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『胡桃の箱』20 納骨式での出来事

九月、高崎の霊園で、秋人パパの納骨式が行われた。お墓は、五年前に祖母の冬子が亡くなった時に建てられいる。

僕らは墓に花を手向け、賛美歌を歌う。続いて牧師さんが、聖書を読んで祈祷する。それから納骨だ。

僕は祖母の小さな骨壷の隣に、一回り大きな骨壷を置いた。秋人パパは頑丈な人だったが、骨壷もめちゃくちゃ重かった。それは、骨になっても存在を主張しているように思えた。

こんな冷たい壷の中で、窮屈な思いをしているんじゃないだろうか。ランプに押し込められた魔人の様に、秋人パパも出たがっているんじゃないか。僕には、そう思えた。

「今日は秋ちゃん、誕生日だったわね」

「誕生日に納骨かあ。可愛そうだなあ」

 母は、並んだ二つの骨壷を撫でた。

「でも秋ちゃん、お母さんっ子だったから、向こうで親子水入らず、仲良くやるんじゃない。お母さん、甘えん坊の秋ちゃんをよろしくね」

 墓に骨壷を納めると、また皆で賛美歌を歌って黙祷をした。

納骨式に参列したのは、牧師夫妻と僕と母、それに源ちゃんと白石はるみだった。

源ちゃんは家族同然の付き合いなので、参列してくれるのは有難かったが、この場に白石はるみまでが家族面して居るのが理解できず、不愉快だった。

彼女は、涙まで流していやがる。

「今日は、わざわざ叔父の納骨に立ち会って下さって、有難うございます」

式が終わって、僕は嫌味っぽく挨拶をした。

「ちょっと、春人」

母が僕の袖を掴んだ。

「では、私たちはこれで失礼します」

僕らの不穏な空気を察したのか、牧師夫妻がそそくさと退場する。

「今日は、本当にどうも有難うございました」

母は慌てて、牧師夫妻を駐車場まで送って行き、僕らは頭を下げて彼らを見送った。

彼らの姿が見えなくなった時に、白石はるみが呟いた。

「なんで私が、ここに居るんだろうと思っているんでしょ」

「いやあ、お忙しい女優さんが、一塊のカメラマンの納骨式に来るって、よっぽどのことがあったのかなって思って」

「歓迎されないとは、思ったんだけど」

「じゃあ、何で?」

「実はね、あのオルゴールのことで冬人さんにお聞きしたいことがあったの」

「オルゴールのこと?」

「そう。それで夏子さんに伺ったら、『どうせ群馬に来るなら納骨式に来ませんか』って言われて来ちゃったの」

「また、オルゴールの話?もう、いい加減にしてもらえませんかね」

僕は、声を荒げてしまった。

「おいおい、春人、大きな声出してどうした?」

源ちゃんが心配して間に入ろうとしたが、僕は押さえが利かなくなった。

「元はと言えば、源ちゃんがオルゴールを棺の中に入れなかったから、こんな面倒なことになったんじゃないか」

あろうことか、僕は源ちゃんにまで八つ当たりをした。叔父の納骨式で、叔父の墓前で、こんなに感情的になってしまうなんて最低だ。

「そうだな。悪かったよ」

源ちゃんは、しょんぼりした。

「ついでに、はるみさんにも謝らなければいけないことが、あるんです」

「なにかしら?」

「実は僕の友人が、あなたの写真を『文潮』に売ったんです」

「えっ?そうだったの?」

「おまけに友人は、自分が写真を売ったことを誤魔化すために、オルゴールを盗みました」

「でもその人、バーで酔っ払って、盗んだオルゴールを置き忘れたんだよね」

「そうだったの。やっぱり、あのオルゴールは、写真館のものだったのね」

「本当に、済みません」

「大丈夫。もう私の写真のことは、気にしてないから。それより春人君が、疑われて嫌な思いをしたみたいだから、悪かったわね」

その言葉に、余計に腹が立った。

「僕が怒っているのは、疑われたことじゃなくて、あなたが叔父の秘密をほじくり返そうとしてることですよ」

「ああ、そうか。そうよね。ごめんなさい」

「それに祖父まで、巻き込まないで欲しくて」

「そんなつもりは無かったんだけど、実はこんな写真がオルゴールのパネルの下にはさまっていたから、気になっちゃったの」

僕と源ちゃんは、顔を見合わせた。

「写真?やっぱり、写真が入っていたんだ」

彼女はハンドバックから、小さなセピア色の写真を取り出した。

「これはまた、随分古そうですね」

「さすがにこれは、秋人パパが撮ったものではないな」

「大正時代か昭和初期に、撮られたものでしょうね」

「でしょう?オルゴールも古そうだし、冬人さんが、昔のことを何かご存知じゃないかと思って、一度お話してみたかったの」

「そうか。でも冬爺は耳が遠いから、会話が出来るかどうか」

「それでも、いいのよ」

そこへ、母が戻ってきた。

「ごめん、お待たせ。さあ、帰りましょうか」

「じゃ、僕はこれで。はるみさん、いろいろとご迷惑おかけして済みません。今日はお会いできて、直接お詫びが出来て良かったです」

源ちゃんが謝ると、はるみさんは言った。

「結果的にオルゴールが燃やされずに済んだから、あなたには感謝してるわ」

「そう言っていただけると、僕も救われますよ」

「それじゃ」

はるみさんと僕は、母の車に乗って帰宅した

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