって思っちゃって」

「あははは、私、古城家の人には親戚以上に大事にされているわよね」

そう言われてしまうと、もう何も聞けなかった。僕はイヤホンで音楽を聴きながら、寝たふりをした。

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